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【短編小説】ズル

 昼休憩の声がかかると、やれやれと道具を1箇所に集め、座り込む。
「弁当、買ってきます。いる人、手を挙げてください」
 高校生の田中くんが、注文を取る。五人中僕を含めた四人が手を挙げた。吉田さんは、俺は弁当、と言う。他はみんな同じ物を食うので、何弁かは聞かない。毎日"のり弁大盛り"である。ない時は、それ相当のもの。班長の片山さんが田中くんに2000円渡す。後でレシートを見て昼食代は、アルバイト代から天引きされる。
 勿論、強制ではない。吉田さんのように弁当を持ってきてもいいし、一人でコンビニに入ってもいい。なんなら食い物屋に入ってもいいが、昼休憩の時間は限られているので、それが読めない店には誰も入らない。それに汗と泥だらけの作業着に安全靴の人間が、どやどや何人も入ってきたら、店も迷惑だろう。
 田中くんに行ってもらってる間に、いるものは自販機で飲み物を買う。吉田さんのように公園の水道で済ます人もいる。水筒は重いし邪魔にもなるのでみんな持たない。
 田中くんが戻ってきた。みんなに弁当を配って、レシートの裏に買った人の名前を書いて、お釣りと一緒に片山さんに渡す。代わりに自販機のお茶をもらう。お使いのお駄賃だ。そしてみんな黙々と飯を食う。
 何気なく隣に座った吉田さんの弁当を見る。卵焼きと肉じゃがが入っている。
「愛妻弁当すっか」と言うと、「晩飯の残り」と答えた。
 作業は道路のガス漏れの検知である。1Mくらいの片方が閉じた鉄の筒に、上下動する尖った鉄棒が入っている。道の端に棒の先端を置き、筒の方を上下動させる。棒の尻に筒が当たって、その力でアスファルトを打ち抜く。開けた穴に検知器を突っ込み、ガス漏れを調べる。穴はアスファルトの屑で塞ぎ、金槌で固める。
 なかなかの重労働で30分作業して10分休みをとる。昼休憩はほぼ30分だった。休み時間に各自水分補給をする。
 昼飯が終わって、田中くんがゴミを捨てに行く。吉田さんは腰のポシェットに弁当箱をしまう。
「あの」と片山さんに声をかける。
「何だ」
「毎日、田中くんにお使い頼むと悪いんで、明日から俺がやりましょうか」
「代わってくれって、田中に言われた?」
「いえ、それはないですけど」
「じゃ、いいんじゃない。やらせても」
「でも、なんか悪くて」
「お茶1本百円。あいつのバイトは二週間だから1400円。高校生の田中から取り上げる?」
「ああ、なるほど」
「あいつは役得って考えてるよ。俺は年が若いからって、嫌がることはやらせない」
「はい」と引き下がる。
 このバイトは、アルバイトニュースで見つけた。9時4時昼休憩ありで日給4000円。たぶん実労は6時間。時給が450円から500円の時代だったので、1000円はお得だ。もし体が続かなくても日数分は、必ずもらえる。ひと月働く予定だが、早めに辞めてもいい。そんな算段だった。
 一週間で体は慣れた。四月半ばに大学が始まるまで、予定通りひと月はやれそうだった。
 ただ、慣れてくると、毎日道に穴を開けてまた埋める作業は退屈だった。ガスが漏れていることなんか、滅多になかった。ただ、決められた通りに機械的に穴を開け、検知して埋め戻す。退屈だが、金のためだ、と割り切ってやることにする。片山さんを除くバイト組は、たぶん僕と同じ気持ちだと思う。バイト代。金の為。それだけ。
チームは五人でひと組だった。2チームあるが、メンバーの移動はほとんどない。同じメンツで、同じ作業を黙々とこなした。

 変化は突然訪れた。チームの一人が辞め、新人が入ったのだ。別にやることは難しくはない。メンツが変わっても、仕事内容は同じ。なのだが、新入りは女だった。
 前日、内勤の山田さんから聞かされて、班長の片山さんは渋った。内勤は五十見当の山田さんと事務のおばちゃんが一人。山田さんは、朝、仕事の采配をする。事務所は出張所のようで、本社は別にあるらしかった。
「えっ。女ですか。ちょっと待ってくださいよ」
片山さんは聞いてすぐ言った。
「まあ、次が入る繋ぎだから。二三日だから」
「ニ三日なら、四人でやりますよ。女じゃ無理でしょ」
「そりゃ、使ってみなきゃわからんじゃないか」
「分かりますって。それに変な気つかうのも嫌ですよ」
「まぁ、そう言うなよ。社長の姪御さんだってよ。上から頼むって言われてさぁ。断れねぇんだよ」
「なんですか、それ。遊びじゃないんですよ」
「わかるけどさぁ。三日、三日面倒みてよ。そしたら、やっぱり使えないって俺が上に言って辞めさすからさ」
「どうせ辞めさすんなら、初めから断ってくださいよ」
「駄目なんだよ。社長が、社会勉強とかなんとか言っちゃって、とにかくやらせたいみたいなんだよ」
「社会勉強なら、内勤でもいいじゃないですか。だいたい身内で働かせて何が社会勉強ですか。女にあったバイトならいくらでもあるでしょ。ここにいる連中だって、自分で見つけて、ここに来てんですよ」
「まぁ、そう言うなって。決まっちゃったんだから。皆んなも、明日から頼むな。三日でいいから。面倒、見たって」
山田さんが両手を合わせて、僕らを拝む。
「あの」と吉田さんが質問する。
「なに?」
「その女の人が入って、仕事が普段通りに行かなくても、俺らに影響ないですよね」
「ああ、それは大丈夫。むしろ予定通りにならない方が、辞めさせる理由にもなるしね」
「なら、分かりました」と吉田さん。
「だからって、わざと作業遅らさないでね。後で取り戻すの大変になるから」
「はぁ」と吉田さんは、気のない返事をする。

