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ノーザンウッド公園にて

うちの近所に大きな公園がある。

かつては立派な噴水やアスレチックやチューリップの花壇が立ちならぶ市民公園であり、のんびり過ごせる憩いの場だった。

いつでも笑い声がさざめき立ち、市民たちがぶどう酒を浴びながら走り回る陽気なプレイグラウンドだったのだが、10年前に自治体が公園の管理業務を放棄してしまう。「予算削減のため」「雑草の伐採が追いつかない」など、最もらしい理由が上げられたが、たぶん単純にダルかったのだろう。広いから。

それでめちゃくちゃ荒れた。今ではそこらじゅうに凶暴なライラックや蔦などが繁茂し、白バラのするどい棘もむきだしで、まともに歩くのすら難しい。

園内にみなぎる妖しい蜜の匂い。ときおり舞い上がる金色の粉。動物のけたたましい鳴き声ーーー

いつか市民はだれも寄り付かなくなり、すっかり謎の公園となってしまった。

おれは週末になると必ず、この公園を訪れる。

すなわち土曜日の朝。ガーゼみたいな柔らかい光につつまれて、のんびり目覚める最高の朝。おれはNEW BALANCEのスニーカーで街路をシンシン踏みしめて公園に向かう。

正門には竜の石像が立っていて、両手で鉄のパネルを掲げ持っている。

〈ノーザンウッド公園へようこそ〉

誰が作ったのかは分からない。鮮やかなイエローとトパーズのペンキで描かれた、ひどく稚拙なロゴだった。

園内に入ると、あたりは光り輝く黄金色の草木で一杯だった。ちょっと緊張する。とつぜん目の前にかっこいいリスがやってきて、つややかな毛並みでゆら、ゆら、と優雅に回転しながらおれを見る。「お疲れっす」とでもいうように。あざます。

生い茂るライラックの山をザクザクとかきわけて進んでいく。足でグッと踏みしめる地面と、指先から伝わってくる植物の爽やかなつめたさ。一歩一歩進むにつれて、何か生きることの実感のようなものが込み上げてくる。

木々の間にたくさん標識が立っている。〈ようこそ公園へ〉〈ゴミは持ち帰りましょう〉といった月並みなのに混ざって〈Blows On The Nape〉というのがあって、うーんかっこいい響きだ、と思ってググってみると〈庭でうなじに受けた衝撃〉だった。

謎ばかりが深まっていくが、名はいいと思う。ノーザンウッド。前が北森公園だったからノーザンウッド公園。

向こうの森から透きとおるような小鳥の啼き声がした。

おれはこの公園が好きだ。歩いていると、しっとり薄明るい気持ちがあふれてくるからーーー

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