マガジンのカバー画像

3月日記

15
文章を継続して書く訓練をしています。
運営しているクリエイター

記事一覧

長い手紙 その4 -他者とつくる時間-

長い手紙 その4 -他者とつくる時間-

1954年8月28日

拝啓 

ご無沙汰しています。いかがお過ごしですか?
こちらは昨日から、長い雨が降っています。どこか夏の終わりを思わせるような、腕に当たる飛沫が冷たい雨です。私はさきほど郵便局で原稿を送り、林のなかをぶらりと散歩してきたところです。
今は部屋に戻っていて、窓際では、乾かしている服がすこし揺れています。

山林というものは、特に雨の日に美しい姿を見せてくれることが分かりました

もっとみる
長い手紙 その3 -自分でいること-

長い手紙 その3 -自分でいること-

1954年8月18日

拝啓 

連日のお手紙になります。
今日は頭痛がひどいので(私は頭痛持ちなのです)、ほとんど一日中、部屋で過ごしています。明後日にここを発つ予定ですから、なんとか治ってほしいものです。

昨日の手紙では、私の「信じること」への見解を書きました。繰り返しになりますが、信じることは、あくまで私が中心に引き受けていくことが重要でしょう。そして、その困難さゆえに、「私」とか「自分」

もっとみる
長い手紙 その2 -信じることこそ-

長い手紙 その2 -信じることこそ-

1954年8月17日

拝啓 

お返事をありがとうございました。
あなたも私と同じように、自分なりの「考え」を作るのに前向きになったと聞き、少し嬉しくなりました。私は最近、それが人間にとって必要なことだと感じています。肝心なのは、それをいつでも推敲し、改訂する準備をしておくことです。その態度さえ忘れなければ、あなたはよき指針を手に入れられるでしょう。

今日はもっぱら仕事をしていました。朝から1

もっとみる
【日記】疑問装置という発想

【日記】疑問装置という発想

世の中の疑問をかき集めた装置があったら、面白そう。

1.思い付いたきっかけ

ひとつは私事による。恥ずかしいのだが、私には分からないことが多い。いったいなぜ空が青いのか、蛇口を捻ると水が出てくるのか。申し訳ないのだが、よく知らない。どうなってWi-fiが繋がっているのかも知らないし、日銀が金利をどうしたかもよく分からない。
もうひとつは、通っている大学による。大学でレポートを書く時に、テーマとし

もっとみる
長い手紙 その1

長い手紙 その1


1. 1954年8月12日

拝啓 

今年も暑い夏ですね。
わざわざ手紙を寄越してくれて、ありがとうございます。夏が始まる前、Rさんに私の居所を伝えておいて、心から良かったと思います。言った通り、私は7月の下旬から、軽井沢の旅館に逗留しています。

あなたからいただいた手紙について、あえてその内容にそのまま触れることはしません。なぜ触れないかは説明が難しいのですが、ここから私が書くことが、回り

もっとみる
部屋のあかり

部屋のあかり

部屋の机に、二つのライトがある。ひとつは机に取り付けたLED式のものだ。とても明るいので、高校生のころ、勉強をするときに使っていた。もうひとつはプラスチックのランプシェードがついた、古い橙色の電気スタンドだ。いまはもっぱら、後者を使っている。

この電気スタンドは、もとは父親のものだったようだ。シェードには車用品メーカーである『wynn’s』のロゴステッカーが貼られている。父は今の僕くらいの年齢の

もっとみる
『街のあかり』の数だけ、そこには人間がいるのに

『街のあかり』の数だけ、そこには人間がいるのに

アキ・カウリスマキという名前を初めて聞いたのは、たしかTwitterだったと思う。『枯れ葉』という映画が公開された時に、誰かが「パレスチナを思う感情と、日常を送ることの両立を描いた」と書いていたのを見て、興味を持った。というのも、ちょうどそのころ、イスラエルとハマスの対立が悪化していた。今でも、イスラエルがガザ地区の人を―特に子どもだ―を殺していく、ジェノサイドが続いている。新作であるその『枯れ葉

