Mana Granz

おれは感覚の矢となって

Mana Granz

おれは感覚の矢となって

記事一覧

【詩】 カオスと光の鍋まつり

さてみなさん 鍋にしませんか? 日もすっかり暮れたし 仕事は終わらないし つみあがった書類とか 鉛色の煩悶とか ぜんぶしまって どうぞどうぞ ガスコンロの上に 白銀…

Mana Granz
2週間前
9

オヴォフォスフィリアガフォイ

週末のおれは泥のようだ。オフィスワークに打ちひしがれ、ベッドに横たわって「ああドイツで過ごした幼年時代に戻りてえな」「仕事やめてソムリエになりたい」などと、はか…

Mana Granz
1か月前
11

正午のボンの全能感

おれは幼少期をドイツのハンブルクで過ごした。 夏も、冬も、みどりの雫がこぼれ落ちそうな街で暮らした4年間は実に楽しかった。日本人学校のクラスメイトはみな優しく親…

Mana Granz
1か月前
11

【詩】 おれが良くなかった

仕事を終え 狂おしい飢えとともに たどりついたのは日高屋 おれは自分を引きずってきた 淀んだガソリンのように アネモネの種のように どこか静かな場所で 味噌ラーメン…

Mana Granz
2か月前
15

【詩】 ブルーマンデー

朝のメトロは満員 でも静か みなじっと 駄獣のように 息をひそめている クラシックな通勤 クラシックな煩悶 おれはいまだ この螺旋の中に メトロメトロ 夢の匂い とく…

Mana Granz
4か月前
21

メテオルーティン

おれのルーティンの数々。たとえば通勤中にドイツ語の勉強をすること。ランチにクロワッサンを食べること。夕どきに市民公園でテニスに興じること。他にも10個くらいあるが…

Mana Granz
4か月前
15

【詩】 水色の王冠

あさは最高 目覚めとともに さわやかな 水色の王冠をかぶって 部屋につもった 陽光の結晶を砕き スーツに袖をとおす 街には新しい酸素 高くきらめく緑 市民たちは ライ…

Mana Granz
5か月前
22

おれはただ呆然としている

うす甘い春の匂いがただよう午後。すべてに倦み疲れたおれは、じめじめした居酒屋の床に突っ伏していた。 とにかく仕事がつらかった。生活が苦しかった。あたりの空気は重…

Mana Granz
6か月前
10

【詩】 DISCOVERY

ここはカフェ 街のチェーン店 あるいは聖堂 おれはそっと Macbookをひらいて キーボードをぶったたく 灼熱の言葉を 奏でるように 祈るように デッドなハムサンドをほお…

Mana Granz
8か月前
16

ノーザンウッド公園にて

うちの近所に大きな公園がある。 かつては立派な噴水やアスレチックやチューリップの花壇が立ちならぶ市民公園であり、のんびり過ごせる憩いの場だった。 いつでも笑い声…

Mana Granz
9か月前
9

木犀の詩

朝露の ひとつぶに溶けた あまい匂い ああ 今にも 金木犀が咲く 夏の聖堂を さまようおれは 暗がりの 水たまりだった 勝利の鐘のように ひびくのは 金木犀のファンネル…

Mana Granz
11か月前
16

パリは祝祭のように

おれはパリに焦がれている。 パリは可憐な花の都。モードの聖地。映画や本でそのイメージを体験した事はあっても、実際はほとんど何も知らない。 子供の頃に、たった一日…

Mana Granz
1年前
19

めちゃくちゃつめたい水

世界の全てをうるおしている水がある。シンと透きとおる湿った水。 それはつめたくて鋭角で、シリコンバレーから涙の玉から睡蓮の花まで全ての中を光の3倍の速さでザンザ…

Mana Granz
1年前
12

巨きな青のプールで

おれは飛び込み台からプールを覗きこんでいる。 プールに溢れる水は、午後の光をたっぷりと吸い込んで、深い青に色づいていた。ときおりサーッと高速でひびく波紋が水面を…

Mana Granz
1年前
16

ゴヤの色紙

大学の研究室の同期だった小屋守くん。はじめは読みどおりコヤと呼ばれていたのだが、あるとき彼が「ゴヤでお願いします」とやけに強く願い出たので、みんなそう呼ぶように…

Mana Granz
1年前
16

【詩】 紫陽花を待つ

ことしも 紫陽花を待つ 午後はものうくなる ささえきれぬふるえ 街全体へ流れ入る かれんな紫の水を 熱い反射がひらき しなやかな矢となって 結晶はすでに敗れた 花のリ…

Mana Granz
1年前
17
【詩】 カオスと光の鍋まつり

【詩】 カオスと光の鍋まつり

さてみなさん
鍋にしませんか?

