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シレア国 兄王子中編

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硬派ファンタジー、イケメン主従、アクションありのバディもの。 正統派イケメン王子と苦労人系イケメン従者です。 30000字なので、サクッと読んでください! よろしくお願いいたしま…
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双璧の誓盟 第一話 旅の朝

あらすじ 緑に囲まれた平和な国、シレア。城下町には国に一つしかない時計台が立ち、時を知らせ国に秩序と安寧をもたらす。 シレア国の後継者カエルムは25歳にして辣腕をふるい、父亡きあと母の傍らで実質的に国を支えている。このたび彼は側近ロスと辺境に赴いている。 というのもカエルムの妹が王都から武具の原料になる鋼の不審な流出があるとの情報を得たのである。シレアは隣国テハイザと緊張状態にあるため不安要素は取り除く必要がある。怪しい薬草の商取引を耳にした二人は、事件との関係を疑う。そし

双璧の誓盟 第二話 微震(一)

 関所を抜けてしばらく走り、市門が先に見えてきたあたりで二頭は速度を緩めた。ややもすると栃栗毛の方が前に進み出て、門の前で足を止める。明るさを抑えた臙脂色の羽織を空に遊ばせて馬上の男性が軽々と降り、手綱を引いて門の方へ踏み出した。 「ちょっと殿下」  男性は足を止めて振り返った。平均よりやや高い身長か。細身ながら適度に鍛えられた身体つきは服の上からでもわかり、すらりと伸びた四肢と均整を取っている。腰に佩いた剣が飾り物でないことは、注意力のある者ならわかるはずだ。  だが彼が纏

双璧の誓盟 第三話 微震(二)

 シレア国王都シューザリーン。中心に国の宝たる時計台の建つ城下町のほど近く、シレア王城でのことである。  いつの間に秋が深まっていたのか、思いのほか気温が下がった。上着を取りにカエルムが日中に執務室から自室へ戻ると、扉の前で待つ娘がある。 「アウロラ。どうかしたのか、こんな時間に」 「お兄様!」  こちらの姿を認めるや、娘はぱたぱたと駆け寄ってきた。今年十六になったシレア国第二子第一王女アウロラ。カエルムの九つ下に当たる妹姫である。 「お仕事、お疲れさまです!」  兄に軽く抱

双璧の誓盟 第四話 微震(三)

 かくして、ちょうど西方へ視察の予定もあり、王妃からの要請も受けて辺境へ様子見に足を伸ばすよう二人の旅程を調整したのだった。  事の次第は確かにロスもあらかじめ説明されている。しかし改めて聞き直すと、やはり一言も二言も言いたい。 「こんな少人数の様子見を頼む王妃様も王妃様ですが」  この親にしてこの子女あり、とは前から思っていたが。 「大体ですよ、姫様はどこからそんな話を」 「街に出たついでに私がいつも剣の手入れを頼んでいる仕立て屋に寄ったらしく。あそこの主人と取引相手が話し

双璧の誓盟 第五話 探査(一)

 市門を入ってすぐのところには石塀が両脇に並び、二階建ての建物がその向こうに見えた。朝日を受けた煉瓦屋根は鮮やかで、道ゆく者は誰かと軒先から小鳥が首を出す。  この一角は市門を管理する役所兼担当役人の宿舎が占めるのだと、プラエフェットは説明した。そのため周囲は店も何もなく殺風景であるが、中心部へはすぐだという。  その言葉通り、人気がないと思ったのはほんの一時で、数区画もいかないうちに朝の仕事に繰り出す人々と行き交うようになる。田舎の街によくある市街設計で、行政や商業の中心は

双璧の誓盟 第六話 探査(二)

 狭い街だ。地面を鮮やかに彩る枯れ葉を踏みながら住宅街の道を進んだのはほんのわずか。すぐに街の中心が見えてくる。 「それで、叔父によれば鋼の類が国外に出た形跡はまだない、ということですね」  国境では手荷物調査があり、商人なら輸出品目の申告が義務である。役人に調べさせたところ一度に大量の持ち出しはなく、個人単位の荷物を合算してもそれらしい報告は無かった。一方、度重なる買付けがこの街からであるのは、シューザリーンで鋼を扱う業者の輸送先記録から確実だ。  並木沿いの花壇から栗鼠が

双璧の誓盟 第七話 探査(三)

 花茶への興奮をたちまち美男子の方へ切り替えた娘たちは、「も、もちろんですっ!」と叫んで自分のすぐ隣の椅子をカエルムに勧めた。礼を言ってカエルムが座ると、もう一人が「あっ」と羨望と妬みを露わに顔を顰める。しかし目の前の青年が話の邪魔を詫びれば、即座に不満顔を恥じらい混じりの笑みに変え、遠慮がちを装って話し始めた。 「えぇっとぉ、お兄さんも雪見花の効能とか気になるんですか?」 「いえ、単に茶の類が好きでして。雪見花茶は手に入りにくいですから試してみたいと」  嘘つけよ、とロスは

