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京都とエルメス

記事の時系列が前後してしまうが、私は昨年 - 11月下旬に京都を訪れた。11月といえば、京都が一年で最も混み合う時期である。

それが今秋、エルメスが京都でイベントを開催することを知り、その内容を目にした私はにもかくにも行きたくなってしまった。

眠れなかった10月下旬の丑三うしみつ時、ふと思い立った私はベッドの中で調べ始め、朝方にはチケットを取ってしまった、そんな流れでかくして11月の下旬、一泊二日の秋の京都へ向かった。

5年半ぶりの京都は薄曇りのち雨の予報で、お天気は生憎あいにくの空模様。けれど久しぶりの京都に、私の胸は高鳴らないはずはない。

平安神宮の大鳥居。朱色の鳥居は曇り空にも美しく佇む。
エルメスのイベント会場、京都京セラ美術館。この日は祝日のためか長蛇の列に一瞬驚いたものの、私は予約を済ませていたためすぐに入場できた。

HERMÈS IN THE MAKING

今回のイベント “HERMÈS IN THE MAKING” 展は、エルメスのクラフトマンシップ、職人たちとその技に焦点を当てたもので期間は6日間、他都市での巡回はせず京都限定のイベントだった。

今回のイベントのメインヴィジュアル。職人の使う小道具をモチーフに、軽やかに、遊び心溢れるポップな印象が表現されている。

エルメスのプロダクトは馬具に始まり、ファッションアイテムはもちろん、今では有名なスカーフ、ジュエリー、腕時計そしてテーブルウェアなど多岐に渡る。サヴォワールフェールと呼ばれる卓越した職人技の歴史やエルメスのアトリエ、そしてブランドの歩みなどを展覧会形式で振り返りつつ、職人たちが来日し、会場で実演を行い、そして子ども向けに一部体験できるワークショップも。全ての職人の脇には通訳者も同席し、その作業を解説しつつ質問にも答えるというとても贅沢な内容、これが今回予約制ながら無料で開催されていた。

馬具の職人の実演スペース。エルメスの職人の実演が見られるというのは、とても貴重な機会。

展内では、パネル、ショートフィルム、実際のプロダクト、そして職人たちによる実演でエルメスの技術、それを支える職人たちとその技が美しく、時にフランスらしいウィットでコミカルに軽やかにプレゼンテーションされていた。

スカーフに色付けをする実演スペース。エルメスのシルク職人が扱う色彩は実に75,000色、その数は今も増え続けているという。

エルメスの精神エスプリ溢れる世界観

この展示で初めてエルメスを知った人がいたとしたら、彼らはエルメスをファッションブランドとは思わなかったかもしれない。文字による情報も少なくはなかったけれど、会場はエルメスオレンジをベースに暖色系の多彩な色使い、工房を模した実演スペース、そして実際のプロダクト - 馬具、バッグ、スカーフ、時計、ジュエリー、手袋など… が遊び心溢れる形でプレゼンされており、エルメスの精神エスプリとカルチャーを正に五感で感じることができる、ファッションにとどまらない世界観溢れる空間だったからだ。

手袋作りの実演スペース。休憩中のため残念ながら実演には遭遇できなかったけれど、どのメチエ(製造部門)のスペースも、プロダクトに囲まれつつ職人が中央で作業する様子が見えるように設置されていた。

伝統と歴史と文化 - 彼らの誇るものは価値として非常に高いものだろう、しかしそこには重々しさは微塵みじんも感じられない。

ジュエリーの石留め実演スペース。非常に細かい作業を顕微鏡を見ながら淡々と実演する職人さん。この後質問をすると、丁寧に答えてくださった(奥のマイクを付けている方が通訳者さん。今回、スタッフの方々はみなエルメスのカレ(シルクスカーフ)をユニフォームとして付けていた)。
テーブルウエアの絵付け実演スペース。椅子に無造作に掛けられた職人のエプロンが、堅苦しさを感じさせず和んだ空気を生み出す。

軽やかで、遊び心に満ちたウィットがそこここに溢れ、走り回る子どもも多数。会場に足を踏み入れた私は当初その混雑ぶりと、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようなカオスで、けれど楽しげな雰囲気に少し面食らってしまったほどだった。

エルメスは間違いなく高級ブランドの一つである。

そんな彼らが、一年で最も混み合うけれど、京都が最も美しいこの時季に - この京都でだけ- 開催することに、彼らのブランディングの意義を読み解くと…

顧客や消費者にとって価値のあるブランドを構築するための活動。ブランドの特徴や競合する企業・製品との違いを明確に提示することで、顧客や消費者の関心を高め、購買を促進することを目的とする。

