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短編小説

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#掌編小説

【掌編小説】嫁入り

【掌編小説】嫁入り

おやじ殿。たくらみは疾うに知れておる。忍んだ手下が昨夜に告げた。今はまだ、知らん振りして通そうか。
村の外れの祠の傍に、娘は一人で立っておる。恐れてはおらぬ仕草にて。山に歩めば付いてくる。歩きやすげな道を選びはするが。ヨメニナルハドウイウキモチカ。問うても娘は言いはせぬ。ナットクズクデアユンデオルノカ。娘は何も言いはせぬのだ。
谷底の渓流渡しの木橋へ着いた。向こうに行けば、俺の領分。娘の言

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【短編小説】電話

【短編小説】電話

この作品は、拙作「サンドイッチとウィンナー」で、小説内小説として使ったものです。元々は、一つの短編として書いたものなので、それとはラストが違っています。作者としては思い入れがある作品なので、元の形で公開したいと思います。お読みになる方は、そういう事情ですので、ご寛容くださいませ。     
          潮田クロ

 学帽を被った兄はずっと外ばかり見ていた。小学校三年生だった僕は、あの学帽を

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【短編小説】うどん屋

【短編小説】うどん屋

 町田さんの手術は明日の午前11時からだそうだ。
「どうか。不安か」
レースのカーテンを開けながら町田さんに訊いてみる。四階の窓からは、午後の青空がよく見えた。
「そうねえ。体切るの初めてだし」
天井を見ながら町田さんが言う。
 10年ぶりの再会だった。町田さんの旦那さんから、会いたがっているので、お見舞いに来てもらえないだろうか、と連絡をもらった。
 自分のような人間が。迷惑でしょうと言うと、重

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【短編小説】八百青

【短編小説】八百青

 八百青の源さんは今年五十になる。母が言うのだから間違いない。母は子供の頃、八百青によく使いにやらされて、二つ上の源さんに会うのが嫌だったそうだ。
 三年前、商店街の近くに大型スーパーができて、まず魚屋が店を閉めた。次には肉屋が。そして酒屋。花屋。最後に洋服屋。あっ、靴屋も。
 実際言って八百青は、真っ先に潰れてもおかしくなかった。なのに、まだ続いている。それは源さんのお母さんのハルさんのお陰だと

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【短編小説】猫

【短編小説】猫

 家を建てる時、書斎にする二階は、壁を大きく切って広い窓にしてもらった。見下ろせば隣家の屋根だが、こうして机について水平に目をやれば、幾分かの雑木林、その向こうに山々の清とした連なりを見ることができる。秋が深まれば、尾根は白く染まり、私の目を更に楽しませてくれる。
 もうひとつ私を楽しませるのは、窓の手すりに野良猫が、やってくることだった。一階の屋根づたいに近づいてきて、雨樋に器用に足をかけ、ヒョ

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【短編小説】特別な日

【短編小説】特別な日

 日曜日のフードコートで見れるもの。うるさい子供連れの幸せ家族、ラーメン啜る汚い不良学生、妻の買い物待ちのほうけたオヤジ、ただ喋りたいだけのおばさん二人連れ、やっすい化粧してここしかくるとこない女子高生、嫌がる子供に焼きそばを食わす女、さっきから煙草を吸いたい男。不安でただ自分の手をさするしかない老女。不機嫌な爺さん。漫画を読むかゲームしてる小学生。うどんを持って空いてない席を呪う貧乏カップル。

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【短編小説】野良犬

【短編小説】野良犬

 昔はね、年頃になったら、いろんな人が、お見合い話もってくるのよ。田舎でしょ、もうお節介な人ばっかりでさぁ、女は年頃になったら嫁に行くもんだったのよ。今みたいに、自立して生活するなんてできなかった。女なんて働き口もないしね。就職できて農協の窓口か製材所の事務員、給料やっすいしね、簿記なんかもちゃんと習ってないから、歳いって、若い子来たら、いつでも真っ先にに首切られるわけ。あの頃、ちゃんとした女の仕

