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【短編小説】式歌を弾く者


「郷田満子ちゃん家には、ピアノがあるぞ。それが、どんなに羨ましいことであるのか、お前には分かるまい」
「分からんの」
「それもの、アップライトピアノじゃのうてグランドピアノじゃ」
「どう違うのか」
「第二音楽室にある、ちっさい、四角いピアノがアップライトでのー、第一音楽室やら体育館のステージやらに置いてある、奥行きのある、でっかいんがのー、グランドじゃ」
「お前、なんでそんな事に詳しいんじゃ」
「満子に習うた」
「なんじゃい」
 確かに、この町で家にピアノがあるのは、満子ん家ぐらいであろう。仮にわしの家にあったとして、あのようなデカいものを、どこに置けばええのか想像もつかん。わしの家は、上り框にすぐ四畳半があって、奥に八畳があって、それでしまいだ。風呂と便所とは土間伝いに別にこしらえてあった。そこに家族四人で暮らしておる。二つの部屋のどちらにもピアノは置けん。置いてもええが、置けば、生きる上で邪魔になることこの上ない。カナコの家も同類である。
「欲しゅうても置くところがあるまい」
「ないのー。無念じゃ」
「何が無念じゃ。あほくさ」
 工作の時間であった。無駄話をしながら、カナコは粘土でピアノを作り、わしは広い家を思うて粘土を練った。
「しかし、なんでお前が、満子ん家にピアノがあるちて知っちょるのか」
「家に行ったけえの」
 手が止まった。
「家に行ったんかい」
「行った。誕生会じゃ。ケーキも食わしてもろうたどー」
 たまげた。
「なんでお前が満子ん家に行けるのか」
「そりゃ、友達じゃからの。当たり前じゃー」
 屈託なくカナコは笑う。

 郷田満子の家は、二階建てで壁が白い。白い壁の家など、この町には満子の家と相良の家しかない。相良ん家は半分病院じゃから、家がまるまる白いのは満子の家だけじゃと言える。満子の父親は、会社の偉い人らしい。その会社が川向こうに、工場を建てるいう話である。
 満子は四月に転校してきた。三丁目の奥まったところに御殿のような家が建って、そこに入った。学校まで距離があるが、途中まで父親が乗る車で通学した。一丁目にかかる交差点を過ぎたところで、満子は車から降りていた。

 満子はいつも一番に教室に入って、黒板を乾いた雑巾で拭いた。昨日、当番が黒板消しで拭きはするが、まだ白墨の消し跡が薄っすら残るのが常であった。
 満子はその黒板を持参のふかふかの雑巾で綺麗に拭った。すれば、黒板は鏡のように艶光りするのであった。かちかちゴワゴワの薄黒い使い古された雑巾では、そうはいかん。雑巾はおろしたてのような、柔らかいまだ白いものでなければ、こうはいかん。満子は毎朝黒板を綺麗に磨くと、雑巾を丁寧に洗って干す。雑巾は月曜日には新しいものになっておった。
 先生は、
「満子ちゃん。当番じゃないのに黒板拭かなくてもいいわよ。雑巾も、毎週、新しくしなくたって」
 と言うて、満子はもじもじ答えに窮したが、側におったカナコが代わって答えた。
「先生。雑巾は新しいものと違います。満子は、柔軟剤と漂白剤で綺麗にしてから、週明けに持ってくるのです。黒板を拭くのは、ええと何じゃったっけ」
 と、満子の顔を見る。満子は俯いたまま、小さく、
「・・・ボランティア」
と言う。
「そうじゃ。そのボラなんとかでやっておるので、ご心配せんで構いません」
 と鼻息荒く言う。わしはボランティアとはなんとことやら分からんかった。級長の長田に訊いたら、ボーイスカウトのことじゃと教えてくれた。
 しかし雑巾に柔軟剤漂白剤とは恐れ入った。しかも、洗濯機とは。うちは雑巾は全て手洗いじゃ。気になって横から、雑巾と服とを一緒に洗濯機に入れるのは汚かろう、と訊いてみたら、これまたカナコが、
「大丈夫じゃ。満子の家には洗濯機が2台あるからの」
 と、自慢気に言うた。満子は穴にでも入りたいように小さくなっておった。
 満子は勉強もよくできて、足も速かった。が、元来が大人しい性格で、休み時間はよく本を読んでいた。元よりわしらと話も合わんと思うたから、何となく話しかけづらかった。女子も一緒で、別に嫌うとるわけではないが、遠巻きにしておった。
 して、空気を読むことのないカナコだけが、傍若無人に話しかけておった。カナコはわし並みに頭が悪く、よく学校を休むのであったが、満子は意に介しておらぬようであった。話すと、ケラケラ共によう笑っておった。