日もすっかり暮れたし
仕事は終わらないし

つみあがった書類とか
鉛色の煩悶とか
ぜんぶしまって

どうぞどうぞ

ガスコンロの上に
白銀の大鍋をのせまして
さっきマーケットで仕入れた
材料を30kg

野菜はすべて採れたて
メインは佐賀牛
出汁はホタテのブイヨンです

シンシン振りかぶって
放り込めよお

肉肉白菜きゃほほい
祝祭
祝祭

明るい湯気が立ちこめた

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オヴォフォスフィリアガフォイ

オヴォフォスフィリアガフォイ

週末のおれは泥のようだ。オフィスワークに打ちひしがれ、ベッドに横たわって「ああドイツで過ごした幼年時代に戻りてえな」「仕事やめてソムリエになりたい」などと、はかない夢を唱えては、みじめな陽光に身をひたして過ごしている。

先週末はめずらしく外出した。同期のタモロが、隅田川沿いの散歩に誘ってくれたのだ。

あつい日光がキンキン降りそそぐ土曜日。おれは汐入公園でタモロと待ち合わせ、浅草方面へ歩き始める

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正午のボンの全能感

正午のボンの全能感

おれは幼少期をドイツのハンブルクで過ごした。

夏も、冬も、みどりの雫がこぼれ落ちそうな街で暮らした4年間は実に楽しかった。日本人学校のクラスメイトはみな優しく親切で、毎日市場でジューシーなカツレツやマッシュポテトを陽気にむさぼり食っては公園に横たわりヨーロッパの陽光を浴びたものだ。

いまや底辺リーマンに落ちぶれて、赤羽のうす暗い部屋でカップラーメンをすすっていると、あの日々はまるで天国の詩のよ

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【詩】 おれが良くなかった

【詩】 おれが良くなかった

仕事を終え
狂おしい飢えとともに
たどりついたのは日高屋

おれは自分を引きずってきた
淀んだガソリンのように
アネモネの種のように

どこか静かな場所で
味噌ラーメンを
むさぼり食いたい

それだけだ

よろよろ歩いて
明るいテーブル席につくと

となりで高校生らしき4人組が
恋バナをバキバキに咲かせて
さんざめいている

おれは落胆した

ああ終わった
家でカップラーメンを食べれば良かった

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【詩】 ブルーマンデー

【詩】 ブルーマンデー

朝のメトロは満員
でも静か

みなじっと
駄獣のように
息をひそめている

クラシックな通勤
クラシックな煩悶

おれはいまだ
この螺旋の中に

メトロメトロ
夢の匂い
とくに光がいびつに見える

健康飲料
海外留学ガイド
キャリアパス

それらがまどろむ車内
狂おしいインフォメーションが
おれを苛む

ああパリでソムリエになりてえ
ああ深い井戸にもぐりてえ

頑張りたい
煮えたぎりたい

そう言

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メテオルーティン

メテオルーティン

おれのルーティンの数々。たとえば通勤中にドイツ語の勉強をすること。ランチにクロワッサンを食べること。夕どきに市民公園でテニスに興じること。他にも10個くらいあるが、こうして毎日に散りばめたルーティンをひとつずつ結びあわせていくと、生活の様式がはっきりと浮かび上がってくるものだ。

