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ショートショートまとめ

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書いたショートショートをまとめてます。 結構面白いです。
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2023年3月の記事一覧

【毎週ショートショート】オノマトペピアノ

今日は担当変更があってから、最初の仕事だ。
早速、担当する家を覗く。
私は突き上げ棒をセットし、鍵盤蓋を開いた。
背筋を伸ばし、呼吸を整えて演奏を待つ。

担当する家はシドニーの辺境。
体重3桁越えの婦人のお宅だ。
さあ、彼女が目を覚ました。
演奏開始。

ドシドシと廊下を歩く音を奏でる。
テレビをつけて、ソファに座るとフラットだった座面が歪んで、内部の金具がミシミシと軋んだ。
そして何やらビデオ

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【ショートショート】空白ごと

お題:バカみたい

彼は交通事故で死んだ。
ネットニュースによれば、即死だったらしい。
あんなに苦労して、殺す計画を立てたのがバカみたいだ。
そのために仕事も辞めて、恋人と別れて、全てを捨てて挑んだのに。

ちょうど共犯者からコールがあった。
はしゃぐ声が、ニュースを見たかと問う。
熱っぽい喋りが一方的に響いていたけど、ほとんど頭には入っていなかった。
聞いていられなくなって、電話を切った。

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【ショートショート】ハッピーエンドの書き方

【ショートショート】ハッピーエンドの書き方

お題:ハッピーエンド

叩いていたキーボードに額をぶつけて目が覚めた。
前方の時計を見上げると、既に朝の4時を指していた。
パソコンの画面を睨みつけて、物語を呪う。
何度書き直しても、ハッピーエンドにならない物語。

「これじゃダメです」

記憶の中の三橋さんが言う。
三橋さんは目鼻立ちのハッキリした美形で口調も丁寧、姿勢も常にバチッと決まった敏腕編集者なのだが、締切が迫ってくると、その眼差しは冷

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【ショートショート】星が溢れる

【ショートショート】星が溢れる

お題:星が溢れる

「こうして面と向かって話すのは久々だな」

天河タケルは口角を横に大きく開いて、ニカリと笑った。
暗闇に光るようなその笑顔は、最後に舞台で見た時と、なんら変わらないように見えた。

「そうでもないだろ。だってあれから1年も経ってない」

「9ヶ月話してなかったんだから、充分久々だ」

外は土砂降りでこの室内にも音は響いていたけれど、天河の声ははっきりと聞こえる。

「で、次回作

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【ショートショート】いつも隣に

【ショートショート】いつも隣に

お題:いつも隣に

本当は特別、仲が良いわけではなかった。
本好きの僕たちは委員決めでは毎回図書委員を選ぶから、一緒にいる時間が多いだけ。
それでいくらか話すようになったから、仲良しと思われて、入る曜日を一緒にされていただけ。

いつも隣にいたけれど、僕は彼女のことをあまり知らない。
だから、どれだけ熱心に聞かれても、僕が答えられるはずもないのだ。
彼女が死んだ理由なんて。

図書室の受付は基本的

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【ショートショート】かぐや姫が残した2

【ショートショート】かぐや姫が残した2

お題:過ぎ去った日々

語り終わる頃には、自然と涙が零れていた。

「すまないね。長話に付き合わせちゃって」

袖で拭って、隣を向いた。
月光で表情がうっすらと見える。
真剣だが少し困ったような表情。

「いえ、とても興味深い話でした。私と重なる部分もあって」

女官は名を夕凪といった。
夕凪は、先月ここに来たばかりだと言っていた。

「重なる?」

「はい。私、ここに来る時、家族を置いて来たんで

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【ショートショート】16ビットくらいの夕暮れ

【ショートショート】16ビットくらいの夕暮れ

書く習慣 お題「安らかな瞳」

この街のアーケードは、奥に進むにつれ、シャッターが下りた店が増える。
街の中心に近い部分は、ほとんど居酒屋で占められており、その隙間を塗りつぶすように、服屋や雑貨屋、おもちゃ屋や駄菓子屋が点在している。

