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【魔王と暗殺者】私と彼女の人生は儘ならない。【[It's not]World's end】

一章【呉 理嘉 -転生-】

 

【転生】ママと私と[2]


 この女性は誰だろう?
 私はまた情報を処理しきれなくなり、頭をこてん、と左に倒し頭の上に『?』を浮かべた。心の中で。
 
 両目はまだ眩い光の強襲に慣れずズキズキしているし、視界はほとんどボヤけている。
 相変わらず身体の自由は利かず身動き一つとれやしない。
 そこに突然の仰向けジェットコースター(超低速)
 そして姿勢が安定したと思ったら次は女性が私を見下ろしているのだ。
 それも、泣いてる。
 優しげに、慈しむように、そして儚げに。
 両目から大粒の涙を零して。
 女性は私を見詰め泣いている。
 これは私でなくても混乱するでしょうよ。

 それにこの人、今何か私に向けて言った。
『貴女が私とあの方の赤ちゃんなのね。生まれてきてくれてありがとう。私が貴女のママよ』
 そう言った。
 言ったよね。絶対言った。

「あぶ」

 と、ずっと泣いていた誰かが、ピタリと泣き止んだ。
 泣き声が止む。
 私の頭の中で鳴り響いていた声が止まる。

 え?

「あぅ……ぁ」

 あ? え。あれ?
 コレ……まさか? いや、いやまさか?

 オホンッ。んんっ。んん!
 
(あ。あぁあぁぁー)
「ば。ばぁうぅぅー」

 あっ。

 察し、ました。
 もう、正解に辿り着いちゃいました。
 
…………な。

 なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

「……ぅぅぶぅぁぅぅぅぅぁぁぁあああ……!!」
「え? ……凄い。この子、もう何か考えているみたい。声の色が変化したわ。……生まれたばかりでそんなことあるのかしら。魔王様の血を引いているから……?」

 は?
 今、何かまたとんでもないこと言った?
 え? 何て? もっかい。プリーズ。

「あの方もきっとお喜びになるわ。お世継ぎがこんなに可愛らしい女の子だなんて」
 
 え? よつ……え?
 
「それに、きっとこの子は特別な力を持っている。間違いない。……あぁ、今日は何て素敵な日なんでしょう。私と魔王様の赤ちゃん……! ザライト様と私の……」
 
……ちょ、えぇと、ま……まみー? もしもし?
 
「私とあの方の大事な大事な赤ちゃん……! あぁ、赤ちゃん。何て幸せな響き……。生まれてきてくれてありがとう。こんなに愛しい気持ち……あぁ、貴女が大好きよ。涙が止まらない……あはは、うふふ。赤ちゃん……私の赤ちゃん……」

 ちょ、まみー……激情的か……?
 え、てか……まみー? ホントにMommy?
 いやでも、これだけ言われたら嫌でも理解出来るよ。
 飲み込み辛いことでもこんなに何回も言われたら……ね?
 そりゃあ私でも空気読むじゃん?
 
…………マジかぁーーーーーー!!!!!!!!!!
 
 えぇー? これはヤバいやつなんじゃないかー?
 
「あの方と私の大事な……」

 私を産んでくれたらしい女の人は、優しく私を抱いて涙を流している。それはそれはもう大事そうに私を優しく抱き抱えている。
 まるで何かに祈る様に私のおでこに自分のおでこを当てて。
 優しく涙を溢れさせている。
 
「……!」「っ!」
 
 と、どうやら周囲には他にも数人女の人がいるらしく、それぞれが口にするお祝いの言葉が聞こえる。
 見渡すことは出来ないけれど、なんか「おめでとうございますおきさき様」とか「魔王様の第一子の御誕生でございますわ」とか「可愛い姫様です」とか「次代の魔王様は女王なんだわ、素敵!」とか「魔王陛下万歳!」だとか。
 それはもう口々に新しい情報を教えてくれる。
 何て優秀な助産師さん(助産婦さん?)達なのだろう。
 私の知りたいことがどんどん耳に入ってきてますねぇー。これはありがたいですねぇー。 
 はー。ありがたやありがたやー。
 あー。これから私どうなるんだろー。
 えー。魔王様の娘さんなのか私ー。
 んー。ということは私は人間じゃないってことで、いずれ人間とか勇者とかと戦ったりするってことなのかなー? テンプレ的にー。
 幸が持ってた本にそんなのがあったなー。
 大体あれだよねー。人間が正義で魔王は悪なんだよねー?
 最近は魔王にもたくさん種類があるみたいだけど、そう世の中甘くはないよねー?
 私のパパはどっちかなー?
 悪い人(人?)じゃないといいんだけどなー?
 あーでも『魔王』って呼ばれるくらいなんだから悪の人かは分からなくても魔の人ではあるってことだよねー?
 魔の人ってよく分からないけど、とにかく『魔』であることは確定なんだよねー?
 てか、人じゃないんだよねー?
 へー。ふーん。ほぉーん。
 
…………えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!!!!!!!!!!
 
