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短編小説

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#掌編小説

【短編小説】ズル

【短編小説】ズル

 昼休憩の声がかかると、やれやれと道具を1箇所に集め、座り込む。
「弁当、買ってきます。いる人、手を挙げてください」
 高校生の田中くんが、注文を取る。五人中僕を含めた四人が手を挙げた。吉田さんは、俺は弁当、と言う。他はみんな同じ物を食うので、何弁かは聞かない。毎日"のり弁大盛り"である。ない時は、それ相当のもの。班長の片山さんが田中くんに2000円渡す。後でレシートを見て昼食代は、アルバイト代か

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【短編小説】ほっとライン

【短編小説】ほっとライン

ーーはい。心と命の〇〇ほっとラインです。
ーー・・・
ーーもしもし。どうされましたか。
ーー・・・
ーーもしもし。
ーー・・・あの。
ーーはい。どうなさいましたか。
ーー・・・。
ーー大丈夫ですよ。わたし、板倉と言います。あなた、女の子ですよね。
ーー・・・はい。
ーーどうしたの。
ーーうまく言えなくて。
ーーいいのよ。思いついたことからで。
ーーあの、お金、かかりますか。
ーーああ、この電話はお

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【短編小説】結婚相談所

【短編小説】結婚相談所

 34になった。私が34と言うと、係の女性は含み笑いで、「34ですか」と言った。
「何か」
「いえ、何も」
わかってる。34でくる女が多いのは。またか、と思われたに違いない。
「34じゃダメですか」
「いいえ、とんでもない。お客様くらいの方、よくいらっしゃいます」
「だって笑ってらっしゃいましたよね」
「笑顔で接客するのは、我が社のルールです」
 黙った。でも、そういう笑い方じゃなかった。人を嗤う

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【短編小説】演歌道(青雲立志編)

【短編小説】演歌道(青雲立志編)

 世に怪しい商売は山ほどあるが、怪しいは怪しいなりに場所柄をわきまえて欲しい。シャッターが多く降りてる暗いアーケード街の奥に、ぼんやり灯りがついている。そういう場所に、例えばタロット占いの婆さんが、ひっそりと店をやってて欲しい。ギイっとドアを開けると、ジプシーの格好をした婆さんが、こっちを暗い目をして見ていて欲しい。
そう、そんな場所を、駅裏の、通りから外れた雑居ビルの三階に、僕はやっと見つけたの

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【短編小説】画鋲

【短編小説】画鋲

「突然ですが、今日は悲しいお知らせがあります」
 帰り学活の終わりに、先生が言った。みんな早く帰りたくて準備万端だったのに。後は机の上のランドセルを背負って駆け出すだけだったのに。"悲しいお知らせ"ってなんだ。興味半分イラつき半分で、先生の言葉を待つ。
「西野くんと、今日でお別れなんです」
 みんな一斉に西野を見る。西野は固くなって下を向いている。
 転校か。察しがついて、急激に興味は薄れていく。

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【短編小説】沙也加

【短編小説】沙也加

 日曜日はよく晴れたが、さほど気温は上がらなかった。私は空色のセーターを着ていくことに決めた。
 喫茶店は空いていた。私ほどの年齢のものは誰もいない。入って沙也加が見渡せば、なんなく私がわかると思った。それでも目につきやすいように、入り口から近い席を選んだ。コーヒーを注文して、沙也加を待つ。11時までには、まだ15分あった。私は何度も冷水を口に運んだ。
「あの、失礼ですが香山さんでしょうか」
 言

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【短編小説】赤マント

【短編小説】赤マント

 夜更けし帝都の街並みを、駆け行く怪しの赤マント。月光眩しと見あぐる顔は、恐ろし邪悪の白仮面。可憐な少女を小脇に抱え、鮮やかコルトのガンさばき。唸る銃声。伏すは官憲。たちまち上がるは土煙。
「諸君。外れたのではない。外したのだよ。今度会うまで、その命預けておこう」
響く怪異の笑い声。忽然と、消えたる魔人の影帽子。
「どこだ」
「どこにいる」
「警部、あそこです」
指さす先にアドバルーン。下がるロー

