〔ショートショート〕ひな祭りの主役は、二段目に。
少女が一人。
湿った砂浜に膝を抱えて座り、素足の指と指の間を海水が触っては戻っていくのを見つめる。3月の波打ち際は、まだ冷たい。
当然、少女にとって、そんなことは常識だった。
考え事をするときは、普段からこの海を訪れるから。
今日、彼女は、波打ち際で遊ぶ理由を考えていた。
それは視線の先に、噂に聞いたことのある未知の世界が広がっているからで、ここでその世界を妄想するのが好きだから、そう思いたかった。でも本当は違うことを分かっている。自分の小さな足が一歩踏み出すより、ここで座っている方がずっと楽だから。ただ、それだけの情けない理由。
海の怖さをしっても、その怖さの中にある魅力に引き寄せられる。それだけでなく、安全圏ギリギリのところで、海の履いている真っ黒なスカートの裾を踏む遊びを続けている。そんな自分は醜く、愚かであるから、こんなところに置いて行かれるのだと思った。
少女の裸足の上で、砂を転がす波音が寂しく繰り返した。
春が来ると、友人はこの街から出ていく。
それがとても素晴らしいことであっても素直に喜べず、この自分が座った尻の下にある砂のように湿っている気持ちでいることが、悲しかった。
もう二度と会えないような気がした。
それは年末に帰省する彼女でも、数年後に同窓会で会う彼女でもなくて、昨日まで一緒に笑いあった彼女に。
季節は4つしかなくて、変わらぬスピードで繰り返すはずなのに。それなのに今日の空はおかしいと思った。暗くて寒い曇りの後に、すぐに太陽が見える。それから、またすぐに曇りになると不安になった。恐ろしくもあった。知っていたルールが変わり、何日も何年も失っていくような空だった。
「やっぱり、ここにいた」
そう言って、二人の少女が浜辺を駆けてくる。
一人が振り向き、二人がそれを挟むように並んで座った。
曇った空が、すぐに太陽を見せた。
その太陽は、直視できないほど眩しく輝いていた。
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