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【短篇小説】幽霊

【短篇小説】幽霊

 どんなに深く結ばれていても、時間が経つにつれ、去っていった者への思いは淡くなり、あると信じていた絆もゆるんでいく。そして、全ては忘却の海に沈められる。
 妻の真世が亡くなって、もう半年になる。時がたてば、その悲しみも薄まるものと思っていた。薄まることを期待していたわけではない。亡くなった当初は、この痛みをずっと覚えていよう、忘れまいと誓ったぐらいだ。
 しかし、生きている人間には生活がある。私は

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【短編小説】映画

【短編小説】映画

 電話の相手は相良と名乗った。日曜の夕方で、幸子は娘と買い物に出掛けていて、家には俺しかいなかった。
 相良? 誰だっけ? と最初ピンと来なかった。高校名を言われて、ああ、あの相良か、同級だったやつ、と思い出した。しかし、もう10年以上、会ってない。
「思い出した。すげえ久しぶりだな。どうした?」
「実は山本にさ、折いって頼みたいことがあって」
 悪い予感がした。
「金、貸すとか無理だかんな。あと

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【短編小説】姉ちゃん

【短編小説】姉ちゃん

「けどさ、安心したよ」
「何が」
「てっきりソープ嬢にでも身を落として、兼田さんに貢いでんだとばっかり」
「馬鹿。見損なうな。それに職業差別だぞ。前からお前、そういうとこあるよな」
姉ちゃんは俺を睨んで、ぬるい茶をグビリと飲んだ。
「あ。いや、別にそんなつもりじゃ。でも、大変じゃないの?意地張ってないで、帰っといでよ」
「誰が。女一匹、こうと決めたら曲げないよ」
うそぶく姉ちゃんに、変わらねえな、

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【短編小説】愛人

【短編小説】愛人

 妾のことを愛人と言ったのは太宰治だそうだ。本当か嘘か知らないが、お陰で昨今、妾とは呼ばれない。妾の語感には日陰者のイメージがあるので、太宰治には感謝している。
 かといって、愛人に日陰者のイメージがないかというと、これもある。テレサ・テンが「愛人」を歌って、いい歌だったが、愛人イコール日陰者のイメージが定着したように思う。もっとも、「愛人」の歌詞を書いた人は、現にある愛人イコール日陰者のイメージ

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【短編小説】赤マント

【短編小説】赤マント

 夜更けし帝都の街並みを、駆け行く怪しの赤マント。月光眩しと見あぐる顔は、恐ろし邪悪の白仮面。可憐な少女を小脇に抱え、鮮やかコルトのガンさばき。唸る銃声。伏すは官憲。たちまち上がるは土煙。
「諸君。外れたのではない。外したのだよ。今度会うまで、その命預けておこう」
響く怪異の笑い声。忽然と、消えたる魔人の影帽子。
「どこだ」
「どこにいる」
「警部、あそこです」
指さす先にアドバルーン。下がるロー

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【短編小説】沙也加

【短編小説】沙也加

 日曜日はよく晴れたが、さほど気温は上がらなかった。私は空色のセーターを着ていくことに決めた。
 喫茶店は空いていた。私ほどの年齢のものは誰もいない。入って沙也加が見渡せば、なんなく私がわかると思った。それでも目につきやすいように、入り口から近い席を選んだ。コーヒーを注文して、沙也加を待つ。11時までには、まだ15分あった。私は何度も冷水を口に運んだ。
「あの、失礼ですが香山さんでしょうか」
 言

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【短編小説】画鋲

【短編小説】画鋲

「突然ですが、今日は悲しいお知らせがあります」
 帰り学活の終わりに、先生が言った。みんな早く帰りたくて準備万端だったのに。後は机の上のランドセルを背負って駆け出すだけだったのに。"悲しいお知らせ"ってなんだ。興味半分イラつき半分で、先生の言葉を待つ。
「西野くんと、今日でお別れなんです」
 みんな一斉に西野を見る。西野は固くなって下を向いている。
 転校か。察しがついて、急激に興味は薄れていく。

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