春はまだ眠らない
寝付いたのは午前二時前だ。
アラームを七時半に合わせながら、たぶん寝過ごすだろうと思った。
それなのに、音もなく目を覚ましたのは四時を過ぎた頃だった。
毎年、彼女がいなくなった時間を眠ったまま過ごしてきた。
今年は起きていようか、と悩むのも毎年のことで、例にもれず考えたせいなのだろうけれど、それにしても早過ぎる。
正確な時間は覚えていないが六時台であることは確かだ。
確認しようかと体を起こしかけて、すぐに思い直してやめた。
そのうちまた眠りに落ちるだろうと目を瞑っていたものの、どういうわけか頭は覚醒していくばかりで、溜め息をついて目を開けた。
窓の外からは予報通り、強い雨の音がする。
とりとめなく携帯をいじっているうちに六時を回った。
雨の音は小さくなった。
ぼんやりと画面を眺めていたら唐突に、彼女がいなくなった時間を知りたくなった。
気づかないまま過ぎてしまうことに恐怖を感じた。
慌てて起き上がり、収納スペースの奥に詰め込んだ黒い袋を引きずり出す。
しまいっぱなしの袋からは線香の匂いがした。
いくつものファイルを漁って目的の書類を見つける。
『午前6時10分』の文字を目にして、急いで携帯の画面を見た。
表示された時刻は、六時十分。
驚いて動けずにいると、表示は十一分に変わった。
詰めていた息を吐く。
浅い呼吸の中、ゆっくりと視界はにじんでいく。
どうして気づかなかったんだろう。
あの日、彼女がいなくなった時間に、何も知らずに眠っていたことがずっと悔しかった。どうしようもなく、どうしようもなく、苦しかった。
今この時間を迎えて、ようやく気がついた。
ただの偶然だっていい。
彼女の引き合わせのように思えた、それだけで充分だった。
雨の音は変わらず聞こえている。
後悔は変わらず抱えている。
それでも今日は、雨に散らされた春を拾いに行こう。
まだ春は終わらない。
春はまだ眠らない。
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「とにかくなんでも書いてみよう、と思った。」
9月に口にした想いは変わってない。
だから形にしようと思いました。
わたしの中の主人公は笑顔を浮かべています。
あなたの中の主人公は、どうでしょうか。
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