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花の愚行録

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愚行録
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古書は病を悪化させ新本は病を産み落とす

古書は病を悪化させ新本は病を産み落とす

古いカメラを引っ張り出してきてデータを抽出してみると元彼女の写真が出てきてそれを私のいないところで見た妻が夫に女装の趣味があるとは知らなかったと思うほどに私と元彼女の顔は似ているらしい。だとするとかつて私は私自身と裸で抱き合い愛し合っていたわけでそれはとても幸福なことではないかと思う。妻は夫である私とは見た目は全く似ていない。本人も知らない双生児は至る所に居る。あらゆる場所。あらゆる空間。あらゆる

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バーリーゾーゴーン

バーリーゾーゴーン

信じられないと彼女は言った。信じる信じないというそんな退屈なジャンルに分類できる話じゃないんだよこれは、と私は言った。逆上した彼女は部屋の物を投げてよこす。かわいいぬいぐるみが宙を舞ってガラス戸に当たってかわいくない音を出す。私は小学生の時にやったドッジボールを思い出す。私はすれすれでドッジボールを避けるのが得意な少年だった。私は大きな熊のぬいぐるみを投げようとする彼女の細い手首を掴んだ。物に当た

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悦びは2倍になり憎しみは4倍排泄物処理費用は6倍に跳ね上がる

悦びは2倍になり憎しみは4倍排泄物処理費用は6倍に跳ね上がる

死にたいです、と彼女は言った。なら殺してあげます、と僕は言った。教えてもらった246沿いのやや古めかしい中層アパートメントに行くと酸素ボンベの残量が残り数分の潜水夫のような深刻な顔が扉の向こうに現れる。僕は買い物袋を見せて中に入れてくださいと頼む。彼女はちょっと考えてからどうぞと言って扉のチェーンを外して僕を中に引き入れる。2002年4月6日の世田谷は薄曇りの時折小雨の散らつく憂鬱な朝を迎えていた

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熱海

熱海

この世で最も美しいものは何か。読者はこれについて考察されたことはあるかと思う。黙っていても様々な情景が浮かぶ。火山。雪山。水色に輝く海。夜空に走る雷。戦争。火事。津波。暴力沙汰。墜落する飛行機。崩落するビル。首を括った独裁者の映像。眼球の捉え得るあらゆる美しいもの。私はそれら全てにいちいち「ごもっとも」と肯首する。美しいものに不足はない。ほぼあらゆるものが美しい。それは真理のひとつでさえある。教義

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これは貴女と寝転がった芝生ではない

これは貴女と寝転がった芝生ではない

バレンタインデーに女性が男性にチョコレートを送るという習慣、これは馬鹿にできないものだと思う。明治政府発足以来続く薩摩武士の怨念が働いて当朝は男女平等の精神に欠けている状態が続いているが、このバレンタインなる奇怪な催しによって本来当たり前である「女性にのみ男性を選択する権利が神から与えられている」ことを突きつけられる気がする。企業の販売戦略がきっかけだったとしても、この女性に選択権を持たせることは

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これは貴女と行った海ではない

これは貴女と行った海ではない

受難の時代である。インターネットの普及にかつて見出した光はすでに曇ってしまった(あえて柔らかい表現を使うならば)。駄文、駄文、駄文の嵐が吹き荒れている。私は我慢がならない。最早どんな場所も糞溜めだ。私が才能を認めるような書き手には何がしかの矜持があった。正当性を欠いた怒りの発露こそ、一服の清涼剤である。だが現状はどうなっている?誰もが商売人のように自分たちのかつて誰かが既に作った定型文(ダブン)を

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ゼリーが凍らせてあります

ゼリーが凍らせてあります

豊満な肉体が好きだ。だが、何を基準に豊満か貧弱かの判断をくだすのか。古いところでマリリン・モンローやアグネス・ラムの肢体。新しいところで、いや新しい人のことはわからないけれど、まあ骨盤がどっしりしている肉付きのしっかりした女体を豊満と呼称するのだろう。逆に考える。貧相貧弱な肉体に嫌悪感があるだろうか。それはもちろん無いと信じる。誰だって生まれてきてオンリースペシャルワンな存在であるから、外殻の美醜

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臍

臍に溜まったザアメンを女はティッシュペーパーで拭き取っていた。僕はティッシュペーパーを渡す係をやった。女も僕ももう二度とこういう行為に及ぶことがないことをお互いに勘付いていて、最低でもあともう一回は肌を合わせたいと願っているのがビリビリ伝わってくる。女は上機嫌以外何物でもないくらいに上機嫌で用意されていたシャンパンを呑む。次は口に出してもいいですよ、と笑いながら女は言う。喋る内容は別にすると、予想

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夜のシルバー人材センター

夜のシルバー人材センター

田舎暮らしを夢見て、引っ越しを考えたのであるが調べてみれば、田園というのは厄介ごとが多くて心弱りした。それでやや田舎の内陸部の斜陽工業都市あたりにひとまず腰を落ち着けることになったのであるが、これは小さな花の東京がそこかしこに芽吹く自家中毒都市である。必要性のない商品が漫然と置いてある商店や女の子と楽しくお酒がカジュアルに呑める酒場などに事欠かない。中原はポケットに手を突っ込んで下を向いて歩いてい

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