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【短編小説】愛人

【短編小説】愛人

 妾のことを愛人と言ったのは太宰治だそうだ。本当か嘘か知らないが、お陰で昨今、妾とは呼ばれない。妾の語感には日陰者のイメージがあるので、太宰治には感謝している。
 かといって、愛人に日陰者のイメージがないかというと、これもある。テレサ・テンが「愛人」を歌って、いい歌だったが、愛人イコール日陰者のイメージが定着したように思う。もっとも、「愛人」の歌詞を書いた人は、現にある愛人イコール日陰者のイメージ

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【短編小説】姉ちゃん

【短編小説】姉ちゃん

「けどさ、安心したよ」
「何が」
「てっきりソープ嬢にでも身を落として、兼田さんに貢いでんだとばっかり」
「馬鹿。見損なうな。それに職業差別だぞ。前からお前、そういうとこあるよな」
姉ちゃんは俺を睨んで、ぬるい茶をグビリと飲んだ。
「あ。いや、別にそんなつもりじゃ。でも、大変じゃないの?意地張ってないで、帰っといでよ」
「誰が。女一匹、こうと決めたら曲げないよ」
うそぶく姉ちゃんに、変わらねえな、

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【短編小説】映画

【短編小説】映画

 電話の相手は相良と名乗った。日曜の夕方で、幸子は娘と買い物に出掛けていて、家には俺しかいなかった。
 相良? 誰だっけ? と最初ピンと来なかった。高校名を言われて、ああ、あの相良か、同級だったやつ、と思い出した。しかし、もう10年以上、会ってない。
「思い出した。すげえ久しぶりだな。どうした?」
「実は山本にさ、折いって頼みたいことがあって」
 悪い予感がした。
「金、貸すとか無理だかんな。あと

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【短篇小説】幽霊

【短篇小説】幽霊

 どんなに深く結ばれていても、時間が経つにつれ、去っていった者への思いは淡くなり、あると信じていた絆もゆるんでいく。そして、全ては忘却の海に沈められる。
 妻の真世が亡くなって、もう半年になる。時がたてば、その悲しみも薄まるものと思っていた。薄まることを期待していたわけではない。亡くなった当初は、この痛みをずっと覚えていよう、忘れまいと誓ったぐらいだ。
 しかし、生きている人間には生活がある。私は

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【短編小説】野良犬

【短編小説】野良犬

 昔はね、年頃になったら、いろんな人が、お見合い話もってくるのよ。田舎でしょ、もうお節介な人ばっかりでさぁ、女は年頃になったら嫁に行くもんだったのよ。今みたいに、自立して生活するなんてできなかった。女なんて働き口もないしね。就職できて農協の窓口か製材所の事務員、給料やっすいしね、簿記なんかもちゃんと習ってないから、歳いって、若い子来たら、いつでも真っ先にに首切られるわけ。あの頃、ちゃんとした女の仕

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【短編小説】特別な日

【短編小説】特別な日

 日曜日のフードコートで見れるもの。うるさい子供連れの幸せ家族、ラーメン啜る汚い不良学生、妻の買い物待ちのほうけたオヤジ、ただ喋りたいだけのおばさん二人連れ、やっすい化粧してここしかくるとこない女子高生、嫌がる子供に焼きそばを食わす女、さっきから煙草を吸いたい男。不安でただ自分の手をさするしかない老女。不機嫌な爺さん。漫画を読むかゲームしてる小学生。うどんを持って空いてない席を呪う貧乏カップル。

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【短編小説】猫

【短編小説】猫

 家を建てる時、書斎にする二階は、壁を大きく切って広い窓にしてもらった。見下ろせば隣家の屋根だが、こうして机について水平に目をやれば、幾分かの雑木林、その向こうに山々の清とした連なりを見ることができる。秋が深まれば、尾根は白く染まり、私の目を更に楽しませてくれる。
 もうひとつ私を楽しませるのは、窓の手すりに野良猫が、やってくることだった。一階の屋根づたいに近づいてきて、雨樋に器用に足をかけ、ヒョ

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