【ショートショート】癒えない傷を見て

書く習慣 お題「絆」

中学の時分に絆を永遠と嘯いた女の瞳が私を見下ろしていることに、今更ながら皮肉な因果を感じていた。
そこまで仲良くならなければ、こんな結末は避けられただろうけど、当時の私にそんなこと、予測ができるわけもなくて。
どうしてこうなってしまったのか。
逆光で見えづらい瑞稀の表情を見上げながら、他人事みたいに考えていた。

瑞稀と出会ったのは中学2年の冬。
6人だけの寂れた塾に新しく入ってきた。
それまで女子は私だけだったので、すぐに話しかけ、仲良くなった。
3年に上がった頃には、2人で遊ぶことが増えていた。
校区は別だったので、駅で待ち合わせて、色々なところに行った。

卒業後、私は県外の高校に進学した。
祖母の家が近くにあったので、そこに住んでいた。
高校でも中学の頃から続けていたバドミントン部に入った。
沢山友達もできたので、高校に入ってからは徐々に瑞稀とは疎遠になった。

久しぶりに連絡をとったのは、高校2年の秋。
「久しぶりに遊びに行かない?」と連絡が来た。
会いたい気持ちがないわけではなかったが、その時は部活のキャプテンを引き継いだばかりで忙しい時期だった。
それに初めての恋人もできていて、正直、瑞稀と遊ぶよりは恋人とデートに行く方が楽しそうに思えた。
その後も、何度か誘いがあったが、何かしら理由をつけて断っていたら、そのうち連絡は来なくなった。

瑞稀は勉強もできるし、結構明るい子だ。
きっと向こうでも楽しくやっているだろうと勝手に思っていた。

その後、私は大学に進学し、税理士を目指して、忙しい日々を過ごすうちに瑞稀のことはすっかり記憶から消えていた。

思い出したのは地元に就職して2ヶ月後。
新しくできた恋人の高校のクラスが3年間、瑞稀と同じだと聞いた時。
そこで聞いた瑞稀の話は想像と大きく違っていて、私は愕然とした。

1年の頃は和やかに過ごせていたらしい。
吹奏楽部に入り、同じ部活の子達と上手くやっていたようだ。
状況が変わったのは2年の頃。
クラス替えで仲良くなった人が私の知り合いだったらしい。
名字を聞けば、すぐに浮かんだ。
中学で同じ部活だった子の名前だった。
あまり喋ったことはなかったので、さしたる印象はないが。

瑞稀はその子にいじめられていたのだと、彼は言った。
9月の下旬に差し掛かり、瑞稀が学校に来なくなり、先生がそのことをHRで発表してようやく知ったらしい。
友達を悪く言われて、それを咎めたことがきっかけらしい。

同じクラスにいて、気づかなかったのか、止められなかったのか、と責める言葉が喉まで出かけて、飲み込んだ。
自分もそうじゃないか。
ましてや私は瑞稀と1年以上友達をやっていたのに。

瑞稀と話さなきゃ。
散歩してくる、と外に出て、LINEを開く。
まだアカウントはそのままだろうか。
メッセージは私の「予定合ったら、また今度ね」という文で終わっていた。
文字を入力して、消して、入力して、消してを繰り返す。
今更何を言えばいいんだ。
今の状況も私は知らない。
苦しんでるかもしれないし、憎んでいるかもしれない。
案外覚えていないのかもしれない。
最適な言葉が見つからず、何度も打ち直す。
打って、消して、考えて、打って、消して、考えて。

いつの間にか公園まで来ていた。
通っていた塾のすぐ近く。
ここでブランコに乗って遊んでいたな、と思い出す。
誰もいないのを確認して、ブランコに座る。
夕焼けに背中が焦がされているような気がした。
薄いシャツの長袖を捲る。

瑞稀は知っているのだろうか。
私がこの街に戻ってきたことを。
私はインスタにも載せているから、見てれば知ってるだろうけど。
瑞稀からフォローされた覚えはない。

申し訳程度に足を漕いで、前に伸びる影を追う。
すると、何者かの影が私の足の影を飲み込んだ。

「見つけた」

囁く声はひんやりと冷たい。
直後、肩の深くを刺す感触。
声の主には覚えがあった。
身体からずぶりと刃物を抜かれて、そのまま前方に倒れ込んだ。
痛い、痛い、痛い、熱い。

「久しぶり、由乃ちゃん」

悶絶しながらも、声の主を確認する。
あの頃のまま、歳を重ねた。
一言で説明すると、そんな風貌だった。
前髪は分厚く、でも短い。
襟足は揃っていて、サイドも長さが均等。
ニキビが多く、化粧もしていないようだ。
それでいて、前より遥かに太っている。

その姿だけで、瑞稀が過ごした時間がどのようなものだったかが、想像できた。
そして私のことをどう思っていたのかも。

「知ってたんでしょう?私のこと。それでも無視してたんだよねぇ!?」

叫ぶ瑞稀の声は裏返っていた。
違う、聞いてと言おうとするが、出るのは言葉にならない呻き声ばかり。
ただ、声が出ていたとしても、きっと届かなかっただろう。
逆光に薄く見えた双眸は、私の目と明らかに合っていなかった。

きっと瑞稀に見えているのは、私じゃなくて自分の過去だ。
どうしてこうなってしまったのか。
答えは多分、私のせいだ。

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