 翌朝、女の子を紹介された。大学2年で、この手の仕事は初めてだそうだ。やれやれである。
「森佳奈と言います。バスケットやってたんで、体力には自信があります」
なるほど、背は俺より多少低いが、体型はしっかりしている。
「今は?」と片山さんが
訊く。
「今は同好会です」
まあ、そうだろうな。大学で運動部に入ってたら、長期の休みは練習三昧のはずだ。アルバイトなんかしてる暇はない。
 吉田さんは興味なさげで、田中くんはなんだか嬉しそうだった。まあ、見てくれはそんなに悪くはないか。
 挨拶はそこまでで、森さんは、おばちゃんが使っている更衣室へ着替えに行く。俺たちも着替えにはいる。もう着替え終わっている片山さんは、山田さんと、今日作業する道を地図を広げて確認する。
「なんか女子が入ると華やぎますね」
先の読めない田中くんは、嬉しそうだった。

 片山さんが一貫して冷淡なので、休憩の時、見かねて声をかけた。
「森さん。それじゃもたないよ」
「はい」
運動部にいただけに、返事だけはいい。
「筒を落とす時は、勢いだけつけて、後は力いらないって」
「はい」
「そんなずっと力入れてたら、もたないから」
「ああ、それで。よく皆さん、手が痺れないなぁって」
「手、痺れてるんだ」
「ちょっと」
「息も上がってるし」
「まあ」
 まだ1クール目だった。先が思いやられる。
 片山さんが、"埋め担"の田中くんに声をかける。
「田中、森と交代な。森は遅れてもいいから、ちゃんと穴を塞げ。やり方、田中に教わっとけよ」
それだけ、言った。

 予言通りに、森さんは遅れた。あまりに離れると、追いつくまで作業を中断する。予定通りに進まなくていいと言質をとってあるので、中断することに誰も文句は言わない。ただ、追いつくと、すぐに作業が始まるので、森さんが休む暇がない。
「あの」作業を再開しようとする片山さんに言ってみた。
「何だ」
「森さん、今追いついたんで、ちょっと、まだ休みませんか」
「30分ごとに休憩は10分とる。お前だって、初日からこのペースだったろ」
「まあ、そうですが」
「森。無理なら、車に戻ってろ」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。じゃ、"埋め担"交代。吉田さん入って」
「あいよ」と吉田さんが返事する。
"打ち担(穴開け担当)"と"埋め担(穴埋め担当)"は、普通一日通しでやる。
 "打ち担"は慣れないと疲れるが、コツを掴めば、棒の重さで穴が打てる。現に、森さんもなんとかコツを掴んだようで、次のクールはついてきた。
逆に"埋め担"は、見た目は楽そうだが、立ったり座ったり測ったり埋めたりと動きが多い。見た目以上に疲れる。本来なら、田中くんで通すところを、森さんに両方経験させる目的か、今日は分担するらしい。確かに、初日に両方の作業の大変さをわからせる方がいい。
次のクールでは、僕が"埋め担"になって、昼休憩になった。

 いつものように弁当は田中くんが買ってきた。森さんも"のり弁"を頼んだ。ただしふうつ盛り。
自販機でお茶を買って森さんに渡す。
「ありがとう。お金、あとで渡す」
変に馴れ馴れしくしたくなかったので、奢るとかは言わなかった。
「それよりさ」と気になったことを話す。
「森さんさぁ、自分でもわかってると思うけど」
森さんは僕と視線を合わせない。キャップを開けて、あらぬ方を向きながらお茶を飲む。
「穴、あいてないよ」
黙っている。
「森さん、皆んなに追いつくことばっかりで、アスファルト抜いてないから」
"打ち担"は、縦に一列に並んで穴をあけていく。開けば、先頭に行く。ふうつ三、四回打ちつけると穴はあくが、慣れないと五回六回打ちつけないと穴はあかない。穴あけが遅くなれば、みんなとの距離があく。先頭に行くのに走っていかなければならない。"埋め担"にも迷惑をかける。たぶん、それが嫌さに森さんは穴を開けずに、先頭へ移動していた。当然、"埋め担"の僕には穴が貫通してないことは分かる。例え僕が黙っていても、次に"埋め担"が代われば、必ず分かる。森さんはズルをしていた。
 側に座って、弁当を広げながら話を聞いていた田中くんにも訊いてみる。
「お前んときは、どうだった」
「いや、俺ん時はあいてた」
しかし、目が泳いでいる。

