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奇縁y

絶望を背負いながら、それでも前だけを見つめ、振り返ることなく、進み続ける雅の姿を見送った薫が目指した先は、栗林公園。
栗林公園、所謂、日本庭園と聞いたことがある。
栗林公園の外周には青々とした木々が生い茂り、先程までいたハンバーガーショップの窓から中は全く見えず、その中がどのようになっているのか、雅と笑顔で笑い合い、〝友達〟になってから、気が気で仕方なかった。
中は日本庭園になっていると聞く。調べればすぐにどのような場所か出てくるのだが、薫は敢えて楽しみとして取っておきたい性分だ。例えば晩御飯、好きなたおかずが出れば、それを最後まで取っておくような。そのため、栗林公園の中がどのようになっているのか、ほとんど調べずに訪れた。
生い茂る木々を横目に歩道を歩き、程なくすると古い木でできた入口の門の前に、薫は着いた。
敷地の中に入ると、小さな石が敷き詰められた幅の大きな道が現れ、その道を真っ直ぐ歩いて行くと、古い木でできた門構えの、小さな入場口が見えた。
この古い木でできた入場口が、本当の栗林公園への入口であり、ここで入場料金410円を払い、遂に日本の誇る日本三大庭園のひとつ、栗林公園へ足を踏み入れる。
元々日本に関わらず世界の歴史に対して、全体的に少し偏った好奇心を持った薫はその光景に圧倒された。
ここはまさに江戸から明治にかけた日本そのものであり、今から150年以上も前の光景を、フルカラーで見ていることと同じと思え、自分が当時の日本へタイムスリップしてきてしまったような感覚を覚え、小さく、周りの人に気づかれない程度の身震いを起こした。
これが日本。日本本来の姿。ここから文明が一気に進歩し、今我々のいる現代日本が誕生する。
200年もかからず、この自然豊かな土地から、ユビキタス社会へと日本は変貌を遂げた。
それまで、西暦が始まり、日本は2000年近く小さな小さな進歩を経て、やっとこの栗林公園のような土地を築き上げた。しかし我々は、わずかその10分の1にも満たない年限の中で、大きな発展を遂げ、今やその200年で築き上げた文明に頼り、日本人は生きている。
しかし、決してそれまで長い年月をかけて進歩し、築き上げてきた文明が無駄という訳ではなく、今を生きる日本人が頼る文明の基盤を築き上げたのは、紛れもない、ここに至るまでの文明があってこそのことである。
そんな考えを、この一瞬で感じとり、文明の進歩による感動を栗林公園は薫に与えた。
老夫婦、若い家族、カップル、外国人観光客、そして薫のような単身で来た観光客など、緑の中を歩けば歩くほど、様々な人がこの地を訪れ、楽しんでいる。
暫く歩き、いくつかの分岐を経て、薫は木造でできた、資料展示館へとたどり着いた。
この資料展示館は、栗林公園や香川県の歴史が刻み込まれた文献が残されており、国宝級の資料がいくつも展示されている。
鑑の中はクーラーが効いており、太陽の陽射しで汗ばんだ身体を冷やし、気のベンチで少し休憩する。
スマホを見ると何件かの通知が来ており、その中に今日、この後合流予定の友人から連絡が来ていた。
「もう香川に着いた?夕方頃に琴平へ迎えに行くきん、また時間なったら連絡して。」
チャットアプリには、薫の友人が香川の方言を交えて連絡を入れていた。
そう言えば、雅と会ってドタバタとしていて、山地に連絡を入れていなかった。
もう香川に着いてから1時間半は過ぎている。流石にこれは申し訳ない。着いたらすぐに連絡を入れると言っていた手前上、薫はすぐに連絡を返した。
「ごめん!香川には暫く前に着いていて、今観光してるから、夕方6時には着く予定!」
連絡を入れ、汗ばんだ身体も少し冷えてきて、このままここに座り続けると風邪を引きそうな予感がして、重い腰を上げて資料展示館を後にした。
暑い陽射しが薫の頭に直撃し、午後になりつつある、夏場のうだるような暑さに耐えながら、レザーバックパックからニコンの一眼レフカメラを取り出す。
紐を首にかけて、レンズ蓋をそっと開けて、眼前に広がる広大な池を1枚の写真として、切り撮った。
栗林公園中央には複数の池があり、そこに出ている船に乗るサービスなどもなされている。
今撮った場所は公園の中でも丘の下で、丘の上から写真を撮ると、更に良い絵が出来るのではないかと思い、遠くから人が余りいない少し急な斜面を見つけ、そこから写真を撮ることに決めた。
一般的な周回ルートとは異なるので、写真も撮りやすい、そう思って少し急な斜面へ早る気持ちを抑えつつ、足早に向かった。
斜面を登ると、土の地面に老夫婦が座り込んでおり、夫人が偉く酷い汗を流し、腰に手を当てていた。
「大丈夫ですか?どうかされましたか?」
薫が声をかけると、夫人の奥さんが「実はここの斜面をさっき登ろうとして、登りきった時に主人が腰をやっちゃって…。元々腰痛持ちで、酷く痛いそうなのよ…。」
聞けば、大粒の汗を額に溜めた奥さんは、夫人の腰の痛みにどうすれば良いよか、わからなくなってしまったのだと言う。
「大丈夫。たまにあることやけん…。ちょっと無理したからやろうなぁ。っつ…!」
夫人も額に汗を貯め、取り繕った笑顔で薫に話すが、簡単に歩くことは出来なさそうである。
ここから出口へはまだかなり遠く、この中でも特に木々が生い茂る場所に居るので、小さな木陰は出来ているものの、それでも夏場の午後の暑さは洒落にならない。なにより見たところこの老夫婦はかなりのご高齢と見え、あまり長くこの場に居るのは危険が生じる。
奥さんも夫人を置いて、施設管理者の元へ行くことが心許ないのであろう。
「もしよければ、この先もう少し真っ直ぐ歩くと小さな茶屋があって、僕がおぶりますんで、そこで少し休憩しに行きませんか?」
「いえいえ、そんなみっともない。大丈夫。きっと大丈夫なんで…。」夫人は遠慮も意地もあり、その気になってはくれない。
とは言えこのまま放っておく訳には行かず、施設管理者の元へ助けを呼びに行こうとした時