 やだもー。あー。あー。あー……。
 何も考えたくない……。

「ぅ……ぁ……ぁあぁあああぁぁばあああぁぁぁぁあぁぁぁあ…………」

 泣くしかなかった。
 それしか出来ることがなかった。
 文字通り為す術が無い。
 喋ることも、手足を自由に動かすことも。
 何も出来ない。
 何も無い。
 また、頭の中に自分の泣き声が鳴り響く。
 五月蝿い。
 五月蝿い。
 五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。
 五月蝿い!
 私、五月蝿いよ! ちょっと落ち着け!! 静かにしろ!!
 泣いても何も変わらないだろ!

「ぁぅぅぅ……ぅっぐ……ぁぁぁ」
 
 泣き止む。ただの根性だ。
 泣いても仕方ない。
 なぜだか分からないけど、私は生まれ変わった。らしい。
 目の前の女の人、私の母親だという人が私のことを赤ちゃんと呼ぶのだから間違いない。
 間違いないのだ。
 私は生まれたばかりの赤ん坊。
 何も出来ない。何も持たない。何も話せない。
 ただ、泣くことしか出来ない。
 ただの赤ん坊だ。
 
 幸もいない。
 
 もう、私には何も無い。
 
「泣かないで、私の愛しい赤ちゃん。ほら、大丈夫。大丈夫だから」

 優しい声と柔らかな温もりが私の頭を撫でた。
 
「何か悲しいことがあったのね? とても悲しいことが。ママにはあなたの悲しみは分からないけれど、ママがあなたのそばにいるわ。だから大丈夫よ。ママがあなたを守るから」
 
 ママの、私のママだと言う女性の、優しい声と柔らかく温かい体温がじんわりと伝ってくる。
 ママの手から私の頭を伝って。
 胸があたたかくなる。
 温かい。安心する。
 だけど。
 大丈夫。大丈夫。と、何度も何度も優しく語りかけてくれるママの声が、私を一層切なくさせる。

「ふぇ……ぅぇぇ……ぅぅぅっ……ぅぇぇぇぇ」
「大丈夫。大丈夫。私があなたを守ってあげるからね。何も心配ないわ。ザライト様、あなたのパパは、とてもお優しい方なんですもの。あの方の娘に生まれることができるなんて、あなたが羨ましいくらい。だから大丈夫。大丈夫なのよ……」
「ぅぇぇ……ふぅぅんくっ……ぅぅ」
 
 そんなこと言われても……さぁ。悲しくて仕方ないよ。
 もう、あの日常はかえってこないんだもん。
 大丈夫って言われても、何が大丈夫なのか。
 ちっとも大丈夫な気がしない。
 私の人生、1からやり直しってことじゃん。
 親友もいない。よく分かんない世界。何も出来ない。なのに意識だけはしっかりしてる私。
 何も出来ないのに、どうしたら良いんだろう。
 
「ユーナ様、生まれたての赤ちゃんには、おっぱいが必要なのですよ。飲ませて差し上げてくださいまし」
 
 助産師さんが言った。
 
「あぁ、そうね。そうだったわ。あんなに勉強したのに私ったら。舞い上がってしまって……ふふっ、私がママになるなんて、すごく不思議。……はい。おっぱいを飲みましょうね……?」
 
 ママ、ユーナって名前なんだ。
 それに魔王様……私のパパは『とても優しい方』らしい。ママ曰く。
 こんな状況だけど、ちょっと安心した。
 未だ見ぬパパではあるけれど、この優しそうな女の人が優しいと言うのだから、きっとそうなのだろう。そうであってほしい。
 こんなどうしようもない状況じゃ、これから私が生きる環境くらいがせめてもの気休め。
 いや、気休めになったって、それが何だと言うのだろう。
 私が全てを失ったというリアルは何も変わらないのに。
 
