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夜のシルバー人材センター

田舎暮らしを夢見て、引っ越しを考えたのであるが調べてみれば、田園というのは厄介ごとが多くて心弱りした。それでやや田舎の内陸部の斜陽工業都市あたりにひとまず腰を落ち着けることになったのであるが、これは小さな花の東京がそこかしこに芽吹く自家中毒都市である。必要性のない商品が漫然と置いてある商店や女の子と楽しくお酒がカジュアルに呑める酒場などに事欠かない。中原はポケットに手を突っ込んで下を向いて歩いている。おぞましいまでの退屈と喧騒への渇望が彼を昼夜苛んでいた。書こうと思っていた詩など一行だって書いていない。かいたのはマスとこの土地に巣食うことになった元凶である、ある女性だけだった。サトはパーマをかけた日本美人でビジネス用の着物を着ている。都会人相手の何か商売をしていて、それが当たっているらしい。サトの家に泊まった次の日に遅く起きた中原は机の上に五千円札とこれで厚手の靴下でも買ってくださいという走り書きを見つける。中原は五千円札をポケットにしまって町へ出かける。田園の憂鬱とは反対の都会の自己崩壊が彼を襲う。なぜオールドミスの都会かぶれの偽文学少女のサトがコンドームを持っていたのか。中原は怪しい足取りで定食屋に入ってカツ煮なるものを注文する。中原は瓶ビールを注文する。中原はタバコを一本吸ってみる。あの夜も冷たい月が出ていた。中原は初めてサトの肌に触れた時に感じたマネキン人形の様な無機質さを思い出す。中原は自分はこの町でなにをしようかと悩む。駅前ビルの清掃員の募集の張り紙をじっと彼は眺める。五千円札はタバコやカツ煮やビールや厚手の靴下に変わった。今ここにあるのは中年期の偽詩人だけだ。中原は悲しくなって店を出るとヨロヨロと歩き出した。田園の夕方はさすがに黄昏てやがる。彼は小学生の集団が何かをして遊んでいるのを見つける。かわいいものだ。子供は光そのものだ。彼は土手を降りて小学生たちが楽しそうに壁に投げているものを見る。それらは哀れな青蛙だ。壁に打ちつけられて見るも無惨な有様である。中原は酔いに任せて、そんなことはしてはいけない!これでコカコーラでも買って家に帰りなさいと、サトにもらった五千円札をそのまま渡した。小学生たちが去った土手の上には仕事帰りのサトが逆光で立っている。中原はサトを命を与えられた影のように感じていることを黙っている。サトは田園の似合わない女だった。田舎はたまらない。息がつまりそうだ。中原は嫌がる沙都の手をひきピーナッツ畑の隅にある誰かの納屋に入ってから拝み倒して沙都の着物の裾をまくって白くて滑らかでマネキンのような尻を丸出しにして爪を食い込ませ己の分身を突き立てずにはいられなかった。最中、どれだけ自分は惨めで、弱い人間なのかを痒いところに手が届くように耳元で教え諭した。おれは無様に潰された青蛙なのさ。沙都子は自分をサトと呼ばせる。沙都子だなんておばあさんみたいで嫌よ、と彼女は言う。息をゼエゼエ吐きながら沙都子は片手鍋の大きいのを欲しいと言う。なにをバカな。中原は沙都子ばあさんのなかのコンドームのなかに射精をする。東京の影或いは澱みを吸って生きる女。中原は沙都子の小さなバッグから何故か出てきたコンドームには驚かない。そんなことにいちいち気を砕いていたら、こんな田舎ではすぐに立ち行かなくなるだろう。だがしかし、とズボンをあげながら中原はじっとりと考える。片手鍋の大きいのは実に便利だと思う。しばらくして立て付けの悪い戸を開けた誰かの納屋から出てきた日陰者二人組は更なる薄闇に溶けていくのだった。

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