街ゆく人はみなルーティンを持っている。毎朝オムレツを食べる会社員がいる。公園を散歩するフリーランスがいる。この辺はのど

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【詩】 水色の王冠

【詩】 水色の王冠

あさは最高

目覚めとともに
さわやかな
水色の王冠をかぶって

部屋につもった
陽光の結晶を砕き
スーツに袖をとおす

街には新しい酸素
高くきらめく緑

市民たちは
ライラックの花束を
まき散らして

交差点に
星々の点滅を
あらわしてみせる

おれは
いつか彗星の軌道で
オフィスへ向かう

おれはただ呆然としている

おれはただ呆然としている

うす甘い春の匂いがただよう午後。すべてに倦み疲れたおれは、じめじめした居酒屋の床に突っ伏していた。

とにかく仕事がつらかった。生活が苦しかった。あたりの空気は重たく澱んでおり、窓から注ぐみじめな光は無心にホルモンの油を溶かしていた。

すると突然、まるで大気圏から落ちた稲妻みたいに、一通のLINEメッセージが見舞われる。

メッセージの送り主は尾崎ヒロト。つい先日まで、ここで一緒にホルモンを爆食

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【詩】 DISCOVERY

【詩】 DISCOVERY

ここはカフェ
街のチェーン店
あるいは聖堂

おれはそっと
Macbookをひらいて
キーボードをぶったたく

灼熱の言葉を

奏でるように
祈るように

デッドなハムサンドをほおばり
往来をながめていると

やがて
錯乱の酵母がひらく

大切なのはリズム
大切なのは静寂

それらは
炎の筋となって
ギャロップで駆けめぐる

その中に
ひとつの言葉を
見つけたら

勝利の午後だ

ノーザンウッド公園にて

ノーザンウッド公園にて

うちの近所に大きな公園がある。

かつては立派な噴水やアスレチックやチューリップの花壇が立ちならぶ市民公園であり、のんびり過ごせる憩いの場だった。

いつでも笑い声がさざめき立ち、市民たちがぶどう酒を浴びながら走り回る陽気なプレイグラウンドだったのだが、10年前に自治体が公園の管理業務を放棄してしまう。「予算削減のため」「雑草の伐採が追いつかない」など、最もらしい理由が上げられたが、たぶん単純にダ

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木犀の詩

木犀の詩

朝露の
ひとつぶに溶けた
あまい匂い

ああ
今にも
金木犀が咲く

夏の聖堂を
さまようおれは

暗がりの
水たまりだった

勝利の鐘のように
ひびくのは
金木犀のファンネル

ついに咲いたら
おれは歩きだす

うす橙色の
悩ましい匂いに
むせかえりながら

パリは祝祭のように

パリは祝祭のように

おれはパリに焦がれている。

パリは可憐な花の都。モードの聖地。映画や本でそのイメージを体験した事はあっても、実際はほとんど何も知らない。

子供の頃に、たった一日滞在しただけなのだから。

あれは11歳の夏だった。家族旅行でパリに立ち寄ったおれは、リュクサンブール公園の木陰でまどろんでいた。頭上にはいちめんの青空。もうすぐ秋を迎える公園には花々が咲き乱れ、あたりの空気はぴりっと澄んでいた。

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めちゃくちゃつめたい水

めちゃくちゃつめたい水

世界の全てをうるおしている水がある。シンと透きとおる湿った水。

それはつめたくて鋭角で、シリコンバレーから涙の玉から睡蓮の花まで全ての中を光の3倍の速さでザンザン駆けまわっているのだが、ふつうは何百年もかけて洞窟から滴り落ちるわずかな雫を器にかき集めておろろろろろッとむせび泣きながらすすりこむ希少な水だ。

その水で満たされたコップが、おれの目の前にある。

とぷ。

ちょっとめまいがしてきた。

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巨きな青のプールで

巨きな青のプールで

おれは飛び込み台からプールを覗きこんでいる。

プールに溢れる水は、午後の光をたっぷりと吸い込んで、深い青に色づいていた。ときおりサーッと高速でひびく波紋が水面を駆けまわり、べつの波と衝突するたびに、新しい青がシラシラきらめいて目に飛び込んでくる。

プールはどこまでも澄みわたり、またぞっとするほど巨きく、まるで透明な宇宙がそこにあるようだった。

小学4年生の夏休み。ドイツの日本人学校に通ってい

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ゴヤの色紙

ゴヤの色紙

大学の研究室の同期だった小屋守くん。はじめは読みどおりコヤと呼ばれていたのだが、あるとき彼が「ゴヤでお願いします」とやけに強く願い出たので、みんなそう呼ぶようになった。

その名に込められた魔力。ゴからヤに向かってすーっと抜けていく響き。ごつごつした黒い石みたいな感触。発音するたびに胸のあたりに謎の心地よさが広がるので、みんな彼の姿を見つけては「お疲れゴヤ」「ゴヤよろしくな」「ゴヤだよなゴヤ」とし

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【詩】 紫陽花を待つ

【詩】 紫陽花を待つ

ことしも
紫陽花を待つ
午後はものうくなる

ささえきれぬふるえ
街全体へ流れ入る
かれんな紫の水を

熱い反射がひらき
しなやかな矢となって

結晶はすでに敗れた
花のリヴァーヴ

白びかり白びかり

紫陽花を
待つ響きで
おれは眠りこむ