「あんた、折角のご好意やけんし、それにこのままここにおったら、熱中症で倒れよるよ。施設の人呼ぶか、親切なこのお兄ちゃんにお願いするか、どっちかにし!」
強い口調で夫人を説得する奥さん。これには夫人もたじたじで、動けない自分の腰と足を見て、「すまんなぁ、兄ちゃん。何とか、立てたら少し歩けそうやけん、肩貸してもろてもええかなぁ。」
夫人は両手を合わせ、奥さんも「お兄ちゃんすみません。」と薫に懇願してきた。
「もちろん大丈夫です。とにかく、そこの茶屋までゆっくりと行きましょう。」
木陰になっていて、じめっとした土の道は木の根が生え巡り、足を根に引っ掛けないように、夫人の肩を持ちながら気をつけて歩いていった。
木陰の道から抜け、小さな茶屋が目に入り、そこの室内にある赤い布が引かれた長椅子に腰掛けた。
「すまんなぁ。兄ちゃんほんまにありがとう。助かりましたわ。」夫人がそう言うと奥さんは「ほんまにあんたはぁっ!」「兄ちゃんありがとうな。ほんまに助かりました。よかったらお茶買ってくるから、ここで飲んでって。」
奥さんはお茶を買いにレジに向かい、長椅子には薫と夫人の2人きりとなった。
「兄ちゃん肩にカメラかけてるけど、どっかから観光に来たんか?」店に入り、額の汗が少し引いた夫人が薫に尋ねる。
「そうです。大阪から友人を訪ねに香川に来たんです。」
「そうかそうかぁ。それはえらい遠いとこから来はったんやなぁ。うどんはもう食べましたか?」
少し元気を取り戻した夫人は箸と器を持ったジェスチャーで、笑顔で薫に問い尋ねる。
「いや、うどんはまだ食べてないんです。栗林公園が初めの観光地で。」
「そうかそうか。香川のうどんはコシがあってな。僕らも子供の頃からずっと食べ続けてきてるけど、飽きへん美味さが香川のうどんにはあるけんのぉ。」
レジから奥さんがトレーを持って歩いてきて、夫人の横に座った。
「よかったら、これ団子。お茶と一緒に食べてね。」
奥さんは気を利かせ、薫に草団子とみたらし団子をつけてくれた。
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えていただきますね。」
冷えた緑茶と団子の相性は最高で、先程までひっきりなしに汗をかいていた薫の身体を一気に癒していく。
「そうだ、この後施設職員さん呼びましょうか?」忘れかけていたことを聞くと、「いや、腰の調子もだいぶ良くなってきたし、ゆっくり2人で歩いたら帰れそうやけん、大丈夫よ。」夫人はチャーミングにウィンクし、親指を上に上げてニコッと笑った。
お茶を飲んでいると奥さんが、「そや、おにちゃんどっから来たん?」と言うので、湯呑みを置こうとすると「大阪からきたけんって言うとったやろ、ほんまに母ちゃんはぁ」笑いながら夫人は奥さんにつっこむ。
しかし「私はそれ聞いてないよ。聞いとったんお父さんだけやろ。また勝手なこと言って。」「ごめんね、この人が先に聞いとったのに2回も同じこと言わせようとして。」奥さんが夫人に辛烈につっこみ、またしても夫人は奥さんに頭を下げる。なんと仲の良さげな夫婦なことか。ここに来て香川県の新たな魅力を薫は発見した。
「そや、兄ちゃん名前はなんて言うん?」奥さんは忘れていたかのように訪ね、「確かに名前聞いてなかったわ。僕は坂本光哉と言います。家内は坂本琴と言います。」」あ、家内の旧姓は塩見って言うんですけどね。」少しとぼけながら光哉さんは言い付け足し、それを琴さんにまたつっこまれ、光哉さんは嬉しそうにニヤける。
「根元薫と言います。この間就職先が決まって、もうすぐ働き始めるんで、それまでに香川に遊びに行きたいと思って」
「お、それはめでたいことやけんのぉ。せや、それやったら金比羅山行っといで。あそこは色んな神様祀られてるけど、商売繁盛の神様がおるけんな、きっとええ事ありますよ。僕も昔はよぉ金比羅山で初日の出見に行ったなぁ」
金比羅山…確かに香川県といえばまず出てくる場所である。
「お兄ちゃんはこんなにもええ人なんやし、ほんまに幸せになって欲しいわぁ。こんなダメダメ亭主みたいにならんやろうし、おばちゃん応援してるよ!」
琴さんが励ましの言葉を薫に送り、光哉さんは〝ダメダメ亭主〟という言葉を聞いて、頭をポリポリとかいている。
腕時計を見ると、もう午後1時前になっており、そろそろここを出ないと次の観光地に行けないと感じ、光哉さんと琴さんに頂いたお茶のお湯呑みと、団子の乗っていた小皿を片付けた。
「すみません。そろそろ僕行かないと。お二人共お気をつけて。お茶と団子、とても美味しかったです。」
荷物をまとめ、光哉さんと琴さんに別れの挨拶を告げた。
「薫くんも気をつけてな。楽しい香川旅行しておいで。またご縁があれば、どこかで再開できるといいですなぁ」光哉さんが大きく手を振り、茶屋を出る薫に大きな声でエールを送った。
店を出て少し歩き、さっきまでの出来事で忘れていた写真撮影を思い出し、急いで光哉さんと琴さんと出会った場所に戻った。
「ここからの眺めは絶景だなぁ。」
パンフレットの一面に乗っている写真と同じ後継の場所で、まさかここからの風景だとは、詳しくなければ分かるまいと、心の中で自分の発見にニヤニヤと自画自賛した。
少し角度を変えたり、撮影方法を変えたりしながら何枚か写真を撮り、その場を離れて栗林公園の出口へ向かった。
先程の茶屋の横を通り、中を除こうとすると後ろから「おーい!薫くん!また会ったなぁ!どうやら薫くんとの縁は深いようやなぁ!これやったらまたどこかで会えると思うけん!元気でな!」
茶屋から出た光哉さんが声をかけ、琴さんと2人で薫にまた手を振った。
薫も大きく手を振りながら「僕も光哉さんと琴さんと、またどこかで出会えると思います!それまでお元気で!」
〝さよなら〟とは言わない。言ってたまるものか。
きっとあの二人とも、またどこかで出会える。そんな予感がしてならないのだ。
木々の生い茂る庭を歩き、初めに寄った資料展示館を過ぎ去り、入ってきた入場口の横にある出口を抜け、薫は栗林公園を後にした。