ブランディング - コトバンク デジタル大辞泉

ブランディングの意図

京都の歴史的・文化的背景、また地場産業としての京都の伝統工芸や職人へも同種としての価値を、尊敬・畏敬の念を込めて見出しているからだろう。

京都は、開催地としてもエルメスの雰囲気に非常に合い、似つかわしい。そこここに歴史を感じさせる京都の街並みはそれだけで、異文化にも関わらず長い歴史と文化たるサヴォワールフェール(職人技)を有するエルメスに、さらなる趣きと深みを持たせる。両者に親和性がある故である。

山と積まれたエルメスのオブジェ(製品)の数々。皮革製品からジュエリー、ガラス製品も。こんな楽しげなディスプレイも、五感で惹きつけられる要素の一つ。

そしてエルメスに限らず、フランスのファッションブランドは京都でイベントを行うことが多い。今回、同時期にヴァンクリーフ&アーペルが昨年東京で行ったイベントを京都の下鴨神社で行っていたが、それも同種の理由と察せられる。

まるで木琴もっきんのように並べられた皮革製品の色見本。子どものみならず、大人もその美しさと物珍しさに思わず近寄って見てしまう、そんな楽しさがこのイベントにはあった。

専門的な話をしてしまえば、このイベントは直接的なB2Cマーケティングに繋がるかと言えばかなり懐疑的だ。しかし、そこには2点の意義を見出すことができる。

B2Cマーケティングとは、企業を顧客としてターゲティングするマーケティング(B2Bまたは企業対企業マーケティング)ではなく、個人消費者を顧客としてターゲティングするマーケティング(企業対消費者マーケティング)のことです。

B2Cマーケティング - business.adobe.com

一つは、価値ある職人と職人技を文化として醸成すべく、同じ精神エスプリを共有できるここ京都で、広く潜在的・(子どもも含めた)将来的顧客層へのブランドの認知活動としてこのイベントを行っているということ。

もう一つは、ノブレス・オブリージュの精神から来るものだろう - 子どもも含めたマス層に、文化や彼らの活動を楽しみながら知ってもらえる機会を提供するということ - そんな意義が感じられたこのイベント。

日本語で「位高ければ徳高きを要す」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には義務が伴うことを指す。

ノブレス・オブリージュ - Wikipedia

一つ一つのパネル、ショートフィルム、そして実演スペースを回っているとかなりの量で、じっくり見ようと思えば2時間は楽しめるものだった。職人も、バッグ、スカーフ、手袋、時計、ジュエリーなど多岐にわたるメチエ(製造部門)で来日していて、どこも人だかりで大人気。親も子も楽しめる、ファミリー層にも打ってつけのイベントとなっていた。

京都とエルメスというマリアージュ組み合わせ

私はと言えば、そう、エルメスのサヴォワールフェール(職人技)が京都でどんな風にプレゼンされるのか、またその技自体にも興味があったけれど、彼らの軽やかな遊び心、そして子どもも楽しめるワークショップの数々を含め大規模にここ京都で開催してしまうエルメスのふところの深さに、当初は混雑で折れかかった心も、出る頃には温かく満足し、楽しませていただいた。

今回のイベントのフォトブース。中央にあるのはエルメスの馬具。これに乗って撮影することができる。案の定、親子連れを中心に長蛇の列ができていた。
会場(京都京セラ美術館)正面から。中央エントランスから小さく覗くエルメスのメインヴィジュアルと、この6日間のためにエルメス仕様に彩られたパーティション。京セラ美術館もエルメスカラーに染まっていた。

彼らの思惑通り、京都で開催されたことで、私のエルメスの職人やその技に対するリスペクトも大いに増した。京都の有形無形の文化に寄り添いつつ、エルメスも彼らに引けを取らず、自分たちの遺産に誇りを持っていることに意味を込めたブランディングとしての京都開催。とても興味深く、いつもながらやられたと思わせるこの粋なマリアージュ組み合わせ、その雰囲気を丸ごと現地で体感して、私にとっても印象に残るすてきなイベントとなった。こんな素晴らしい機会をいただいて、私もお礼を申し述べたいと思う。

エルメス HERMÈS IN THE MAKING展 オフィシャルサイト

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※ 挿入されている写真及び画像はすべて筆者の撮影によるものです。

追記: B2Cマーケティングの引用元を変更し更新しました(2023年1月14日)。

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