もっとみる
 【部屋のあかり】都会的なもの・村上さん

【部屋のあかり】都会的なもの・村上さん

自室の本棚には、そこまでたくさんの本は残っていない。高校のときに多読していた現代小説・エンタメ小説は、廊下の本棚に出してある。部屋に残っているのは、ほとんどが村上春樹さんの小説だ。

それこそ高校のころ、村上さんは僕にとって神様のような存在だった。『海辺のカフカ』を初めて読んだときには、「この本と出合うために、いままで多読をしてきたんだ」と衝撃を受けた。Book-offで『世界の終わりとハードボイ

もっとみる
 【部屋のあかり】家郷

【部屋のあかり】家郷

僕の好きな本のひとつに、故・見田宗介先生が著した『まなざしの地獄』というものがある。東北から単身で上京し、殺人事件を起こしたひとりの青年を分析した本だ。

その途中に「家郷」という言葉が出てくる。「かきょう」と読むこの言葉は、「ふるさと・故郷・郷里」[1]という意味のほかに、家族的・地縁的なつながりというニュアンスが含まれている。作中では、上京した青年のことを、地元の家郷を失った人間、「家郷喪失者

もっとみる
 【部屋のあかり】性格

【部屋のあかり】性格

いまは朝の8:30で、僕は実家の自室に座ってパソコンを打っている。最近はnoteに文章を直に打つことが多かったが、今日はWordを開いて執筆している。noteの画面は文章を横書きで表示するから、縦書きで文章を書くのは久しぶりだ。
日曜日だが、家には誰もいない。いたって静かだ。道を挟んだ公園のほうから時おり、人の声だったり、鳥の声だったりが聞こえる。ものごとの間隔が十分にとられていて、その隙間に、時

もっとみる
【日記】言葉を洗濯しようぜ①

【日記】言葉を洗濯しようぜ①

かなしい言葉を洗濯したい

使うことに危機感を覚える言葉がいくつかある。
僕たちは「世間」を共有できない多数の人間に対し、言葉を使ってしか関わることができない。だから、自分がどのような言葉を選択するかは割と重要だ。「文は人なり」というのは、このことを意味しているのだろう。
したがって、こちらが危機感を覚える言葉に対しては、それを使わない自由も、場合によっては造語を駆使して抵抗する選択肢もあっていい

もっとみる
【日記】文章的空間③ + 飛来した対話

【日記】文章的空間③ + 飛来した対話

ジャングルジム

こんなことを思い出す。
小学校のとき、学校にはほとんど一番乗りで行っていた。7:30ごろ、眠そうな先生が下駄箱のガラス扉を開く。
僕は電気がついていない教室にランドセルを置いて、青い皮が貼られたスポンジボールを片手に、低学年用の校庭に走っていく。

朝の校庭、ぼく一人しかいない校庭。その奥まったところに、黄緑色のジャングルジムがあった。変わった素材のジャングルジムは、いつも、一面

もっとみる
【日記】対話できそうな文字

【日記】対話できそうな文字

よく「ペンは剣よりも強い」「言葉には人を傷つける」と言うように、人と言葉の関係については、巷にたくさんの意見が飛び交っている。今回は特に、標識としての文字について考えてみたい。

居住している寮で、水道点検があった。僕が住んでいるフロアーの洗面所と化粧室に繋がる扉には、サムネイル写真のような黄色いテープが貼られていた。太字のゴシック体で「立ち入り禁止」と赤い文字が描かれ、少し小さなフォントで「入ら

もっとみる
【日記】文章的空間をつくるために①

【日記】文章的空間をつくるために①

小説などの文章を書いていると、表現が自然と視覚に偏ってくる。たとえば情景描写がそれに当たる。

2文目から、僕の眼に映ったものが書かれている。おそらくこれによって、文章のなかに厚みと奥行きが付与される。ホームに立っている僕と自転車置き場の間に<距離>が生まれ、それにしたがって空間が文章に現れるからだ。
こうして、文章に視覚を用いると、立体感を作ることができる。繰り返しになるが、遠くに見えたものに言

もっとみる