 三月になると、卒業式の練習が始まった。わしらは五年生であるので、六年生を送り出す側である。ピアノはいつも、音楽の専科の先生が弾くが、赤ちゃんが夏休みに産まれて、九月から産休に入っておった。代わりの専科の先生は来なかったので、五、六年の音楽は、ピアノが弾ける禿げた教頭先生が入った。わしのようなものでも、そのピアノが下手であることがわかる腕前であった。
 満子のピアノの技量が知れたのは、十月の合唱祭の練習からであった。合唱祭は学年ごとに組合同で合唱する発表会であった。ピアノを弾けるものは皆無に近かったので、クラス毎に競うことはしなかった。伴奏は大体音楽の専科の先生がしたが、今年はおらんので、学年の先生で弾けるものが伴奏した。しかし皆上手ではなかった。
 合唱祭は毎年楽しみな行事であるのに、今年は余り意気が上がらなかった。音楽の授業もただ歌うばかりで、どこをどうすれば良いのか誰も教えてはくれなかった。
 さらに教頭先生は、困ったことを言い出した。
「今年は音楽の真壁先生がおられんので、教頭先生が君らの伴奏をするのじゃが、実は六年生の伴奏もせねばならん。一曲でも難儀であるのに二曲である。できうるならば、教頭先生は六年生の伴奏に専念したいと思う。ので、訊くんじゃが、君らの中でピアノの弾けるものは本当におらんかの。おれば、ぜひぜひ五年生の伴奏を頼みたいんじゃが」
 誰も手をあげなんだ。伴奏できるものなぞ、そうそう居ろうはずもない。と、キョロキョロ教室を見回しておったカナコが手を挙げた。まさか立候補する気ではあるまいの。肝が冷えたが、カナコは自分ではなく満子を推薦するのであった。ホッとしたが、名前を挙げられた満子は、赤くなって下を向いておった。
「郷田さん。君、ピアノが弾けるのか」
 前のめりに教頭先生が訊く。満子は小さく頷いた。
「どのくらい弾けるのか」
 満子は下を向いたまま前に出て、オルガンで校歌を弾いてみせた。その頃は、小学校の教室にはオルガンが置いてあったのだ。
 満子は譜面も見ずに、空で弾いた。これは、これはいける。続いて、合唱祭で歌う曲も弾いた。そして難なく弾き終えた。歓声と拍手が巻き起こった。すごいすごいと、あちこちで声がした。教頭先生も大喜びであった。
「郷田さん。弾いてくれるか」
 頷いて、満子は初めて喋った。
「弾くのは構いませんが、学校にあるピアノは全部どこかしら音がハズレております。できることなら、調律していただければ・・・」
「わかった。わかった調律しよう」
 後で訊くと、音楽の真壁先生がいる頃、満子は一度ピアノの調律のことを言ったのだそうだ。先生の返事は、
「分かる? 分かるよねえ。先生も直してくださいってお願いしてるんだけどねえ。なかなか教頭先生がねえ」
 と、煮え切らないものであったらしい。しかし今、満子がピアノの狂いを皆んなにバラしてしまったので、これは早晩学校中校区中に知れ渡ることとなる。否が応でも、調律はやらねばならぬこととなった。うすうす気付いてて言い出せない者もおったようで、満子の言葉が伝わると、我が意を得たりと、そうした女子たちが満子を見にきたり、話しかけてきたりして、一躍満子は学校の有名人となった。

