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ショートショートや短編

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落ちてもすぐ戻れるよ。
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ショートショート#バッティングセンターと女

ショートショート#バッティングセンターと女

君どこの球団が好き?
ああ、解った。
そのフォーム、ヤクルトの何やっけ、今年話題になった子のに似とるね。
けどね、この街に住んでるんやったら、とりあえず阪神ファンや言うといたほうがいいよ。
何?カッコいい子が少ない?
君わかっていないなあ、みんな実は脱いだら凄いねんで、知らんけど。

僕は今日もバットを構える彼女に話しかける。
バットを振る度、揺れる1つに結んだ長い髪。愛嬌のある丸い目。
彼女は目

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ショートショート#キツネのヨーコが嫁入り

ショートショート#キツネのヨーコが嫁入り

キツネのリュウジはもどかしかった。
明日、友達のヨーコが結婚するからだ。
相手は人間の男。
キツネもの恋愛ファンタジー小説やアニメあるあるそのものの展開にリュウジは何度舌打ちをしたかわからない。

あの展開に憧れるキツネと人魚が後を絶たないと度々森を訪れる動物学者のヤマダタカシもため息をついていた。
ヨーコもその展開に憧れていた一匹だ。女子高生、女子大生と姿を変えて人間界へ遊びにいっているうちに人

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ショートショート「明日は大学祭(終)#幹部」

ショートショート「明日は大学祭(終)#幹部」

おでんの味が決まらない。

ある部員の地元ではおでんにショウガ醤油をつけるから、基本の味は薄目がいいというし、別の部員は実家では味噌を入れて煮込むからそうしてくれという。
ほかにも、鰹節をまぶして食べるからそれを想定しろとか、田楽味噌をつけたいから用意しろとか、ちくわじゃなくてちくわぶを入れろとか、牛スジもいいが鶏肉も入れろとか。
大学というところは全国津々浦々から人が集まるので、何か料理をして食

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ショートショート「明日は大学祭#会計」

ショートショート「明日は大学祭#会計」

私はこの街での暮らしを気に入っている。
地元出身の子たちは、地味だし田舎なのに何がいいのって言うけど、私にとってはそこがいい。
人は少なからず多からず。大人しくて特に面白いことも言わない。大きな工場地帯はあるけど、大学の近くまでは煙は届かない。

アルバイトは大学の近くのファミレスで厨房を担当している。表に出たくない私にとってはありがたい仕事だ。まかないも美味しい。
サークルだけは友達の誘いでうっ

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ショートショート「明日は大学祭#設備」

ショートショート「明日は大学祭#設備」

お姫様だっことかあんなの何がいいんだと思っていたけど、いざされてみると悪くないと僕が思ったのは高校3年生の秋だった。
学校の帰り道にQ大学の近くを歩いていた。
その日、Q大学は大学祭で僕は人いきれのなかを一人歩いていた。
夕方から夜に近づく時で、僕はちょっとドキドキしていた。
少し年上な人たちがこれから遊びにいくために楽しそうに歩いていて自分もその仲間入りをしたような気分を味わっていた。

ひとき

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ショートショート「明日は大学祭#広報」

諒太から電話があったのは午後九時過ぎだった。
私はパンフレットをスポンサーや広告提供会社に配り終え、いったん帰宅しようとしているところだった。
「大変だよ、梨名」
「何が?」
「目黒佐月がごねて打ち合わせをしないんだよ」
目黒佐月とは、大学祭のライブで歌う予定のアーティストだ。広報はパンフレットを作ったり、SNSで発信したり、地元のラジオなどメディアに出て大学祭を宣伝するだけではなく、ライブも担当

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ショートショート「明日は大学祭#企画」

ショートショート「明日は大学祭#企画」

ー明日のミスコンなんだけど、私、熱があるみたいで。もしかしてコロナかもしれない。出れなかったらごめんね。

「おいおいおいおいおい」
大学祭実行委員会の大会議室に俺の声が響き渡った。
時刻はあと5分で零時だった。
「何、どうしたの?」
清音は段ボールをカッターナイフで切る手を止めた。
「鎌田七緒がコロナになったかもしれないって」
「え?明日どうすんの」
「出れなかったらごめんね、だって」
「っかー

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ショートショート「月下美人」

ショートショート「月下美人」

「それで、会社はやめたの、結局」
「ああ」
兄の風吾は家に帰ると、一番になぜか俺の部屋に来る。
彼は五年前に大学進学を機に家を出た。
夏休みなど大きな休みがない限り家には帰ってこない。
その兄が何て事のない平日の夜に実家に帰ってきた。
両親は旅行中で家には俺一人だった。
彼女の優未が泊まりに来る予定のところに兄がやってきたのだ。
俺は小一時間くらい、兄が大学を出てすぐに就職した会社について話を聞い

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小説練習帳 短編小説 遠い待ちぶせ(下)

小説練習帳 短編小説 遠い待ちぶせ(下)

梨沙子は毎朝5時30分に起きる。
起きるというよりも起こされるが正しい。
シマが散歩に連れていけと言わんばかりに、ベッドへ飛び乗って来るのだ。
「はいはい、わかったわかった」
梨沙子はパジャマからジャージに着替え、散歩の準備をする。その周りをシマが右へ左へと駆け回っていた。

梨沙子とシマの生活は順調だった。
事件のあと、梨沙子はシマを預かるつもりであると担当の中年男性刑事に告げた。梨沙子に共犯者

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小説練習帳 短編小説 遠い待ちぶせ(上)

小説練習帳 短編小説 遠い待ちぶせ(上)

飼い犬シマの命がもう長くないと獣医から聞かされた時、西田梨沙子は2つの別れを覚悟した。
1つは、10年間共に過ごしてきた雌犬シマとの別れ。
もう1つは、シマを最初に飼っていた古川洋一との別れである。
洋一は現在、刑務所にいる。
罪状は殺人。
10年前、梨沙子の夫・西田智彦を殺した。
洋一は、智彦が借金をしている消費者金融の営業だった。

智彦という男は見栄っ張りで、特に靴へのこだわりが強かった。

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小説練習帳 ショートショート さかさま

上司で同期の山田隆にリストラを言い渡された時、梶浦咲子は自分の足が宙に浮いた気がした。
新卒で入社して20年。
まさかこんな未来が待っていたとは。
40を過ぎて再就職先がすぐ見つかるとは思えない。見つかったところで、今と同じような給料は望めないだろう。
だいたい世渡りが上手いだけで出世した同期の山田にリストラを言い渡された事実に腹が立って仕方がなかった。
トップセールスパーソンの私がなぜリストラさ

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小説練習帳 ショートショート チョコレートの夜

僕がチョコレートの店に気づいたのは、ブラスバンド部を引退した日の夜だった。
高校最後の大会をさっさと予選落ちし、打ち上げのカラオケ屋で片想いしていたフルート担当の優と親友でバリトンサックス担当の細田が付き合っていることを後輩から耳打ちされるという人生最大の痛手を負い、命からがら自転車を漕いで家へ向かっていた途中、甘い匂いにおびき寄せられたのだ。

古びた窓枠の向こう。天井からぶら下がったランプ。温

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