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Dear.

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あなたのかけらを拾って、
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Lost time.

Lost time.

「いつかまた会えると思ってた」 その言葉は、もう二度と使いたくない。

かなしさを固めたような言葉だと思った。
触ったらきっとひんやりとする。
指先からじわりじわりと温度を奪って、こぼれた涙すら凍ってしまうような、そんなかなしさ。

ずっと書き上げられずにいた自分のための文章の一つがようやく形になって、それでもまだ無造作に見せられるような覚悟は持てなくて、少しだけ猶予期間。

手紙のようで日記のよ

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希望、あるいは連鎖の物語。

希望、あるいは連鎖の物語。

目の前には扉があった。
無色透明、ノブさえ付いていないのに、それはどうしてか扉にしか思えなかった。

透けて見える向こう側には空が広がっている。
柔らかな風が肌を撫でる。
その心地よさにゆっくりと目を閉じた。

生まれてから今まで、どれだけの優しさをもらって、どれだけの優しさを渡せただろう。

一番返したい人は決まってる。
誰より愛して、信じて、そばにいてくれた人。
それなのに、「いつか」と交わし

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光を探して

光を探して

夜明け前の街は夜と変わらないなと思ってから、こんな時間に歩くのは久々な事に気がついた。
いつもなら眠っている時間だ。
夜とは違い、どこか安心感を覚えるのはこれから明るくなることがわかっているからだろう。

光が好きだった。
ずっと光に守られていた。
誰が光を守るのか、なんて考えもしないまま。

Rainy day

Rainy day

会社を出て空を見上げた。
広げたビニール傘を雨が不機嫌に叩いている。
その向こう側で鈍色の雲がどよりと空を覆っていた。

あの日はまだ雨は降っていなかったなと思った。
それが始まりだった。

閉ざされていた記憶が少しずつ開かれていく。
躊躇いながらどうにか息を飲んで、その扉の端に手をかけた。

足りないもの

足りないもの

妙に軽い鞄に違和感を覚えた。
財布に定期に携帯、充電器もある。
不足はないはずだ。

そういえば、いつもは玄関先であれこれと鞄に詰め込む彼女がいた。
「何があるかわからないから」が口癖だった。
その言葉の意味がようやくわかった気がする。

「行ってきます」

慣れた挨拶が冷えた玄関にぽつりと落ちた。

魔法のように

魔法のように

その人は生まれた時から傍にいた。
どんな服も一瞬で畳んで、卵焼きをくるりと巻ける。
私の好きも苦手も何でも知っていて、失くしたものもたちまち見つけられる。
私の涙をするっと引っ込めて、ぱっと笑顔を引き出せる人。

そして、魔法のように消えてしまった人。
あの魔女は今、どうしているのだろう。

■ □ ■■ □ ■■ □ ■

言葉の行方様企画『魔女の行き先』。

小さな手

小さな手

「夕やけ小やけで日がくれてー」

歌に合わせ揺れる手を離さないように握り直す。
まだまだ小さな手が燃ゆる空を指さした。

「ねえおばあちゃん、すごいまっか!」
「本当、怖いくらい」

すると繋いだ手を両手で包んで、

「大丈夫だよ、ぼくが守ってあげる」

いつの間に伸びたのか、と影を見ながら微笑んだ。

■ □ ■■ □ ■■ □ ■

言葉の行方様企画『黄昏時』ふたつめ。

同じ指輪

同じ指輪

彼女は毎日同じ指輪を付けていた。
たまには変えればいいのにと言えば「外したくなったらね」と笑った。

あの頃の母の年齢に並んだ今、私の指輪を娘がいじる。
邪魔なら外そうかと言うと首を振って、
「すきだからつけてるんでしょう?」

的外れに的を射た言葉の中に、いつかの答えを見つけた気がした。

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土曜日の電球 企画 『結婚』。

月が僕を、僕が月を

月が僕を、僕が月を

僕の世界が終わった日、僕は僕を見失った。
公園にも屋上にも桜の下にもいなかった。

時計だけがお喋りする部屋で僕は僕を探してた。
漏れる光を遮ろうとカーテンに手をかけたとき、窓から覗いたのは月だった。
誰を照らすでもない月が僕を照らしていた。

月が僕を見つけた日、世界はまだ続くのだと知った。

(見つけたのは、どちらだったんだろう)

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炭酸ソーダの雨様の土曜日の電

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囚われたのは

囚われたのは

寝転んで薄紅に世界を染める。
春と呼ぶには冷ややかで、冬と呼ぶには色付きすぎたこの季節が好きだ。
祝福と寂寥の境界線が滲んで、まるで同じもののように見える。

君がいた日々だけが春だった。
一番好きで一番嫌いな季節。
それだけを握り締めてここまで来た。

春はまだここにいる。
僕はまだここにいる。

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今週も土曜日の電球企画に参加させて頂きました(●︎´▽︎`●︎)

ハナビエ

ハナビエ

桜が咲くのが怖かった。
だから今日みたいな冷たい夜は安心する。
春がまた遠ざかるような気がして。

こんな夜をなんて呼んだだろう、いつか君が嬉しそうに教えてくれたのを思い出す。

「 。冬と春の逢瀬なんだよ」

今はまだ忘れていよう。
もう少し君の事を考えていたいから。

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twitterで炭酸ソーダの雨さまの土曜日の電球企画に参加させていただ

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拝啓、春。

拝啓、春。

春になりました。
だから手紙を書こうと思います。
遠い南の地では桜が満開だそうです。
あなたのいる場所には桜は咲いているのでしょうか。

僕がこの町に越してきたのは夏の始まりで、まだどこに桜が咲くのかはわかりません。ただ、この前、家から少し離れた場所に桜並木を見つけました。見渡してもまだ蕾ばかりでしたが、楽しげに連なる提灯を見上げて懐かしい気持ちになりました。きっとあの町にもまた提灯が並んでい

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12月23日、朝。

12月23日、朝。

目が覚めて大きく伸びをしたら何かに手が当たった。
そのまま顔を上に向けると、カラフルな箱が目に入る。
僕は慌てて起き上がり、被さるくらい身を乗り出して箱を眺めた。

水色の包み紙に、サンタさんとトナカイとツリーの絵がぱらぱらと散らばっていて、左上には赤と緑のリボンがくっついている。
リボンを止めた銀色のシールには、妹が書いたみたいなぐにゃぐにゃの線が書いてあった。
この前ケーキ屋さんで見たチョ

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春はまだ眠らない



寝付いたのは午前二時前だ。
アラームを七時半に合わせながら、たぶん寝過ごすだろうと思った。
それなのに、音もなく目を覚ましたのは四時を過ぎた頃だった。

毎年、彼女がいなくなった時間を眠ったまま過ごしてきた。
今年は起きていようか、と悩むのも毎年のことで、例にもれず考えたせいなのだろうけれど、それにしても早過ぎる。
正確な時間は覚えていないが六時台であることは確かだ。
確認しようかと体を起

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