蜜柑桜
創作大賞応募作品『天空の標』 森に守られたシレア国では、先頃より先王と母后が相次いで逝去した。王位継承者第一王子カエルムは即位を前に側近のロスと近隣諸国訪問中である。 海に面した強国テハイザは陸の資源を欲し、かねてよりシレアと緊張関係にあった。カエルムは強固な友好条約を目指し外遊の終わりにテハイザを訪れる。 しかし止まることなく天体の動きを示すテハイザ国の宝、「天球儀」が停止し、隣国の王子は災禍の種だと王との謁見を阻まれる。 一方シレアでは、国で唯一「時間」を知らせる「時計台」が止まった。そしてさらなる危機が…… 一刻も早い帰国が要される。 二人はこの危機を乗り切れるか。 自然と人間の定めた秩序を軸に、本格ファンタジー開幕。 各話表紙とマガジン表紙(シレア国周辺地図)のイラストは如月芳美様からいただきました。
硬派ファンタジー、イケメン主従、アクションありのバディもの。 正統派イケメン王子と苦労人系イケメン従者です。 30000字なので、サクッと読んでください! よろしくお願いいたします。 画像はあさぎかな様にいただきました。 画像の全体像は各話のページでどうぞ。
簡単おしゃれなカフェサンドレシピ小説をまとめました。
2024年年始企画に参加したものの、5連続投稿できずに終わってしまいました。。。
あらすじ 森に守られたシレア国では、先頃より先王と母后が相次いで逝去した。王位継承者第一王子カエルムは即位を前に側近のロスと近隣諸国訪問中である。 海に面した強国テハイザは陸の資源を欲し、シレアとは緊張関係にあった。カエルムは強固な友好条約を目指し外遊の終わりにテハイザを訪れる。 しかし止まることなく天体の動きを示すテハイザ国の宝、「天球儀」が停止し、隣国の王子は災禍の種だと王との謁見を阻まれる。 一方シレアでは、国で唯一「時間」を知らせる「時計台」が止まった。そして
第十二章 抜刀(三) 通路はなだらかな弧を作りながら下方へ向かって伸びていた。向かっていく先は城の最南端。白亜の石灰石でできた壁に窓はなく、他の廊下に比べるとひんやりとした空気に満ちている。絨毯や布製の装飾が皆無のせいか、靴音が四方の壁にぶつかって反響を繰り返し、立体的な響きとなって狭い空間に広がる。 「先ほどは助けて頂いてありがとうございます」 クルックスは落ち着きを取り戻したようだった。走りながらロスに顔を向け小さく頭を下げる。 「礼を言うのはこっちの方です。逃げ場
第十二章 抜刀(二) 鋼のぶつかる音が空気を震撼させ、硝子が小刻みに鳴った。その音が鼓膜を支配すると同時に、眼の前に影が射す。 剣戟を受けるはずのカエルムの体と背中合わせの形で立ち塞がった大男が、他の二人の振り下ろした剣を止めていた。 「殿下、今です! 行ってください!!」 対峙する官吏の動きを封じながら、カエルムの頭の上から大声で叫んだのは近衛師団長だった。それを合図に、カエルムは三人の動きに一瞬気を取られた偽の王の剣をその手から打ち落とす。それによって近衛師団長が
第十三章 抜刀(一) カエルムの発言に、居並ぶ全員が息を呑み、驚愕が室内を支配した。凍りついた空気の中で、ただ一人カエルムのみが、目の前の男を見つめたまま不敵な笑みを浮かべている。 驚いたのはロスも例外ではなかった。確かに国の章を衣に示す男は「王」と呼ばれ、自分の主も成人したテハイザ王と会うのは初めてと言っていたはずだ。 場が固まっていたのがどれくらいの長さだったのか。誰一人として息も付かずに動きを止めた、その静寂を破ったのは大臣だった。 「聡明と誉れ高いシレア国のカエ
第十二章 秘事(三) 翌日、待たされることしばらく、昼を過ぎた頃にようやく大臣自らが客間に現れた。初対面の時と全く同じ冷徹な態度で、王が求めに応じて会談する、とだけ述べると、大臣は二人について来るよう仕草で促した。 昨夜の嵐は何処へやら、陽光が照らす床で石の中に嵌め込まれた貝が玉虫色に光る。窓から望む海は空の青を映して冴え、その上に流れる雲の白が目に眩しい。 大臣は部屋を出て以降、無言無表情で眉の毛一つ動かさない。視界に入る戸外の美しさは絵の中のものかと疑われるほど、
第十二章 秘事(ニ) その光源は下方、ちょうど二人が立つ場所の真下から——すぐ下の部屋からだ。 ここにいるのを気取られてはならない。真下の部屋からなら露台の上はほぼ死角になるはずだ。カエルムとロスはひたと扉に背をはりつけ、極力息を止めた。 欄干の向こう側を見つめたまま身じろぎせずに変化を待つ——さして時間はかからなかった。明かりは消え、再び周囲一帯の闇が一つになる。 音が立たないようゆっくりと扉を開け、細く開いた間から、二人はそろそろと屋内へ戻った。 「あれは?」
第十二章 秘事(一) 細く開けた扉の隙間から周囲に人がいないのを確かめて、カエルムは廊に出た。 「どこに行くんです?」 後についたロスは、極力声をひそめて尋ねる。短刀を懐にしまいながら、カエルムが囁き声で答える。 「露台まで行く。道筋、やや不安がある。案内を頼めるか」 「了解しました」 ロスは主人の前に進み出て、城の南側へ足を向けた。床に靴音を響かせないよう、二人は滑るように廊下を走り出す。 「でも、平気ですか? 今ここでは眼は無いようですけれど、あんなことがあった後