双璧の誓盟 第八話 密話(一)

 話に聞いた茶屋は飲食店街から一本向こうの通りである。食堂から出てくる人々を躱しながら早足で進み、地図を確かめて右へ折れた。  狭い横道なら人の目もない。角を曲がり切って小走りになろうとした時、前を歩いていたロスが「あれ」と足を止めた。 「グラカリスィタ嬢」  通りの向こうから来るのは、丈の長い茜色の巫女服を着た女性だった。灰青色の長い髪を部分的に結い上げ、後れ毛も組紐で簡単にまとめている。 「まさかここで会うとは。奇遇というか」  ロスの後ろから顔を出したカエルムの声音にも

双璧の誓盟 第九話 密話(二)

 市が開かれる広場に面して、件の茶屋があった。扉には薬草を模した飾りが紐で垂れ下がり、それを引くと頭上で鈴が鳴る。「開いてますよ」という返答を受け、カエルムは古びた銅の取手を回した。  店内は薄暗く、明るい戸外から入ると明暗の差で瞬間的に視力が奪われる。段々と慣れてきた目で奥を見れば、壁がびっしりと棚で埋まっていた。 「旅の方ですか。何をお求めですか」  棚の前には中肉中背の男性が立っていた。髪には白いものが混じっている。 「ここは薬茶も扱うのでしょうか」  カエルムは天井ま

双璧の誓盟 第十話 密話(三)

「残念。一人残っちゃった」  言葉と裏腹の愉快そうな声が陶器の落ちた残響に割って入った。 「ま、いっか。話の様子だとお兄さんの方がご主人? 護衛がいなくなっちゃったねぇ」  戸口に現れた女は、身を崩したロスとカエルムを交互に見てにっと笑う。カエルムがロスに駆け寄ろうとすると、女は瞬時にロスの真後ろに身を寄せ、カエルムをその場に止まらせた。  何を隠し持っているか分からない。挙動次第ではロスの身が危ない。 「月華草種子の許可なき乾燥及び水溶は不法だが」 「あらお兄さん、薬学にも

双璧の誓盟 第十一話 浄化(一)

 部屋に入ったのは三人、それぞれ剣や棍棒などが手にある。そして間口から見える限り廊下に数人。獰猛な目つきをした者たちは、警戒と怒りを露わに、二人を囲むように陣取った。  双方相手の出方を窺ったまま固まり、呼吸すら聞こえない。  そのまま数十秒はあったか。不意に衣擦れの音が空気を揺らし、カエルムの前にいた男が踏み込んだ。 「遅い」  襲い掛かった男の視界からカエルムが消え、予想外の影が目の前に現れる。男がそれに気を取られた一瞬の隙に、手にしていた棍棒が打たれて持ち主の顔面を叩い

双璧の誓盟 第十二話 浄化(二)

 喧騒を背にしてしばらく駆けると、次第に板張りを打つ自分の足音が大きくなってくる。火を灯した照明が点々と並ぶ廊下の左右には、客間や書斎があるばかりで、よくある富裕層の邸宅と変わらない。  ——どこに消えた。  広いとはいえ平屋だ。あの場から立ち去った女が逃げられる範囲は限られている。だがどの部屋にも人影はなく、気配すらしない。  廊下が延びるまま右に折れ、左に折れたところで前方が行き止まりになった。外に出たか。  引き返そうと足を緩める。すると突如として足裏の反発が軽くなり、

双璧の誓盟 第十三話 浄化(三)

 ——来たか……  目の眩みを殺そうと唇を噛む。薬を飲んだからと言って、自分も無害ではいられない。連戦で消耗していては尚更だ。  振り下ろされた一撃を反射的に受け返すと、その反動で体が否応なく後ろへ跳ね返された。大剣の重さは尋常ではない。  ——こちらから仕掛けないで終わらせたかったが。  改めて覚悟を決め、散じた気を集めて柄を握り直す。四肢が気怠い。機を逃せばこの身が裂かれるだろう。  蝋燭の光に痛みを覚え、目を細める。そのとき、視界の端で男の足が不自然に床を踏んだ。  だ

双璧の誓盟 終章 帰郷

「ったくあんたは。人のことだけ無事に逃そうなんてそうは行きませんよ」  閉じかけた瞼の裏に光を感じたと同時に、聞き慣れた声が降ってくる。握りしめた剣を支えに顔を上げようとすると、目前に人影が現れた。 「ロス……? まだ、鐘楼は」  鳴っていない——そう言いかけたカエルムの耳に、清らかな鐘の音が届いた。  鈴のように軽く、清水を思わせるほど澄んだシューザリーンの時計台の調べ。古来よりずれも止まりもせず、唯一この一瞬にしかない時を民へ伝えるシレアの宝。シレア国内ならば場所を問わず