孕石狆兵
嘘大袈裟まぎらわしさ
随想録
愚行録
若かった。若いから射精と女体の幻影に囚われていた。とてつもなく愚かだった。私は高校生だった。私はまだ半人前だから道を誤ったのではなくそもそも生まれた時から何もか…
魚骨を咥えた蛭女が夜をまさぐり蛤の中で眠る火を点けられた奔馬が燃えながらモロコシ畑を横切って万国旗と豆電球で彩られ音楽隊の奏でる陽気な旋律を共に結婚式をしていた…
子供の頃によく世界征服が夢だという子供を見かけた。大人になってから世界征服を夢見ている大人の人に会ったことはないから世界征服は子供だけが夢想する病に違いない。私…
古いカメラを引っ張り出してきてデータを抽出してみると元彼女の写真が出てきてそれを私のいないところで見た妻が夫に女装の趣味があるとは知らなかったと思うほどに私と元…
犬が吼える 惑星がまわる 少女が女性になる 花がしぼむ しぼんで落ちる 眼鏡がずり落ちる 毬藻がくだけて泡になる エンジンが火をふく 小鳥が飛ぶ 安全弁が閉まる…
(加山雄三のボツになった歌にこういうものがある) 『殺して欲しいよ』 僕のカツラの中には 素敵な街がある 人々は朗らかで優しく 鳥は歌っている 電気もガスも無限に供給…
蛸の夢を見た 恋人が大きな蛸に襲われて 犯されて殺される夢だ 私は楓の大木に手錠で括られて 冷たい焔を嘗めるが如く じっとその様子を観察しながら いつかこのことも思い…
実父は面白い男だった。しかし面白さにも種類があって身内には居てもらっては困るタイプの面白い男なのだった。崎陽軒のシュウマイ弁当に入っている杏とよく似ている実母と…
おそらくだが私のドッペルゲンガーがいる。しかも割と近所に住んでいる。そんな予感はずっとしていたのであるが、ある日近所のカフェで本を読み耽りながらラテを啜っていた…
目が覚めると先程まで一緒に寝ていたはずの愛妾が大きな烏賊に喰われていた/僕はそれを眺めながら煙草に火を点けた/愛妾は烏賊に喰われながら足をバタバタさせている/何に…
信じられないと彼女は言った。信じる信じないというそんな退屈なジャンルに分類できる話じゃないんだよこれは、と私は言った。逆上した彼女は部屋の物を投げてよこす。かわ…
① 都市部に住んでいると不思議と人が何かの部品に見えるようになってくる。巨大な迷路に迷い込んだ部品人間たちの末路を目に痛いくらいのスピードで見てきた身としては不…
大変不思議なことではあるが結婚したので義理の姉ができた。義理の姉の駒子はエキセントリックな人間で初めて会った時に特に何を話すでもなく、こ洒落たレストランで私と妹…
死にたいです、と彼女は言った。なら殺してあげます、と僕は言った。教えてもらった246沿いのやや古めかしい中層アパートメントに行くと酸素ボンベの残量が残り数分の潜水…
この世で最も美しいものは何か。読者はこれについて考察されたことはあるかと思う。黙っていても様々な情景が浮かぶ。火山。雪山。水色に輝く海。夜空に走る雷。戦争。火事…
お盆である。私はドストエフスキー式無神論を信仰している立場上霊魂の不滅を信じていないので、当然ながら鎮魂の意識はない。だから盆の行事を側から見ていて滑稽だと感じ…
2024年6月26日 06:42
若かった。若いから射精と女体の幻影に囚われていた。とてつもなく愚かだった。私は高校生だった。私はまだ半人前だから道を誤ったのではなくそもそも生まれた時から何もかもしっくりきていなかったのである。これは罪の告白ではない。単なるフィクションだ。高校1年生で既に私は童貞じゃなかった。理由は色々あるだろうが、一番は私がかわいいからで付随して理由づけるなら私が極悪人だからだ。大学生の塾の講師だった人と春
2024年5月31日 22:10
