#大学生日記
生きづらさはわたし自身が作っていた
ずっと、生きづらいと思っていました。
それは、私がHSPという気質をもち、哲学チックに考えすぎることからくるものだと思っていました。
でも、たぶん違う。
本当のわたしの生きづらさの原因は、私の中に合ったんだと思う。
❅·̩͙𓂃
すべての原因は先入観と常識だと思います。
優等生でいなければならない。
無意識に優等生なわたしを常識とする。
家には22時には帰らなければならない。
そん
恋なんてしなくていい。彼氏も要らない。でも私には大好きな彼氏がいます。
おそらく私はモテる部類に入るのでしょう。
そして疎くもなかった。
小中では「◯◯がみずちゃんのこと好きだって聞いたよ」と聞くことや、とある男子と話していて冷やかしが入ることは、珍しくもなんともないことでした。
「そんな大事なことバラされて◯◯くん可哀想。もっといい友達持てばいいのに。」「また冷やかしか。そろそろめんどくさいな」と、まあ内心酷いかもしれないけれど、そんなことを思っていました。
本を読む。人と話す。考える。私はそうやってできている
嬉しいことにそう言ってくれる人が私の周りには多くいます。この思い、どんな人にも抱くものじゃないって分かるから本当に嬉しい限りです。
こう言ってもらえる私の魅力はどこから来るのか。
その答えはよく考えることだと思っています。
何か問いを与えられた時、たくさんの回答が頭の中に浮かびます。そして、それと同士に「なぜそう思うのか」考えます。それを互いに出し合って話し合う。そしてまた、それらを元に考える
彼にもらった笑顔を彼に返しているだけだ
久しぶりにお酒をそれなりに飲む中、どこが好きだったの?みたいの話の中で言われた。
だって美味しいものは美味しいじゃないか。
でも確かに、彼とご飯を食べてる時「おいしい〜!」って口角は上がってると思う。少々わざとらしく、笑顔を作っているのかもしれない。
でもそれはお食事が美味しいし、彼と一緒に共有していて共感してくれるし、なにより彼自身が「おいしい〜!」と笑顔で教えてくれるから、私も釣られて口角
やりたいこと探しはもうやめよう
私は学んだ。
就活をする上で、いや、就活なんて関係なく未来を考える中で自分の在りたい姿を考えることが大切であること。
在りたい姿は、どんな人間で在りたいか、どんな生活を送りたいか、というもの。
やりたいことはまた別だ。これは興味関心だったり、在りたい姿とは関係無く自分のやってみたいこと。
もちろん、やりたいことがたくさんあることは魅力的だ。私もいっぱいある。ただ、今までの私の「ほぼ頭空っぽのやり
就活で必要なことは自己分析だけじゃなかった
大学4年生の9月、合格通知をもらったものの大学院進学はしない選択を取りました。
そうしたのにはいくつか理由があります。
・今まで向かない分野で頑張りすぎた
・辛いことをずっと頑張り続ける必要はないと知った
・ここではこれ以上人として成長できない
・もっと自由に生きてみたい
・自分の努力できる長所を、得意なものや価値あるものに活かしてみたい
抽象的にはざっとこんな感じな理由。
ここから、卒業研
6日間広島を旅して、自分について考えたこと。
付き合って1ヶ月ちょっとの彼と、
彼の地元の広島へ6日間の旅行に行きました。
旅の前に考えていたことはこちらから。
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私は他人の目を気にしすぎるところがあります。
何を選ぶにも、“相手”にとっての正解を探してしまいます。
人の前では仮面を被るがあたりまえ。
他人との共同生活はもちろん
ましてや、3日以上もの長時間、同じ人と24時間共に過ごすなんて
一生かかっても無理だと思ってました。