短くも濃い時間を栗林公園で堪能し、薫の顔には勇気と覇気が強く出ている。
雅がカバンの中をまさぐっていた横のベンチに腰をかけ、次の目的地をスマホで検索する。
検索中に山地から連絡が入っていることに気づき、「明日どこ行きたいとかあったりする?」という趣旨の内容だったので、薫はさも当然の様に「金比羅山とうどん屋」と即答で送信した。
すぐに山地から「了解」の二文字が送られてきた。
チャットアプリを閉じ、先程までの検索画面に戻り、行きたいと思った場所が決まった。
〝丸亀商店街〟
数年前に再開発され、その再開発が日本の商店街の中でも大きな成功例として取り上げられており、薫も大学の授業の1例として勉強した程である。
ここに行くとなると、バスより電車の方が融通が効くらしい。
そうとなれば次は駅を目指さなければならない。
ここから最寄りの駅…〝栗林公園駅〟
栗林公園から10分ほど歩いた場所にある。
目的地が決まった。そうとなれば目指すのみ。
感動と良き出会いを得た栗林公園を後にし、薫は栗林公園駅へ歩を進ませる。

縁には濃いも薄いも深いも浅いも色々ある。が、縁を切ってしまえば、そこまでの関係である。
我々の出会いには全て縁が刻まれており、縁を経たない限り、人は一人にならず、助け助け合いなが生きていく。
例えどれだけ大きなものを失っても、縁を斬らずにいれば、きっとどこかで巡り会い、助けてもらえるはず。
だから、人が人であるように、真っ当に生きていくことが、真実となって、現れてくるのである。



次回はお待ちかね、香川県の最大の都市〝丸亀商店街〟
そして私も執筆したいキャラクターを登場させようかと思っています。
今まで以上に力を入れ、丹精込めた作品に仕上げていきたいため、皆様またできれば次回もお読みいただければ幸いです。
それでは、また次回、更新の時まで暫しのお別れを…

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