魚骨を咥えた蛭女が夜をまさぐり蛤の中で眠る火を点けられた奔馬が燃えながらモロコシ畑を横切って万国旗と豆電球で彩られ音楽隊の奏でる陽気な旋律を共に結婚式をしていた者たちに引火させる黒煙がのぼりそれを遠目で観察した脳科学者がさっとノートに計算式を記し駐在さんは裏門に立小便しながら昨日抱き損ねた錦鯉柄の女に心尽くしの邪念を送るあなたには正当な過去がない壊れかけた操り人形のように神仏に電気マッサージ器を当
2024年5月30日 23:53
子供の頃によく世界征服が夢だという子供を見かけた。大人になってから世界征服を夢見ている大人の人に会ったことはないから世界征服は子供だけが夢想する病に違いない。私は彼ら世界征服者が憎かった。大人げないというよりは子供同士なので許していただきたいところだが私は征服者たちを見つける度にナチ狩りのように彼らの首根っこを掴んで離さない悪癖がいつ間にか身に付いていた。世界征服を君はしたいらしいがそもそも世界と
2024年5月15日 05:32
古いカメラを引っ張り出してきてデータを抽出してみると元彼女の写真が出てきてそれを私のいないところで見た妻が夫に女装の趣味があるとは知らなかったと思うほどに私と元彼女の顔は似ているらしい。だとするとかつて私は私自身と裸で抱き合い愛し合っていたわけでそれはとても幸福なことではないかと思う。妻は夫である私とは見た目は全く似ていない。本人も知らない双生児は至る所に居る。あらゆる場所。あらゆる空間。あらゆる
2024年5月3日 21:47
犬が吼える 惑星がまわる 少女が女性になる 花がしぼむ しぼんで落ちる 眼鏡がずり落ちる 毬藻がくだけて泡になる エンジンが火をふく 小鳥が飛ぶ 安全弁が閉まる 皮がめくれる 虎が潜む 醤油がこぼれる 柱が腐る 残響音が反響する 半狂乱が扉を叩く 電気ショックで椅子から転げ落ちる犬が閉まる 惑星がめくれる 少女が火をふく 花がまわる しぼんで吼える 眼鏡がこぼれる 毬藻が扉を叩く エンジンが椅
2024年4月30日 05:44
(加山雄三のボツになった歌にこういうものがある)『殺して欲しいよ』僕のカツラの中には素敵な街がある人々は朗らかで優しく鳥は歌っている電気もガスも無限に供給され争いも税金もないそれでも僕はその街でも孤独だ嘘がつけない世界の中じゃ息もできない僕はこの素晴らしい街をさえ裏切って再び頭髪型の帽子を被る僕は綺麗な街に唾を吐く僕は綺麗な街にガソリンをかけるフェンダーギターに火
2024年4月30日 05:27
蛸の夢を見た恋人が大きな蛸に襲われて犯されて殺される夢だ私は楓の大木に手錠で括られて冷たい焔を嘗めるが如くじっとその様子を観察しながらいつかこのことも思い出すだろうと他人事に感じた完全に閉じられた愛だった蛸は髑髏を私の目の前にそっと置いて会釈をして小田急電鉄に乗って行った私は緩い手錠を自ら取って髑髏を拾わずに京王線に飛び乗った当然ながら私は傍観罪で逮捕される神
2024年4月5日 18:31
実父は面白い男だった。しかし面白さにも種類があって身内には居てもらっては困るタイプの面白い男なのだった。崎陽軒のシュウマイ弁当に入っている杏とよく似ている実母となぜ一緒になったのかわからないほどの好男子で作家の町田康と見た目だけで言えば生き写しである。実父はお調子者というか剽軽者で美男子、実母はシウマイ弁当の杏の漬物では当然家庭は崩壊する運命である。実父は違法賭博に手を染めて多額の借金をこしらえて
2024年3月2日 00:42
おそらくだが私のドッペルゲンガーがいる。しかも割と近所に住んでいる。そんな予感はずっとしていたのであるが、ある日近所のカフェで本を読み耽りながらラテを啜っていたところ、急に女性に話しかけられた。あの、すみません、この前もそこで漫画本を山積みにして読んでいらっしゃいましたよね?と女性は言う。お気を悪くしたらごめんなさい、古谷実、あたしも大好きなのでつい話しかけてしまいました。私はゆっくりと女性の方を