 休憩が終わっても、体制は変わらなかった。片山さんは、今日は残りをこの布陣で通すつもりらしい。
 案の定、再開して森さんは遅れ始める。森さんが遅れるんで、必然的にに僕も遅れる。だが、走ることはしなかった。自分のペースで作業して、距離を詰める。30分たってみんなが休憩に入ってから、5分遅れて追いついた。
「休憩は今から10分」
と片山さんが言った。
森さんが近くの自販機でお茶を買って持ってきてくれる。
「どうぞ。遅れさせちゃって、ごめんなさい」
「別に。いつものペースだから。それよりさ、ちゃんと穴は抜けてたよ」
森さんは、嬉しそうに頷いて離れていった。

 僕の側には、吉田さんがいたので、訊いてみた。
「あの、森さんなんですけど、吉田さんが"埋め担"の時は、ちゃんと穴開けてましたか」
「いいや」と、こともなげに答える。
「ちょっと、それマズイでしょ。言ってやんなきゃ」
「そうか」
「そうですよ。ガス漏れてたら大変じゃないですか」
「そうか」
「平気なんですか」
「だから、昨日、確かめたぜ。仕事が普段通りに行かなくてもいいかって」
「そうですけど」
「安心しろよ。片山さんはわかってるよ。カッコ見りゃ、アスファルト抜いてるか抜いてないか、片山さんなら分かるだろ。あのお嬢ちゃん、今日で首だよ」
「吉田さんも、最初から気がついてたんですか」
「途中でな。ここは、日を置いてやり直しだな」
「気づいてたら、言ってあげればいいじゃないですか」
「お前に言われるまで、あのお嬢ちゃん、ずっとズルしてたんだぜ。人に言われなきゃ直さない奴なんて俺は信用しないね」
「そうですけど」
「俺が気づいた時点で、もう何十Mも行ってたしな。注意しても、その後やらない保証もないしな。やっちまったことは、取り返しがつかないんだよ」
「まあ、そう言われるとそうですが」
「女だからとか、高校生だからとか、関係ないね。仕事任されて金もらうんなら同んなじだよ。そう思わない?」
「まあ」
それから2クールして、今日の仕事は終わった。帰りの車で、森さんは妙に高揚した顔で田中くんと話していた。

事務所に着いて、明日のことがなんとなく気になって、帰るのが最後になった。事務所には、もう片山さんしか、いない。
「あの」
「なんだ、まだ居たのか。居ても日給上がらんぞ」
「森さん、なんですけど」
「ああ、悪いな、お前に言わせちまって」
やっぱり気づいていた。
「吉田さん、森さんは今日で終わりだって言ってたんですけど」
「まあ、仕方ないな。なに? 続けさせてくれとかか?」
「いえ、それは仕方ないですけど」
「あのお嬢ちゃん、ちょっと特別扱いでもされると思ってたかな。じゃなきゃ、こんなとこ、来ないさ。たぶん日給に釣られたな」
「でも、社長命令なんでしょ」
「なんだ。心配してくれるのか。昨日のうちに、社長とは連絡したよ。普段通りにやってくれ、だそうだ。それが社会勉強だ、つってたな」
「ああ、森さんの甘さ、社長さんもわかってて」
「そうだろうな。やったことはあとで連絡しとくよ」
片山さんは、デスクに向かって書き物を始める。今日の日誌かもしれない。話は終わりのようだ。
「・・・じゃ、また明日」
「おう」
鞄をかついでドアノブに手をかける。
「あと、ひとつな」
むこう向きのまま片山さんが喋る。
「はい?」
「ま。お前は信用できそうだから言うがな」
「はい」
「吉田さん。だいぶ前だけど、交通事故やってんだ。交差点で左折すんのに、赤になったもんで、横のコンビニの駐車場を斜めに突っ切って、左の道に入ろうとした。そこで子供轢いちまった」
「えっ」
「悪気はねえよな。ちょっとズルしようとした。それだけさ。それだけで人生、狂っちまうこともあるってことだ」
「その、轢いた子供さんは」
「生きちゃいるらしいけど、俺も詳しくは知らねえよ。ただ毎月、金送ってるみたいだ。まあ、そういう事情なんで、吉田のこと悪く思うなよ」
「あ、はい」
「じゃ、お疲れ」
向こうを向いたまま、片山さんは手をあげた。

            了

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