 合唱祭での、満子のピアノは見事なものであった。演目全部の聞きどころで、ニつあげるとするならば、それは、五年の合唱曲の前奏と、一番二番の間の間奏であった。合唱の時は、満子の伴奏は裏に回って、出しゃばることなく、歌を支えた。前奏と間奏では、曲を盛り上げ、盛り上げ、次の歌声への期待を膨らませる。五年の我々もそれに乗せられて、いつもより、喉が開き、感情豊かに、曲想に乗って合唱できた。歌いながら、ああ、これが合唱というものか、ハモるとはこう言うことか、などなど、気持ちがすこぶる良かった。歌い終わった時、体育館は一瞬静かになって、その後、割れんばかりの拍手、拍手。五年生の合唱は大評判であった。
 だから必然、卒業式の歌の伴奏は満子となった。六年で弾けるものはおらなんだし、教頭先生は式の司会をせねばならん。他の少しピアノが弾ける先生方も、合唱祭での満子の弾きぶりに白旗をあげたそうである。なにより、六年生が満子のピアノを強く望んだ。
 全てが上手く回るはずじゃった。ええ卒業式になるはずであった。のに、満子は卒業式で伴奏することはできんようになった。父親が会社に損害を与えたとかで、免職になったのだ。
 満子がまとめて三日休み、四日目の朝に相良が教室で言いふらした。相良の父親は役所の土木課の役人であるから、信ぴょう性が高かった。
 3、4時間目は卒業式の練習であった。3時間目に、全体を流して練習し、4時間目は歌の練習であった。なのに満子は来ない。
 3時間目が終わって、次の時間、誰が伴奏するのか体育館はざわめいていた。
 わしは、相良の話だけではよう分からんかったので、隣に座る級長の長田に訊いてみた。
「簡単に言うとな、百万でできる工事を百三十万で業者と契約したちうことじゃ。会社の損になろう。で、契約の責任者が満子の父ちゃんちいうことじゃ」
「なんで、会社が損するようなことをするのか」
「そりゃ知らんが、別途に個人で金でも、もろうたんじゃろ。ええ家、建てちょったしの」
「そうなら、そりゃ・・・悪いの。じゃが、満子には関係なかろう」
 言葉が沈むのであった。カナコなど、元気だけが取り柄であるはずなのに、幽霊のような顔をして座っておった。
「夜逃げ同然じゃったって。満子はもうこの町にはおらんようになったちうことじゃ」
「父親は逮捕されるんか」
「会社が訴えればの。それは分からん」
 4時間目が始まった。扉が開いて教頭先生が入ってきた。体育館に、えも言われぬ重い空気が溜まった。

 卒業式の歌練は最悪であった。初めて満子が伴奏して、六年生と初めて合わせた式歌の練習。あの時は、五年の我々は聞くばかりであったが、ああこれが高揚感というものか、浮遊感というものか、国語で習うた言葉がその時初めて実感された。じゃが、今は。今は余りにひどい歌であった。
「これなら歌わんほうがええのと違うか」
 長田に言うたら、人の悪口など言うたことのない級長が、躊躇いながらも同意した。
「なんとか、歌の時だけでも、郷田さんに戻ってもらえまいかの」
 長田の独り言は、長田とわしとカナコのみならず、五年六年全員の願いのように思えた。
 満子よお。もいっぺん弾いてくれよ。
 誰の心にも、ひょっとすると教頭先生の心にも、その言葉は浮かんだはずである。

 卒業式が来た。小学校の在校生を代表として、五年が式に出席する。
卒業証書授与。
校長来賓祝辞。
送辞答辞。
次は式歌校歌であるが、答辞を受けた校長は卒業生に言うた。
「卒業生の皆さん。次の式歌は、ぜひ保護者を向いて歌ってください。よろしいですか。卒業生、回れ右!」
 校長祝辞で立っておった六年生は、この言葉で後ろを向いた。必然、座っておる我々と、保護者に対面する。こんな演出は、予行にもなかった。
 副校長は、司会を続ける。
「式歌。仰げば尊し」
 舞台袖から、伴奏者が現れる。卒業生には見えない。
 伴奏者は、真壁先生であった。
 前奏が鳴る。卒業生は後ろは見ない。式歌は、多分今までで一番素晴らしい出来であった。
 校長は舞台を降りていた。
「回れ右。校歌斉唱」
 副校長の声が響く。
 卒業生はここで初めてピアノ伴奏するのが真壁先生であることを知ったのであった。しかしざわつくこともなく、卒業生は、立派に校歌を斉唱した。校歌は五年も歌う。起立して歌いながら、わしは満子が教室のオルガンで校歌を弾いた日を思い出しておった。カナコも同様であったのであろう、調子っぱずれの大声で校歌が聞こえてきた。ああ、いつものカナコであるな。それがわかって、わかってわしは泣けたのだった。

           了

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