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戯言

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日々のこと、思い付いたことを書いてます。 責任のないことばかり書くので戯言です。
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ココに書くのは空白の4年間

ココに書くのは空白の4年間

社会に出て一人暮らしを始めてから、とても活発になった。
相変わらずインドアだしフットワークも滅茶苦茶重いけど、
以前を知っている知人からは「明るくなったね」と言われる。

自覚はある。
生命力が上がった、というのがしっくり来るかもしれない。
知っている人がいない環境で、生きていく為の手段である。

なんだか既視感があると思ったら、
私は高校入学の時、全く同じことを考えて明るくなった。
何を隠そう、

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涙と言葉のチキンレース

涙と言葉のチキンレース

今日、入社した頃からお世話になっていた先輩が
会社を辞めると聞いた。
横で泣いている後輩を見て、
ふと無意識に
私の人生は彼女に負けていると思った。

以前美味しい顔をするのが苦手だと言った私だが、
例にも漏れず、感動や喜びを表現するのが苦手である。
怒りや悔しさではすぐ泣けるのに、
悲しさでは涙が出てこない。
喜びを大きい声で伝えられない。
感情を丸出しにする事が、恥ずかしいのである。

大人と

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キャッシュレスの時代で良かった

キャッシュレスの時代で良かった

キャッシュレスの時代で良かった。
こんな場面で心からそう思うことがあるとは、
微塵も思っていなかった。

『他人を信用してはいけはい』

文字面は冷たいが、私はこの言葉を胸に刻んで生きることにしている。
うっかり信用してしまうと、私は絶対に高い羽毛布団を買わされる側の人間だからだ。
気を緩めない為のモットーである。

故にこの場合の「他人」とは見ず知らずの人間であり、
一方的にやって来る人物のこと

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友達が欲しい

友達が欲しい

友達が欲しい。

友達が居ないわけでは無い。
ただ社会人になって、新しく出来た知り合いが
会社という1つのコミュニティ内にしか無いことに
うっすらと危機を感じているのだ。

私が今欲しているのはしょうもない話をつらつらと並べるだけの
意味もなく大衆居酒屋に入れるような
勢いだけで一緒に銭湯に行けるような
そういうしみったれた友達である。
そういう友達を作ることが、なんとも難しいことだろうか。

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大きな輪、小さな輪。

大きな輪、小さな輪。

受け入れることって大事だな、と
最近ようやく心から思えるようになってきた。

恥ずかしながら、私はずっと偏った生活を送っていて
(例えば趣味とか、ある種考え方もそうだった)
いわゆるギラギラに尖った子どもだった。

みんなと違うことが、本気で格好良いと思っていた。
最近まで、みんなが見ていない映画を見ることが
オシャレだと思っていた。

だけど、結局みんなが好きなものを受け入れる方が、当たり前だけ

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黒髪の乙女といえば響きが良いけれど

黒髪の乙女といえば響きが良いけれど

美容師さんに「髪は染めないんですか?」と聞かれた時、
言葉に詰まってしまう自分がいる。
そこにはっきりとした理由が無いからだ。

生まれてこの方、髪を染めたことが無い。
最近、「経験したことが無いこと」を積極的に探すようにしているのだが、
髪を黒色以外にしたことが無いなと、ふと気が付いた。

染めたいと思ったことが無い訳ではない。
学生の頃は少なからず憧れもあったし、
当時プリクラで流行りつつあっ

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腑に落ちないパグ

ネットの診断で、最も顔が似ている動物は「パグ」だと言われた時、
少しホッとした自分がいた。
パグは「ブサカワ」と言われていて、
かろうじて「カワ」が付いているからである。

冒頭からトンデモナイが、どうか聞いておくれ。

そんな私ではあるが、第三者から「可愛い」と言われたら、
例えお世辞だろうが嬉しい。
それは私自身が、可愛いものが好きだから他ならない。

では、女性に可愛いと言うのが正解なのか、

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優しい恋バナをしようぜ

優しい恋バナをしようぜ

『多様性』という言葉は難しいなと
つくづく思う。

結婚だって本来、するか否かは自由な筈なのに、
「結婚はするべきだ!子どもは産むべきだ!」
と謳われる日本には、
私個人としても疑問を感じる。

勿論、多様性を認めた場合の怖さも少なからず理解は出来る。
この怖さというのは、個人の話では無く
統一するルールや偏見を失った時の
国から見た怖さである。

ただ私はその辺りを深く勉強したこともないので、

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『食』べる教『育』

『食』べる教『育』

学校の『食育』はもっと繊細に扱われるべきだ。

だって胃袋の大きさや体質なんて
ひとりひとり違うし、
勉強のような全国水準だって曖昧だ。

教師がクラス全員の食育に携わるのは
余りにも危険で、また教師にも負担が大きい。

私は小さい頃、食べることが苦手だった。

幼稚園に入る前からそうで、
一度栄養失調で入院したこともある。

だけどそれは親が食べさせなかった訳でもなく、
ただ得意不得意の問題であ

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私はそれが、ちょうど良い。

私はそれが、ちょうど良い。

家族とは、なんなりか。

同じ屋根の下で生活すること。
お互いが好きでいること。
1番身近な存在として、なんでも話すこと。

答えは全て否!である、
と私は思う。

『家族だから』
という言葉を聞くと心臓がキュッとなる人、
そういう人には是非読んで貰いたい。

私が生きてきて感じたことは、
『家族だけど、
それぞれに適した距離を保つべき』
ということだ。

それは、心ではなく
物理的な距離を指す。

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『プールの授業、義務から権利にしませんか?』

『プールの授業、義務から権利にしませんか?』

私は大人になった今でも水が怖い。

それは幼少期のトラウマが
起因している訳ではなく、
物心ついた時からずっと怖かった。

(軽い方かもしれないが)所謂『水恐怖症』と
カテゴライズして貰っても構わない。

しかし、である。
昨今ネット社会が著しく進化している割には
大人になってからも
水が怖いという情報がかなり少ない。

どうやら、殆どの人は
幼少期に水への恐怖心を克服してしまうらしい。

今日は

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