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デクノポリス



都市部に住んでいると不思議と人が何かの部品に見えるようになってくる。巨大な迷路に迷い込んだ部品人間たちの末路を目に痛いくらいのスピードで見てきた身としては不条理が不条理でなくなる瞬間さえ訪れがちだ。管理官は私をグレイと呼んだ。これはコードネームなのではない。私には管理官のオフィスに行くと必ず管理室のあるビルヂングの155階から粉塵で霞む地上を斜めに見下ろす癖がありその様子が大昔に活躍した愚霊というバンドのヴォーカルに似ているためグレイと呼び始めたのだという。しばしば管理官は私に連絡をいれる。G、仕事だ。私の手の中で光る端末が管理官の指示を伝える。基本的に管理官は綺麗好きだ。対象者がどう亡くなるかに興味はないのだが、対象者の亡骸の始末には大層気にかける。ダンハヤトと呼ばれる男が掃除屋でこいつは元々無政府主義の政治家を操るフィクサーだったのだが、落ちぶれて管理官の手駒になったと聞いた。ダンハヤトは皮肉屋で、亡骸に手を合わせながら文句ばかり言う。信じられねえよ。獣かよ。シリアルキラーかよ。ダンハヤトはV3という無口な老人と一緒に掃除を始める。部屋は血の海で、損壊された遺骸が色々な場所に遊びに行っていた。ダンハヤトはそれらを素手でビニール袋に集めて入れる。V3はモップで血を拭く。ダンハヤトは、クソ、田舎に帰りてえと言った。私は端末器を動かし密かにダンハヤトの出身地を探る。出身地は松本市の化学プラントだった。こいつは試験管で生まれた怪物なのだ。ダンハヤトの田舎とは虚無の深淵を指すのだろうか。だとすると頭皮にへばりついた長い髪を見て溜め息をつく奴の表情は偽物だ。私は都市部の荒廃は既に行くところまで行ったのだと実感した。

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ヤングマンというふざけた野郎がいた。コードネームは西城秀樹という。ヤングマンは私の先輩格で私の仕事の前任者でもあったのだが、ある日突然管理官を殺してふけた。ついに真夜中のバッティングセンターで私はヤングマンを見つけて会敵した。ヤングマンはウインクして私に握手を求めた。私はヤングマンの手を握った。ヤングマンは痙攣してその場で倒れ込む。私の腕の袖からは通称袖ケ浦という名のスタンガンが顔を出している。私はヤングマンを落ちていた自転車のチェーンで縛りあげる。ヤングマンが意識を取り戻すと、とにかく電話をさせろと言うので、私はバッティングセンターの中を痛みで悲鳴をあげるヤングマンを引き摺って進みピンクの電話に10円玉を入れながら指定された番号をプッシュしヤングマンが会話できるように耳に受話器をあてがった。ヤングマンは電話の向こうの人間に話しかける。それから談笑しつつ私に電話の人間と代われと言った。電話の向こうの人間は機械的な声音で言った。グレイ、ヤングマンを赦すことにしました。声の主は管理官だった。ヤングマンは煙草をねだる。私は奴にショートホープを吸わせてやる。でかく真っ赤な月が出ていた。ヤングマンはこうして野に放たれた。今は革新派の若手のホープとして選挙人に選ばれている。

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ある落ち目のロックスターが死んだ。熱烈なファンの中でも最も熱烈な部類に入る3名が殉教した。管理官は言った。G、仕事だ。例の如く例の如しで管理官の頭脳で考えだされる奇策は百発百中外れたことがないようである(例え外れたとしてもハズレのチェック欄は用意されていない)。私は光る端末と睨めっこしながら、高光警察署に出向く。地下の遺体安置所に行くとドモンケンという刑事がいて対象者を見せてくれた。私は灰色のシートに包まれた遺体を隈なく観察する。若くて美しい女性だったが、顔は矯正中の歯を剥き出して苦悶の表情を浮かべており両脚が途中からぶっ飛んでいて骨の破片と一緒に両脚の残骸があらぬ方向を向いて置いてあった。ロックスターへの哀悼を綴る手紙が見つかっていて純然たる殉死で高層ビルヂングから飛び降りたのだろうことは理解できたが問題は彼女ではなかった。私は霊安室から出ると控室にいる「父親」を尋問しに向かった。鞄から賄賂の金属を取り出してドモンケンに渡す。金を手にするとド・モンケン伯爵は慇懃に取り調べ室を出て行った。時間は35分以内でお願いしやすぜ、署長が勘づいたら大変だ。高光警察署長は確かにやばかった。署長は人工知能で、普段は冷たいハードディスクの中で眠っている。急ごう。「父親」はオールバックの美男子で30代の若造に見えた。死んだロックスターの元マネージャーで今は若い女の子を騙して人身売買をしている痴れ者だ。もしかしてこいつも試験管生まれの怪物だろうか。私はメリケンサックを装着した拳で殴り続けながら思った。37発目で彼は死んだ。

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G、仕事だ。管理官が言った。ガッツを見せろ。言い方、と私は思う。正月はワイハーにでもヴァカンスに行ってこい。管理官は言う。グレイ、仕事だ。

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