2024年2月19日 00:09
目が覚めると先程まで一緒に寝ていたはずの愛妾が大きな烏賊に喰われていた/僕はそれを眺めながら煙草に火を点けた/愛妾は烏賊に喰われながら足をバタバタさせている/何にそんなにというくらいに烏賊は怒っていた/愛妾はしぶとく抵抗している/宇宙の広さを想えば烏賊もがんばれだし愛妾もがんばれだった/砂粒のような男と女と烏賊/煙草を喫み終えた僕は愛妾の両足を掴んでからズルっと引っ張る/烏賊の墨毒の影響だろうか/
2024年1月3日 22:17
信じられないと彼女は言った。信じる信じないというそんな退屈なジャンルに分類できる話じゃないんだよこれは、と私は言った。逆上した彼女は部屋の物を投げてよこす。かわいいぬいぐるみが宙を舞ってガラス戸に当たってかわいくない音を出す。私は小学生の時にやったドッジボールを思い出す。私はすれすれでドッジボールを避けるのが得意な少年だった。私は大きな熊のぬいぐるみを投げようとする彼女の細い手首を掴んだ。物に当た
2023年12月22日 00:01
①都市部に住んでいると不思議と人が何かの部品に見えるようになってくる。巨大な迷路に迷い込んだ部品人間たちの末路を目に痛いくらいのスピードで見てきた身としては不条理が不条理でなくなる瞬間さえ訪れがちだ。管理官は私をグレイと呼んだ。これはコードネームなのではない。私には管理官のオフィスに行くと必ず管理室のあるビルヂングの155階から粉塵で霞む地上を斜めに見下ろす癖がありその様子が大昔に活躍した愚霊
2023年11月15日 03:50
大変不思議なことではあるが結婚したので義理の姉ができた。義理の姉の駒子はエキセントリックな人間で初めて会った時に特に何を話すでもなく、こ洒落たレストランで私と妹である妻の向かいに座りながらスマートフォンを一心不乱に弄り倒しこちらを見ずにどうぞ好きな話をしてくださいこちらは課金してゲームに忙しいのですが話はちゃんと聞いていますので大丈夫です、と言い放って本当にずっとガチャを回し続けていた。思えば駅で
2023年10月3日 07:54
死にたいです、と彼女は言った。なら殺してあげます、と僕は言った。教えてもらった246沿いのやや古めかしい中層アパートメントに行くと酸素ボンベの残量が残り数分の潜水夫のような深刻な顔が扉の向こうに現れる。僕は買い物袋を見せて中に入れてくださいと頼む。彼女はちょっと考えてからどうぞと言って扉のチェーンを外して僕を中に引き入れる。2002年4月6日の世田谷は薄曇りの時折小雨の散らつく憂鬱な朝を迎えていた
2023年9月20日 01:13
この世で最も美しいものは何か。読者はこれについて考察されたことはあるかと思う。黙っていても様々な情景が浮かぶ。火山。雪山。水色に輝く海。夜空に走る雷。戦争。火事。津波。暴力沙汰。墜落する飛行機。崩落するビル。首を括った独裁者の映像。眼球の捉え得るあらゆる美しいもの。私はそれら全てにいちいち「ごもっとも」と肯首する。美しいものに不足はない。ほぼあらゆるものが美しい。それは真理のひとつでさえある。教義
2023年8月16日 02:13
お盆である。私はドストエフスキー式無神論を信仰している立場上霊魂の不滅を信じていないので、当然ながら鎮魂の意識はない。だから盆の行事を側から見ていて滑稽だと感じるし不快でさえあるのだけど、私は私を尊ぶように他人のことも尊ぶことを至上命題としているから薄目で確認しいしいやり過ごしてきた。霊魂は存在しない。ただ肉体だけがある。前世もなければ来世もない。過去も未来も霧に包まれていて、確固たる今だけがある