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短編小説

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記事一覧

【短編小説】式歌を弾く者

【短編小説】式歌を弾く者

「郷田満子ちゃん家には、ピアノがあるぞ。それが、どんなに羨ましいことであるのか、お前には分かるまい」
「分からんの」
「それもの、アップライトピアノじゃのうてグランドピアノじゃ」
「どう違うのか」
「第二音楽室にある、ちっさい、四角いピアノがアップライトでのー、第一音楽室やら体育館のステージやらに置いてある、奥行きのある、でっかいんがのー、グランドじゃ」
「お前、なんでそんな事に詳しいんじゃ」

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【短編小説】団子屋の息子のこと

【短編小説】団子屋の息子のこと

 いつも必ずお代わりし、時には、誰かが残した給食まで頂こうとするカナコに異変があったのを、わしは先週から気づいていた。
 給食半ばで人目を盗んで、カナコはパンを半分に千切り、その半分をプリントに包み、机の中に突っ込む。本人だけ知られてないつもりでおるが、カナコより後ろの席の者は、とうに気づいておった。ただ、そんなこと言うても、カナコが大騒ぎするだけで面倒くさいので、だれも何も言わんだけじゃった。

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【短編小説】母、逃げる

【短編小説】母、逃げる

「サッちゃん。ちょっと」
 振り返ると、人混みの中にしのぶさんが立っていた。今日は祭りなんで神社の白い半被を着ている。
「あ。こんばんは」
 しのぶさんは、うちのお母さんの親戚だ。姪とかいってたっけ。この神社に嫁に入った。お母さんが出て行ってから、親戚同士はなんとなく疎遠になっていったけど、しのぶさんだけは、今も何かと私を気にかけてくれている。
「ちよっと、いいかな」
 しのぶさんがまた言う。側に

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【短編小説】再会

【短編小説】再会

 アパートのドアを開けると、駅前の駐在さんが立っていた。
「ああ、ヨッちゃん。朝早うからすまんの」
「なんですか」
 昨日も出歩かず、家で飯を作って食った。酒は飲まない。だから、喧嘩も随分ご無沙汰だ。
「実はの、ちょっと確かめたいことがあっての。この人、知っちょるか」
と、住所と人名の書かれた紙を渡される。
「・・・」
「いや、県警から問い合わせがあっての」
「親父ですが」
紙を突き返そうとしたが

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【短編小説】相良

【短編小説】相良

 結局、氏神様にお詣りできたのは、大学4年の夏休みだった。地方の高校からまぐれで入れた医学部は、講義全てで自分の学力のなさが痛感させられた。1年は、授業準備とその理解、テストやレポートに明け暮れた。
 長い石段を登りなら、左手を見る。遠く見渡せていた景色は、今ではマンションの壁に遮られている。登り切ると、狭い境内に出る。正面に本殿。右に回り込むと、小さいながら舞殿があって、その奥が社務所だ。
 社

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【短編小説】舞祭

【短編小説】舞祭

 今年から、7月12日の夏祭りを舞祭とした。別に10月20日に収穫祭としての秋祭りを復活させ、ここでも舞を披露する。正月の舞始めと合わせると、計三回、神楽舞を奉納することになる。
 一時期、神楽舞は舞手を失って存続が危ぶまれた。舞手は氏子の中から、未婚の女性が選ばれる。おそらく百年単位で繋がる伝統だったが、堅苦しい、古臭い、練習に時間が取られるなどと敬遠され、とうとう誰も舞手のいない年があった。

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【短編小説】エピローグのようなプロローグ

【短編小説】エピローグのようなプロローグ

 中学を卒業して、タツくんとカナコちゃんは大角建設に就職してきた。タツくんは半分正規でカナコちゃんはアルバイトだ。大角建設は、会社の規模を少しずつ大きくしている。
 まあ、見習いのタツくんもアルバイトみたいな給料ではあるけれど。18になって、重機の免許が取れるようになれば、正社員の約束である。
 タツくんもいろんな重機の免許を取りたいと言っている。眺めてて面白かったのだろう、この間は、フォークリフ

