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『赤井さしみ作品集 たそがれにまにあえば』 : 〈可愛い少女〉の最強性 : 吾妻ひでおとの違いについて

書評:『赤井さしみ作品集 たそがれにまにあえば』(KADOKAWA)

抜群にうまい作家なのだが「やっと作品集が刊行されたか」というのが正直な気持ちである。

これだけうまい作家なのに、作品集が公刊されなかったのは、作者がそれを強く望まなかったからであろうといった、裏の事情は容易に推測できる。しかし、そうした人間的な事情だけではなく、純粋に作品作風レベルにおいても、公刊が遅れる理由はあったと思う。それは、赤井さしみの作風が「いっさい、読者(の欲望)に媚びない」という点にあるのではないだろうか。

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私もずいぶん前から「pixiv」で赤井の存在を知っており、その作品を無料で楽しませていただいてきた。しかし、この人の作品集が公刊されないのは、ずっと謎であった。と言うか、その存在を知った当初、すでに公刊書があるものだと思って調べてみたりしたのだ。だが、なぜか、赤井さしみの作品は、公刊書として「本」になっておらず、(「同人誌」や「自費出版」ではなく)公刊書としての「本」が好きな私には、物足りなさが感じられたのである。
「どうして、どこの出版社も、この人の本を出そうとしないのか。編集者はアキメクラばかりか」とまで思ったのだが、やはりたぶん、作家本人が公刊に抵抗したのだと思う。金儲けをたくらんで、赤井の作品集を出そうと近づいてきた編集者は、赤井作品におけるクリーチャーみたいなもので、赤井は、それをにべもなく撃退する少女のような存在だったのであろう。

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一一だが、さすがの赤井少女も巨大出版メディア帝国「KADOKAWA」の三顧の礼には抗しきれず、とうとう公刊を承諾した、ということではないだろうか。だからこその、この異例なほどやりたい放題に凝りに凝った装幀の「ハードカバー」本になったのではないだろうか。

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Pixivで赤井さしみの作品に最初に接した時、まず連想したのは「吾妻ひでお」だった。「美少女と気味の悪いクリーチャー」の組み合わせなのだから、吾妻ひでおを知っている人なら、誰しも連想したはずだ。

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だが、吾妻ひでおと赤井さしみには、好対照と言って良いくらいの「違い」がある。
それは「少女に対する、欲望の方向性」だ。

吾妻ひでおの「美少女もの」は、端的にエロティック。一方、赤井さしみの作品は、きわめてクールだ。
吾妻のように、精液を滴らせているがごとき、生々しいエロティシズムが、赤井作品にはまったく無い。
この違いは、いったい何に起因するものなのだろうか。

思うに、吾妻ひでおの場合は、自身をクリーチャーの立場に措いて、「美少女」を欲望していた。「美少女」は直接的な欲望の対象であり、直接的な性欲の対象であった。

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ところが、赤井さしみの場合は、自身が「可愛い少女」になること、「可愛い少女」の立場に立つことを欲望した。「最強」の存在である「可愛い少女」と一体化しているのである。
「可愛い少女」を対象的に欲望するのではなく、自身が「神のごとき最強の存在」である「可愛い少女」になることが欲望されていた。だから、赤井の作品に登場するクリーチャーたちは、可愛い少女にまったく歯が立たず、その尻に敷かれっぱなしの「か弱い存在」となってしまう。つまり彼らは「去勢」された存在であり、「可愛い少女」の「最強」さを引き立たせるための存在でしかあり得ないのだ。

吾妻ひでおは「醜男としてのクリーチャー」の立場から「美少女」を対象的に欲望したけれども、赤井さしみの場合は、自身が「可愛い少女」という「最強存在」になり、その立場から「周囲の存在」を睥睨したので、それらは「劣った存在としての、醜いクリーチャー」でしかありえなかった、ということなのではないだろうか。

そんなわけで、赤井さしみの作品は、エロティックにはならない。欲望の対象を描いたのではなく、欲望を満たした自分の姿を描いているからこそ、そこには誰に媚びることもない「自信」に由来する「安定感」があり、それが読者を選んでしまう。吾妻ひでおの「美少女」のように、読者に媚び、誘惑するようなことはしないのだ。「求められる美少女性」ではなく、そこにあるのは「可愛い少女は最強(手出し不可)という自信」なのである。だから、エロティックにはならない。

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では、赤井さしみの魅力とは、いったい何だろうか。
それはたぶん「ナルシシズム」である。他人に欲望されなくても、自分は自分を愛しており、それで「自足」しているという「強さ」である。

それを「愛想がない」と評価する人が多いのは、むしろ当然なのだが、しかし「美しいけれども、決して媚びない存在=その美を、外向きの武器とするのではなく、自負にする存在」にこそ惹かれる人間も、当然のことながら存在する。
ごく古い喩えをするならば、それは「マリリン・モンローとグレース・ケリーの違い」だと言っても良いだろう。佐川くんではなけれど、グレース・ケリーに惹かれる「マニアックな人」も、確実にいるのである。

初出:2021年8月22日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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