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短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

 妹の頭が徐々に大きくなっていく。病気じゃない。
 わかっているんだ。家族の誰もが。だけど何も言えやしない。
 傷ついても、恥ずかしくても、怒っても、どうしたって、妹の頭は大きくなって、その成長を止めることは出来ない。

 (一)

 妹は僕の八つ下で、ぼくにとっては目に入れても痛くない存在だった。だけど、そんな例えですら口にするのも憚られるくらい、妹の頭は大きくなっていた。
その始まりはた

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美弱あつめ001  「光る産毛」 ※創作大賞応募作

美弱あつめ001 「光る産毛」 ※創作大賞応募作

草木の蕾や実にびっしりと生えた産毛につい目がいってしまう。

五月初旬のある日、近所の公園で、淡いピンクのバラの花を囲むように、先がツンと尖った固い蕾がいくつもついているのを見た。その様子がまるで、気高く美しいお姫様をお守りする兵士のように思える。

しかしよく見れば、頑強そうな蕾たちには微細な産毛が生えている。勇敢な兵士であっても、思わず立ちすくんだり、体が震えるような恐怖に襲われたりすること

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笑顔の軌跡は続いていく

笑顔の軌跡は続いていく

まるでタイムスリップしたかのように
一瞬のうちに過去の記憶がよみがえる。
写真を手にとり眺めるといつもそう思う。

私は子供の頃から写真を撮るのが
大好きだった。
この景色、その笑顔を
小さな一枚の紙に閉じ込める。
そう思うとワクワクした。
自分以外が撮った写真、例えば会ったことのない祖父が写っている大昔のモノクロの写真を見るのも大好きだ。
一体この表情の向こうにはどんなドラマがあったのだろう? 

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掌編小説 | 冥泉

掌編小説 | 冥泉

 男は夜の森を彷徨っていた。
 月明かりの中、空まで届くような杉の木の間を這うように進む。ぬかるんだ地面は男の足どりを重くさせた。いつのまにか辺りは霧に包まれ、男は途方に暮れた。
 はたと、霧の奥のオレンジ色の灯りに気付く。そこには、一軒の古い小屋が建っていた。黒い瓦屋根で立派な門構えだ。竹林が小屋の裏の敷地を囲み隠している。小屋の裏からは濃い霧が立ち上っていた。

 霧じゃない。湯気だ。

 男

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「おはよう、私」①(短編連作小説 & 音楽)第1話

「おはよう、私」①(短編連作小説 & 音楽)第1話

第1話・瑠璃
 朝。
 遠く聞こえるアラームの音が意識をたたく。

 細く開いたカーテンの隙間から、細い光がこぼれている。
 ああよかった今日はいい天気なんだなと、ぼんやりした頭で反射的に考える。

 「よかった」と思ったのは仕事で人に会いに行く予定があるからで、晴れていれば移動がらくだからだ。雨ならば広がってしまう細いくせ毛も、今日はきっと大人しく、肩で揺れてくれるだろう。

 ほとんど無意識に

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人は次元を超えたときに感動する

人は次元を超えたときに感動する

北海道でオーロラが見られたらしい。

普通アラスカみたいなクッソ寒い高緯度の地域に行かなければ見られないオーロラが日本でも見られたということで、レア度もさることながら、オーロラ自体の幻想的な景色に心を奪われた人も多いのだろう。

目もくらむような絶景というものは、実際に肉眼で見たときは言うまでもなく、写真を通しても感動がすごい。富士の山に登る朝日、エメラルドグリーンにきらめく海、一面に広がる花々な

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本好きの夢!!

本好きの夢!!

最近どハマりしているYouTubeチャンネルがあります。
それがこちら。


出版区「出版区」とは…

〈本の問屋が出版業会を盛り上げるべく開設したチャンネル〉

だそうです。(チャンネルの説明欄に書いてありました)

毎回、旬なゲスト(このゲストチョイスも絶妙!)を呼んで「本屋さん巡り」や「本の内容検証」などをします。
ゲストの皆さんの読書傾向もわかるし、観ていて飽きないんですよ。とにかくワ

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齢八十八、指揮者にないもの

齢八十八、指揮者にないもの

 身を包む空気には、風もなく、濁りもなく、熱もなく、湿気もなく。
 無駄なもののない空間だ。
 壁越しに耳に入ってくるのは一定の振動数を保つ長い弦の音、遊び吹かれる木管の音階、弾むような金管の鼓笛。それらが雑多に入り混じる、「まだ」混沌状態のものたち。

「マエストロ、そろそろです」

 瞼を開ける。
 私の前の鏡には、顔に深い皺が刻まれた老人が一人座って映っている。同じく皺だらけの手が、台の上に

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