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泥濘紳士

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随想録
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髑髏ヶ崎館

髑髏ヶ崎館

子供の頃によく世界征服が夢だという子供を見かけた。大人になってから世界征服を夢見ている大人の人に会ったことはないから世界征服は子供だけが夢想する病に違いない。私は彼ら世界征服者が憎かった。大人げないというよりは子供同士なので許していただきたいところだが私は征服者たちを見つける度にナチ狩りのように彼らの首根っこを掴んで離さない悪癖がいつ間にか身に付いていた。世界征服を君はしたいらしいがそもそも世界と

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ポイズンベリー

ポイズンベリー

実父は面白い男だった。しかし面白さにも種類があって身内には居てもらっては困るタイプの面白い男なのだった。崎陽軒のシュウマイ弁当に入っている杏とよく似ている実母となぜ一緒になったのかわからないほどの好男子で作家の町田康と見た目だけで言えば生き写しである。実父はお調子者というか剽軽者で美男子、実母はシウマイ弁当の杏の漬物では当然家庭は崩壊する運命である。実父は違法賭博に手を染めて多額の借金をこしらえて

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暗転ぼくのまち

暗転ぼくのまち

お盆である。私はドストエフスキー式無神論を信仰している立場上霊魂の不滅を信じていないので、当然ながら鎮魂の意識はない。だから盆の行事を側から見ていて滑稽だと感じるし不快でさえあるのだけど、私は私を尊ぶように他人のことも尊ぶことを至上命題としているから薄目で確認しいしいやり過ごしてきた。霊魂は存在しない。ただ肉体だけがある。前世もなければ来世もない。過去も未来も霧に包まれていて、確固たる今だけがある

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カーテン

カーテン

あれはある初秋の夜だった。僕は当時付き合っていた女性のマンションに合鍵を使って入って彼女の帰宅を待っていたのだった。土日が休みだった彼女に合わせていたから、金曜日だ。よくよく考えると金曜に彼女の家に行き、次の日は一緒に出掛けたりするのだけど、僕は自分の部屋にいたくないがために、彼女の家に避難していたのかもしれない。僕の家には魔なる物が住んでいた。僕はあの家にいるとギターを奏でたり踊ったりする。時々

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大鍋で煮た枝豆を心行くまで頬張るだけの話

大鍋で煮た枝豆を心行くまで頬張るだけの話

婆様が痴呆症に罹ったと母親から連絡が来たのは十数年前のことだ。信じられないことだけどうちの婆様は少なくとも十年以上呆けっ放しで健康に生きている。たまにうっかりして骨折もするが、必ず不死鳥の様に復活し、老人ホームに帰還する。婆様の事はよく知らない。母親の母親ってことくらいしかわかっていない。私は爺様と仲が良かったし、女性が苦手だから婆様を避けて生きてきた。婆様は品位に欠けた人物だった。いつもメロドラ

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世界一周鳥籠の旅

世界一周鳥籠の旅

文鳥を飼う前は飼い鳥は一生を檻の中で過ごすことになって可哀想だと本気で考えていた。実際に飼ってからは考え方が変わった。文鳥は自分の境遇に対して惨めだとは微塵も感じていないようである。一生を檻の中で過ごすのは我々も同様で東京の中目黒駅前であろうとハワイの溶岩帯だろうとタイタニック号の見学ができる潜水艇の中だろうと鳥籠の中と同じである。我々は肉体の中から出ることのできない閉じた世界しか知らない。それを

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味の店の味

味の店の味

屋号に味の店と出せる気持ちが理解できない。飲食店を経営しようと思い立った人は味の良さなどは大前提で商売を始めるものではないのだろうか。いやそうではないのである。人間の性質上、なんもかも行き当たりばったりが正しいので大半の飲食店はなし崩し的に商いをしているに過ぎないのである。食べログの評価が所詮は金銭のやり取りでどうにでもなることがニュースになったことがあるが、どちらにせよ他人の味覚や知能を当てにし

