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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#サイコ

明の7「博多口」 (23)

 貫一は私との対面を隠蔽した。しかし、その理由は何なのか。彼が言うように、私がお宮を連れて博多口に行けば、お宮を奪還を試みるはずだ。
 貫一は駅構内に交番があるとは言ったが、その交番は駅構内の中心にあるわけではなかった。博多口の前にある広場の、極めて端寄りにあるために、駅の構内を見渡すことなどできはしない。そして、私も彼も、警察からの注目を好まないために、無理やりにでも貫一がお宮を連れ去ることは可

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明の14「積木遊び」(31)

 私は、肉体にとどまらぬ人の殺意を未だかつて見たことがなかった。あの拳は、確実に私を殺すつもりだったのか、いいや違う。彼の発言からも明らかなように、彼は私を殺すつもりなんぞ毛頭なかったのだ。彼は私の手で殺されることを拒み、自殺によって私から永遠に雪辱を奪ったのだ。あの拳に殺意があったようには思えない。死とは永続性をもつ概念であることを、私は心底味わされたのだ。果たして自分にそんなことが可能とは、思

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香山の14「仮想化」(32)

 明がお宮を連れて出ていった。ドアを閉める音がして、私は一人ぼっちになった。何となく、私はドアの淵を撫で、ざらつく素材が指に与える感覚を楽しみ、やがて私は退屈した。
 頭の中に、キャバクラの店内が映し出された。隣に座る嶋が笑っていた。過去を想起しているのだと気づき、彼の笑いの前の発言を私は思い出した。
「俺も含めて、この世の中は実に吐き気のするほど穢れた人間どもであふれていると思っている。みんな、

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香山の36「カーネル・パニックⅩ」(54)

 少年期を過ごした家庭環境はなんでもないありふれたものだ。一般家庭だった。貧困も、離婚も、虐待も、ありはしなかった。テレビを傍目に夜を待てば、湯気を昇らせる白飯が運ばれてくる。家族の目は死んでいたが、それだって別に特に特筆すべきことだとは思わない。何も変哲はないのだ。毎日毎日、飽かずに輝いた目で会話を弾ます家族なんているのかい? 普通の家庭とは裏腹に俺は頻繁に問題を起こしたがね。
 あのときは五歳

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香山の37「カーネル・パニックⅩⅠ」(55)

 飛躍を望んだ俺はさらに突き進んだ。俺は確かに社会への害悪を行使することで自分の幸福を高めていた。暴悪こそが優越を生み出すものだと信じていたのだからね。優越からなる幸福の獲得に、忘れてなはならない致命的な条件があることに気づくまでは。
 いいかい、俺は、周囲の人間をとっかえひっかえに扱うことで外面世界を否定したけどだ。その否定は同時に、世界の存在を是認したことに他ならない。世界の是認に含まれるある

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香山の38「カーネル・パニックⅩⅡ」(56)

 他人の渦にからめとられること……字面だけ見れば情けない。しかし十分に健康の域にあることは、成熟したお前であれば承知であろう。同様に俺はこの冷酷が、一般性の名を掲げながらゆらめく重力によって屈折される様を見ながら、これでよかろう、と思った。自分はこの人間社会に属している一要素に過ぎない、という自覚が堕落した幸福を育んでいった。最初はこの堕落を恥じた。ところがやがて堕落は、自分は一人ではない、という

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