「ねー、聞いた?」

レバーをガチャガチャと動かしながらのんびりとした口調でそう言った。
話しながらでもその手さばきにブレはない。
的確にコンボを繰り出して、相手

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【ショートショート】かぐや姫が残した

【ショートショート】かぐや姫が残した

書く習慣 お題「月夜」

こうして見上げるだけで、あの日のことは鮮明に思い出せる。
夢のような出来事だったけど、確かに覚えている。
二人で過ごしたあの時間も。
幾度も交わした歌も。
薬と手紙だけを残して、私のもとから去っていく後ろ姿も。

かぐや姫が月に帰って、10年の月日が流れた。
あの後、私は数ヶ月間、全ての気力を失って、死人のような生活を送っていた。
皆があの日の衝撃から立ち直り、普通の生活

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【ショートショート】癒えない傷を見て

書く習慣 お題「絆」

中学の時分に絆を永遠と嘯いた女の瞳が私を見下ろしていることに、今更ながら皮肉な因果を感じていた。
そこまで仲良くならなければ、こんな結末は避けられただろうけど、当時の私にそんなこと、予測ができるわけもなくて。
どうしてこうなってしまったのか。
逆光で見えづらい瑞稀の表情を見上げながら、他人事みたいに考えていた。

瑞稀と出会ったのは中学2年の冬。
6人だけの寂れた塾に新しく

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【ショートショート】サプライズプレゼント

【ショートショート】サプライズプレゼント

書く習慣 お題「愛する君へ」

プレゼントは値段じゃなくて、どれだけ想ってくれているのか。
それが伝わるものがいい、とデートの時に言っていたのを覚えている。

準備にかけた時間や手間。
自分のことを考えてくれたという事実が何より嬉しいのだと彼女は言った。

その点でいうなら、誰にも負ける気がしない。
なんせこの計画に僕は5年もかけたんだから。

手作りとかってどうなの、という質問には、最高、と答え

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【ショートショート】満ちて、欠けて

【ショートショート】満ちて、欠けて

書く習慣 お題「欲望」

どれだけ喰うなと言われても、腹が減るのは仕方ない。
父親は目の前で、流れ弾で死んだ。
後から見つけて、衝撃を受けた。
芽生えた暗い要望に手を伸ばした。

この衝動になんて名前を付けようか。
ジェイドは奥歯を噛み締めて、袖で口周りを拭った。

「ジェイド、アレ見てよ。綺麗」

白い指先が示す方向には、黄色い正円。

「ホントだ。ベランダからでもこんなに見えるんだね」

「ね

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【ショートショート】遠くの街へ

【ショートショート】遠くの街へ

それなりに混んでいたからだろう。
私がカバンを置いていったことには、誰も気づかなかったようだ。
カバンに入る大きさにするのは苦労したが、これで残りのパーツは一つ。

「さっむー。さすがに真冬にニットだけはキツい」

家に帰るとロングコートに手袋を付けて、用意していたカバンを持った。
先程と違う駅に歩いて向かう。
少し遠いが、やむを得ない。
相当歩いたはずだが、疲れている様子を見せる訳にはいかない。

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【ショートショート】9月とは友達になれない

【ショートショート】9月とは友達になれない

書く習慣 お題「現実逃避」

必死に逃げても、立ち向かっても結果は同じ。
ヤツは当たり前のような顔をして、僕たちの首を刈る。
こうして僕が目の前の現実から逃げて、ロクに集中もできないゲームを続けている間にも、ヤツは刻一刻とその距離を詰める。

「9/1」

それが、僕が恐れる死神の名前だ。
部屋にかけたサッカー選手のカレンダーに視線を遣る。
メッシの左足がサッカーボールに光速を与える瞬間のアップ。

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【ショートショート】再会に鼻歌を

【ショートショート】再会に鼻歌を

書く習慣 お題「君は今」

同窓会の欠席は1人だけだった。
それが河本陽菜乃だと知った時、落胆と安堵が両立していた。
河本陽菜乃は高校時代の元カノだ。
別々の大学で遠距離恋愛をしていたが、ちょうど1年くらい前、好きな人ができたとフラれてしまった。
僕自身、まだ諦めきれていないところがあったので、会う機会が喪失したことは残念に思う。
ただ、実際に会えたとしても何を話せばいいか分からなかっただろう。

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