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【短編小説】まんが道・その2

【短編小説】まんが道・その2

 研ちゃんが電器店にやってきたのは、漫画のノートを幸子に渡した翌日だった。恐らく学校でそれを見て、ひと晩考えて、ここにやってきたのだろう。
 名前は幸子から聞いて知っていた。昔の俺に劣らぬ漫画馬鹿であると。作品を見て、ああ確かに馬鹿野郎だと、懐かしく嬉しかった。
「健ちゃんさんですか。こんにちは。山本研二と申します」
そう言って、もうひとりのケンちゃんは、俺の描いた"赤マント"のノートを机に置く。

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【短編小説】家出

【短編小説】家出

 家を出て、頼るところもなくて、結局、駅でひと晩明かした。始発で東京に出ようかと思っていた。
 それなのに夜が明けて、始発が来ても乗れなかった。勤め人の人とか通学の生徒さんやらがだんだんに増えてきて、駅を離れた。
 行くところがなくて、結局木村電器店の前にいた。親父さんが店を開ける時、私に気づいて店に入れてくれた。いきさつを話して、朝ご飯をいただいて、奥の部屋で寝かせてもらった。気を遣って幸子ちゃ

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【短編小説】丸出だめ夫

【短編小説】丸出だめ夫

 今日はタツが休みじゃった。どうせまた、父ちゃんの手伝いさせられとんのじゃろう。と、思っていると。
「まずいのー! なんじゃこれ。人の食うもんじゃねえど」
まあた始まった、相良の給食クサシが。旨かろうが不味かろうが、黙って食え。バカモンが。まあ、確かに、そんなに旨くはないけどな。

 ヒジキの煮物に、ナスと竹輪と豆が入っている。あと微かな肉片。

 それがオカズ。あとコッペパンとマーガリン、脱脂粉

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神木町【プロローグ】

神木町【プロローグ】

 神木町の西を流れる山田川は、昔から暴れ川として有名であった。昭和37年に二度の大型台風が到来し、川の東側が大きくえぐられ町は浸水した。その被害の大きさに県もようやく重い腰を上げ、五年計画で山田川の護岸工事を行うこととなった。途中、数度の集中豪雨に見舞われるなど、度々の工事の中断を余儀なくされたが、昭和45年の秋、ようやく工事は完了した。物語は、その年を遡ること3年、昭和42年の春に始まる。

【短編小説】母帰る

【短編小説】母帰る

 見たのは三度目だった。
台風で、山田川の堤防が崩れて、後少しで決壊しそうになった。それをコンクリートで固める護岸工事があって、今、川に以前の面影はもう残っていない。次には老朽化した橋を架け替えると、もっぱらの噂だった。
 それが証拠に、護岸工事で集まってきた労務者たちの多くは、近くの安アパートを引き払わず住み続けている。
 ワシはこの橋に愛着があった。この春、学校の宿題で、幸子と橋の由来について

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【短編小説】さえ子

【短編小説】さえ子

「やっと仕事が決まったんに、もう辞めるちゅうの」
お母ちゃんは、ため息をついて、天井を見上げる。
「定時制高校に行きたいんじゃ」
ずっと考え考えして、今日やっと言えた。言ってしまえば、もう後戻りはできない。
「定時? 夜学か。行ってどうするんじゃ。銀行員にでもなるつもりか。アホらし。そんなんなれるか」
「別に銀行員にならんでもええよ。簿記とかの勉強をして、ちゃんとした会社にはいりたいんじゃ」
「あ

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【短編小説】神楽舞

【短編小説】神楽舞

 夏祭りの夜に境内でその勝負は始まった。
 晩方、俺は神楽が見たいというカナコんところの清子婆さんと神社に来ていた。一緒に行くはずだったカナコは、熱を出して寝込んでいる。カナコの母ちゃんに頼まれて、俺が行くことになったのだ。
「タツ、すまんのう」
「なんの。カナコには借りがあるけえの。それより、御神楽が今年で終い言うんは本当か」
「神社の修繕があるちうからの。おう、タツの親父も大工で入っとるらしい

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