#小説
視線の先|#夏ピリカ応募
山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。
一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席の
聴く短編小説「似ている二人」
個人営業の仕事をしていると、お客の名前がわからなくなることもある。うっかり忘れたり、まったく思い出せなかったり、いろいろだ。以前、同時期に「タカハシ」様が四人かぶってしまった。違う「タカハシ」様のことを、タカハシ様に話していた。しかし、幸いなことに気づいていないようだった。
そのころ、私が通勤しているロードサイドの支店は、駅から歩いて20分のところにあった。少し早めに行って、支店の前のファス
雨と宝石の魔法使い 第四話 リリーフ街の秘密
武藤響(むとう ひびき)は仕事からの帰り道、いつも一つ手前の駅で降り、自宅まで歩いている。40歳を越え、体力の衰えと、腹の出た中年の身体を憂慮して始めた習慣だった。
自宅の最寄り駅の手前にある武蔵橋駅には、小さな商店街「リリーフ街」が駅のロータリーから直結しており、夕方は地元客で結構な賑わいを見せていた。
今日も武蔵橋で降りるとそのまま大通りを通って自宅へ向かおうとしたが、花粉症の薬が切れてい
鏡顔|#毎週ショートショートnote |1分
妹のアンナの表情は、いつも僕と同じになる。まるで鏡の中の顔のように。
兄妹で遊んでいる時には笑顔。だけど、僕が足の小指を本棚にぶつけると、自分が痛いわけでもないのにアンナは今にも泣きだしそうな顔になる。
やはり母さんがいなくなってから共感力が強くなったのだろうか。一人で僕らを育ててきた母さんが不慮の事故で亡くなったあの日、何も分かっていないであろうアンナが僕をじっと見て、わっと泣き出した