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廃園だけが人生だ

廃園だけが人生だ

私はずっと健康体だ。異常なまでに肉体が壮健である。両親共に文盲でろくな知性を有しなかった分、息子は盗賊になるために必要な全てを与えられて生まれてきたようだ。屈強な肉体と虎狼のような精神は私を支える屋台骨である。その屋台骨の土台がグラグラと揺らいだとは大袈裟であるが、先日初めて就業中に脂汗を滲ませたことがあった。春である。出社前に食した自家製トマトポークダルカリーが悪くなっていたようだ。冷蔵庫で保冷

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愛憎には道端で見かける吐瀉物以上の価値はない

愛憎には道端で見かける吐瀉物以上の価値はない

人間は袋だ。それはわかっていると知識人階級の皆々様はおっしゃられる。ご高覧いただき感謝いたします。私はどうもこの「わかっている」を聞くと頭に血がのぼるので、労働者階級の泥ゲス野郎のまま死んでいくに違いない。人間が袋に過ぎないことが看過できないのである。ドラえもんの異次元ポケットよろしく、色々なもの、宝石やかけがえなのない物や虹や粗大ごみやノイズや詩や時間や砕かれた歯などが次々と矢継ぎ早に人間の袋に

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サラダチキンの味

サラダチキンの味

鳥を飼ってみて思い知らされるのは、鳥には知性が人間同等に備わっているという紛れも無い事実である。捕鯨反対を叫ぶ動物愛護団体にも色々な種類もあられようが、要するに人間の生み出す思想には碌なものがないことを証明するためだけに存在するのが彼らだというマトリョーシカ式の矛盾を内包しながら活動できるだなんて尊敬に値する。動物には残念ながら人権は与えられていないが、彼らに自己を主張できる機会があったら真っ先に

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寓話体質

寓話体質

私は下戸である。コップ一杯の酒でひっくり返る身体の仕組みを持っている。しかし私は酒が無類に好きなのだ。正確に述べるなら酒の席が好きなのだろうけれども、その好きな酒の席で烏龍茶を未練たらしくグビる気はさらさらない。まずはビール。こいつは効く。すぐに顔が茹蛸のように真っ赤になって誰にでも分かりやすく下戸であることの肉体の主張が始まる。もちろんこの時点で尻込みして烏龍茶に逃げることもできるが、私はビール

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バードヘッドエフェクト

バードヘッドエフェクト

手塚治虫の遺言を守って政治的な発言はしないようにしている。それがいいことか悪いことかは判断は他の人に委ねるとして、政治に関わらないことで寿命は延びるということだけは断言できる。選挙の時期になるたびに貼り出される政治屋の顔を見ていると物凄い気持ちになる。どの顔も学生時代には誰からも相手にされなかったことがくっきりと表情に浮かんだとびきり冴えない顔ぶれである。一体全体これはどういうからくりなのか。例え

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豚舎に美学は要らない

豚舎に美学は要らない

生きていると気が滅入ることような事例にぶち当たることが多い。理由はいくつかあるが、問題は自分自身ではない。私は狂人ホイホイという「特性」を神から授与されてきたらしい。どこにいってもスマイルを作った「敵」に囲まれる運命なのだ。諦めがつけば、対処方法はいくつかある。中でも最も効果的な劇薬をお教えしよう。狂人にかかわらないようにするには、自分自身がその狂人よりも狂人化するに限る。ストーカーに対抗するには

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陣地

陣地

戦うことは骨が折れる。市民たちは摩擦熱で身が焼かれるのを嫌う。塹壕を掘って身を潜める。小声でひそひそといつ終わるともわからない「この耐え難い状況」について話し合う。困難を伴うあらゆる反抗には消極的だ。家畜のように除菌室に横たわってやがてくる終わりに向けて濁った目玉を向ける。戦域は広大だ。宇宙は広がり続け我々の痛みは増すだろう。大きな渦に呑まれる。丸裸にされ洗濯機の中で洗われる。抗生物質漬けの愛は声

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