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ショートストーリー

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2018年12月の記事一覧

ガロア殺し

ガロア殺し

ガロアは不可能を証明した。

エヴァリスト・ガロア。1811年10月25日にフランスで生まれた夭折の天才数学者。

同級生の男たちが、毎年新たに誕生する女性アイドルに熱をあげ、同級生の女たちが、新卒の若い体育教師にうっとりしていた頃、同じ16歳の僕はガロアに傾倒していた。初夏の誰もいなくなった放課後の教室で、セミの鳴き声に重なった運動部のかけ声を、耳のずっと奥の方で聴きながら、僕はガロアの人生に思

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孤独リフレクション

大学二年生の頃、僕は実家暮らしにも関わらず、大学帰りに頻繁に外食した。単に家に帰りたくない年頃だったといえばそうなのかもしれない。ただ、一つだけ言えることは、家族が当たり前のように安全地帯として機能している家は、恵まれているということだ。

僕は当時大学から一つ隣の駅にあるインドカレー屋によく一人で行った。間接照明の落ち着いた雰囲気の店だった。大抵いつもホウレン草ベースのカレーを注文し、ナンを二枚

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ザ・デイ・アフター・クリスマス

ザ・デイ・アフター・クリスマス

12月26日。朝の電車内。そこでは様々な物語が交錯し、そしていつもと違った空気が流れている。

あるいはいつもと違うのは空気そのものではなくて、その空気を見つめる自分自身なのかもしれない。

昨夜まで都会の隅々に満ちていたクリスマスソングの余韻に浸る人もいれば、浮かれた恋人の祭典が終わってホッと胸を撫でおろしている人もいるだろう。



朝の混雑したホームのあちらこちらで、電車を待つ人々が白い息

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リンゴ泥棒

リンゴ泥棒

喫茶店のテーブルに向かい合って、二人の男が話をしている。

筋肉質な男と瘦せぎすな男だ。筋肉質の男の目は細く、髪は短く刈り込まれている。似顔絵に描きやすいタイプだ。顔の輪郭として楕円を描き、目は横棒で、髪は不揃いの芝生みたいに少し描きたしておけば十分だろう。右肩が若干下がっているのは何かスポーツをやっていたからだろうか。

もう一人の瘦せぎすな男は、二重まぶたの大きな目をしていて髪は長い。多分前髪

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ぬいぐるみの愛

ぬいぐるみの愛

僕は自分がぬいぐるみになって初めて、人を愛するということがどういうことなのか少しわかったような気がする。



「『付き合う』ってどういうことなんだろう。」

中学生の時、僕はいつもそんなことを考えていた。思春期入りたての子供にはありふれた議題だ。でも実際に恋人と仲のいい女友達とでは何が違うのだろう。

デートをするかしないかの違い? それだったらデートってなんだろう。女友達と二人で遊びに行くの

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大人

大人

金曜日の夜。中央線の駅は酔っ払いで溢れかえる。蛍光灯の切れかかったホーム。疲れ顔で立ちすくむ社会人と騒ぐ大学生。車内に入れば、口を開けて寝る人々の間に生暖かいアルコール臭が漂っている。

乗車扉の隅にもたれかかって、僕は真っ暗な窓をじっと見つめる。乳白色に結露したガラスが、色とりどりの街灯と感情を失った僕の顔とを、そっと重ね合わせる。手の甲で優しく触れる。ひんやりとした冷たさが伝わってくる。

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古本屋戦争

古本屋戦争

20××年に起こった古本屋戦争は多くの示唆を含んでいた。

一方のサイドは古本屋賛成派だ。
その多くはお金のない学生などによって構成されている。
「要らなくなった本を売り買いして何が悪いんだ!」

もう一方のサイドは一部の作家だ。
「古本が売り買いされても、私らにはちっとも印税が入ってこないじゃないか。私らは面白い本を君たちに提供した。君たちは対価として私らにお金を払うべきじゃないか?古本屋にでは

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白いイルカ

白いイルカ

正確にはそれがいつなのか覚えていないが、僕がまだ幼稚園児だった頃の記憶で、今でもふとした瞬間に思い出す光景がある。

僕が生まれた時、母方の祖父は既に鬼籍に入っていて、祖母は一人で新潟県の田舎に住んでいた。塩の匂いが漂う港町だった。僕は祖母が大好きだったから、母親と一緒に帰省するのがいつも楽しみだった。

その光景の中で、祖母は僕にこんな話をする。

「大きくなったら、そのうち大きな波がやってくる

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