マガジンのカバー画像

ショートストーリー

86
短い物語をまとめています。
運営しているクリエイター

2024年3月の記事一覧

〔ショートショート〕 友達図鑑

〔ショートショート〕 友達図鑑

 過ぎ去った年月の中に閉じこもるには、理由がある。でも大勢の人が、それを妨害しようとしてくるから煩わしくなって、それから嫌いになった。

 十歳の誕生日に、ボクはその本を盗むことを決めて、17歳のときに実行した。その本は、皆が言うには「みんなの」もので、100ページくらいあり、それほど重たくはない。
 本については常識的な共通のルールがあり、それを守るのが普通のことであるらしい。ネタバレをすること

もっとみる
幼い頃から

幼い頃から

 罪悪感を感じたというのが、はじめて恋を知った日の感想だった。
 その日、はじめて床屋に入った。中学に入学するからと父に連れられて入った床屋にあなたがいた。
 決して手が届かないと思った。けれど、それと同時にふれてみたいとも思った。手を伸ばしたいというより手を引かれていく、そういった感覚だったのを覚えている。

 まだ髭の生えていない頬をカミソリで剃る前に、あなたがゆっくりと撫でていった。冷たい手

もっとみる
ぬるいと、お腹を壊す

ぬるいと、お腹を壊す

 トイレはぬるめの便座がいい。
 朝は炙ったパンでいい。
 しみじみ飲めば、しみじみとぉーおぉ。

 そんなふざけた替え歌を思い浮かべるボクの火曜の朝は、相変わらず冴えないはじまりだった。
 昨日から持ち越しのコーヒーをレンチンしている。不味いけど、勿体ないからそうする。とりあえず便秘とは無縁だ。丈夫に産んでくれて、ありがとうございます。
 コーヒーカップに口をつける。匂いだけは、一丁前。
 PC

もっとみる
〔ショートショート〕休みの日に妖精はいらない

〔ショートショート〕休みの日に妖精はいらない

 今朝のアパートの窓からは、雪が舞っているのが見える。向かい合って並ぶアパートの駐車場で、風が空中に円を描いている。それは、雪が踊るようだった。これなら、妖精がくるりと不規則な動きをすると思うのは仕方ないなと思う。停車する車の上にべっとりと積もる雪が、休日のお出かけを億劫なものに変えたがっていた。

 むかし、ばあさんが言ってたっけ。「祭りの白粉は子供を獣に変えるためだよ」って。祭りでは獣となって

もっとみる
〔ショートショート〕ひな祭りの主役は、二段目に。

〔ショートショート〕ひな祭りの主役は、二段目に。

 少女が一人。
 湿った砂浜に膝を抱えて座り、素足の指と指の間を海水が触っては戻っていくのを見つめる。3月の波打ち際は、まだ冷たい。
 当然、少女にとって、そんなことは常識だった。
 考え事をするときは、普段からこの海を訪れるから。

 今日、彼女は、波打ち際で遊ぶ理由を考えていた。
 それは視線の先に、噂に聞いたことのある未知の世界が広がっているからで、ここでその世界を妄想するのが好きだから、そ

もっとみる
〔ショートショート〕        几帳面で忘れっぽい

〔ショートショート〕        几帳面で忘れっぽい

 早朝の太陽の光を背中に浴びて、男がポスターを貼っている。

「1日増えた今日を、休日にしなかった人間を好きになる方法募集」

 男の身長が高いせいなのか、長い手足でポスターを貼る後ろ姿がどこか不器用に見える。白地に黒のストライプのスーツにネクタイ、柔らかくかき上げたオールバックには赤いメッシュが入っている。結んだ口元には、黄色のラメ入りリップ。その顔は険しく、真剣である。
 知り合いに頼んで、こ

もっとみる