 私の僅かな安心と、それでも拭いきれない不安と悲しみ。そんな私をよそにママがごそごそと動く。
 側に控える女の人の声で、ママが自分の服をはだけさせる。
 
 ママが赤く腫れた目で私に微笑みかけてくる。
 ママは明らかに日本人じゃない。
 そりゃそうだよね。魔王とかいる世界だもんね。日本人がいる訳ないよね。
 それでもママの顔を無理矢理地球の国籍に当てはめるなら、ロシア系って感じか? 知り合いにロシア人はいたことないけど。
 日本人とは遠くかけ離れた、色白でとろんとした垂れ目。
 可愛いとも綺麗とも言える蕩けるような優しい顔立ち。
 白桃のような淡いブロンドヘアー。
 何その髪の色。
 艶っつやで超キレイ。染めてるの?
 て言うかすごく幼く見える。なのにすごく美人。この世界の常識とか分かんないけど、ママ若過ぎない? あなたいくつですか?
 よく海外のカワイイ女の子を「妖精みたい」なんて言うけど、ホントにそんな感じ。
 日本人離れどころか人からかけ離れた可愛らしさ。
 そんな女の子がおっぱいをはだけて私に。
 っておっぱいて!
 あ、いや、そうか、私赤ちゃんだもんね。おっぱいくらい飲むよね。
 むしろ主食だよね。母乳。
 それに私、保健体育の授業で勉強したもんね。母乳は、栄養だけじゃなくて赤ちゃんの免疫力を上げる為にも必要なもの。
 単なる食事じゃないって。
 なんだっけ。母乳は赤ちゃんの為だけの完全な食べ物……だっけ。
 必要不可欠なんだよね。
 だからやましいことじゃない。これはやましいことなんかじゃあない。
……などと、容疑者の私は供述しており……。
 うん。だよね。アウトですよね!?
 いやでもおっぱい飲まないと、私生きてけないじゃん? いや、牛さんのミルクとか粉ミルクとかそういう物もきっと……。いや、でも今はママのおっぱいを飲むしか……。
 これは仕方ないこと。これは仕方ないこと。
 私が悪いんじゃない。私が喋れないのが悪いんじゃない。これは不可抗力なんだ。私には意思を伝える術がないんだからこれは仕方ないことなんだ。大丈夫。怒られたりしない。後で怒られたりなんかしないハズだ。
 と、何度も自分に言い聞かせる。
 何度も何度も自分の無実を主張する。誰にでもなく、ひたすら自分への言い訳として。だって……。
 だって、だってこれすっっっごく恥ずかしいんだもん!!
 美女(美少女?)のおっぱいだよ!?
 どんなに仕方ないって思っても、誰から責められることも誰に私の気持ちがバレないと分かっていても、恥ずかしいものは恥ずかしいよ……!
 ほんの数秒の間、私の頭の中を理屈と言い訳と罪悪感がぐるぐると駆け巡る。
 
 もう頭の中は滅茶苦茶だ。
 何なんだこの状況は。 
 おちおち絶望もできない。

 ハッと冷静になると、既にママは浴衣のような 服の胸部をはだけさせ、ふわふわと柔らかそうなおっぱいを露にしていた。

「たくさん飲んでね」

 優しい口調とは真逆に、私の唇にその膨らみがぐんぐん近付いて来る。

 あぁっ、ちょっ、待って! 待ってください! まだ心の準備がっーー。

 もちろん待ってもらえるはずもなく、私の唇はママのおっぱいに押し当てられてしまった。
 そして、その瞬間、優しい香りが私の鼻をくすぐった。
 次に感じる、甘いもの。それは徐々に私の口に広がっていく。
 きゅう、っと、心が軋んだ音がした。
 匂い。温もり。愛情。
 それは信じられない速度で私に安心感と眠気をもたらした。

 空気まで甘くて……眠たくなる……。目を開けていられない……魔法でもかけられたみたいに……。

「ふふ……ちゃんと飲んでくれてる。たくさん飲んで、健やかに育ってね」

 ママの胸を吸い、んくんくと喉を鳴らす。
 甘い匂いと優しい声音。そしてママの胸から伝わる、トクントクンと規則的に鳴る心地の好い心音。
 言葉では形容し難い感覚に陥る。
 安らかで、心地好くて、暖かくて。大きな何かに優しく包まれているような、そんな不思議な違和感。
 心が満たされていく感じ。

「愛しい私の赤ちゃん。貴女に素敵な世界を渡してあげられるように、パパとママは頑張るからね。」
 
 ママの声が、だんだん遠くなる。意識が……。
 
「だから、今は何も悲しまないで」

 優しい温もりに抱かれ、私は微睡まどろみの奥へと意識を沈めていった。


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続き

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