第十一章 誘惑(三) 甘くとろけるような女性の問いかけから数秒後、カエルムは吐息とともに呟いた。 「……そうですね。私も、美しい女性に魅力を感じないとは言いませんよ」 そう言いながら、引かれるまま相手の腰に当てられた手にやや力を加える。柔い躯がわずかに反応し、女性の目が恍惚を帯びて満足気に細められた。 「それでは……」 期待のこもった眼差しをカエルムはしかと受け止める。そして、小さくも良く通る声が、女性の言葉を遮った。 「けれどもここで貴女と一夜を共にしたら、私の大事
第十一章 誘惑(二) 妖艶、というのがその人の第一の印象である。 一本だけ灯した燭台が、人物の顔を照らす。南方人らしい明るい肌色の女性だった。化粧を施した顔は類い稀な美しさであり、紅をさした唇は薄暗い部屋の中でいっそう艶かしく目に映る。肌を透かすほど薄い絹織の衣はひたと肌に添い、黄昏時の空を思わせる紫の布越しに、丸みを帯びた魅惑的な女性の体の線を露わにしていた。 蝋燭の焔を受けて艶やかに光る髪は長く、背中に這うようにしてくびれた腰の位置まで流れている。肩にかける薄布や
第十一章 誘惑(一) 天球儀が置かれた部屋では、城の中でまだ見たことのなかった男が二人ずつ左右に並び、大臣の訪れを腰を折って迎えた。中年から老年に近い相貌で、どの者も眼光鋭く、好意のかけらもない冷えた視線をカエルムとロスに投げて寄越す。 それとは別に、部屋の中央にも人影があった。 蝋燭の揺らめきを映し出す神秘的な球体の横に、長身の男が感情の無い目で球面に刻印された星図を眺めていた。居並ぶ者たちと比べると年下か。しかしまったく若輩という雰囲気は無く、黙っていても厳かで風
第十章 凶兆(さん) 「参ったな」 「全く参っているようには見えませんけど」 主人が座したのに倣って、ロスも円卓を挟んで向かいの椅子に腰掛ける。 「これでも驚いて困っているのだが」 「もう少し表情とか仕草とかに出してもらわないと、面白味がありませんね。滅多に見られない殿下を目にするかと期待したのに」 言葉に反して、ロスの語調には咎める含みはない。カエルムは微笑を返した。 「ロス、まだ自棄になるなよ……と言っても、ならないか。ロスなら」 「どーも。殿下と比べて相当驚きまし
第十章 凶兆(二) 顔に焦りを露わにして姿を見せたロスの手の内に、カエルムは筒状に巻かれた書簡をみとめた。指の隙間から垂れる紅葉色の組紐。ロスが何か言いかけて口を開いたのを、小さく首を振って制する。 「あ、ロス様ももう、見るところは終わりましたか」 クルックスはカエルムの仕草には気がつかなかった様子だ。勘ぐる様子はない。ただ屈託なくロスに声を掛けた。会話の口火が向こうから切られたのを幸いに、ロスは書簡を胸の前に出して存在を知らしめる。 「スピカのおかげで。それより、国か
第十章 凶兆(一) カエルムは本を閉じ、無言のまま蘇芳色の瞳で表紙を見つめた。まだ確認せねばならないことがいくつかある。一つはロスの報告だが、それを待つ間に自分の方で見ておくべきものの目星はついた。 「ご覧になりたいところは終わりましたか。何か別の本を出しましょうか」 こちらの仕草に気が付いたのか、クルックスが自分の読んでいた書から顔を上げた。 「いえ、もう十分です。欲を言えばこの書庫全ての本を読みたいくらいですが、差し当たり興味のあるものは読めた気がします」 もとも
第九章 波瀾(三) 風力がよほど怖かったのか、廊下に戻ってもスピカの手はロスの服を強く掴んだままだった。この小さな体なら無理もない。吹き飛ばされてもおかしくない軽さだ。その掌をそっと開いてやると、ロスは屈んでスピカと目線の高さを合わせる。 「すごい雨だな。こんな天気はよくあるのかい」 言葉をかけられて少し緊張が弱まったのか、固くなっていたスピカの肩が落ちる。 「海の天気は変わりやすいから、時々は。多分、明日になっちゃえばもう大丈夫だと思うの。だから……安心していいわよ」
第九章 波瀾(二) 南の塔を歩いている間には、他の城働きの者たちにも何人か遭遇した。昨日、ロスが街から帰った夜も更けた時分には、カエルムの部屋へ行くまでに誰とも出くわさなかったが、今は昼である。城内でも諸々の業務があるはずであり、むしろ廊下を誰も行き来していない方がおかしい。 ただし、一見したところすれ違うのは下仕えの者ばかりで、重鎮らしき人物はいない。その中にはスピカと親しげに挨拶する若い娘や声をかけてくる老人もいたし、一瞥もせず澄まして通り過ぎる年配の女性もいた。ス
第九章 波瀾(一) 廊下に出ると、スピカは一歩一歩、上下に跳ねんばかりに意気揚々と歩き出した。首だけロスの方に振り返って大真面目に注意する。 「このお城は広いから、案内してあげる人がなくちゃすぐに迷っちゃうの。きちんとあたしについて来てね」 「分かった。じゃあ取り敢えず、あの兄さんと殿下が言っていた露台に連れて行ってくれるかな」 「近道がいい? 遠回りがいい?」 小さな子供が目を輝かせて期待いっぱいに言うと、それは頭で考えるよりも抗い難い力を発揮する。当然のことながら真