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【部屋のあかり】家郷

僕の好きな本のひとつに、故・見田宗介先生が著した『まなざしの地獄』というものがある。東北から単身で上京し、殺人事件を起こしたひとりの青年を分析した本だ。

その途中に「家郷」という言葉が出てくる。「かきょう」と読むこの言葉は、「ふるさと・故郷・郷里」[1]という意味のほかに、家族的・地縁的なつながりというニュアンスが含まれている。作中では、上京した青年のことを、地元の家郷を失った人間、「家郷喪失者(ハイマートロス)」として形容するほか、ひとびとが都市近郊のニュータウン・ベッドタウンで「マイホーム」を持つことを、みずからの手による「家郷」の再創出、と位置付けていた。要するに「家郷」というキーワードを使うことで、生まれ育った地元を失った「家郷喪失者(ハイマートロス)」が、所帯をもち、疑似的な「家郷」を作り出す流れを描き出していた。僕は大学から上京したこともあり、当然のように、これが自分のことのように感じられた。


この本はかなり昔に書かれたので、いまでは事情が異なるところもあると思う。あちこちの町外れにある「ニュータウン」は、すでに目新しくなくなっているだろう。けれど、大方にして、言っていることにはとても共感ができる。特に、僕たちがみずからの手で作り直す家郷が、どこまでも「疑似的」であることは、かなり本質的だと思う。

僕の場合で言うなら、朝の光が差し込んでいるこの部屋は家郷なのであり、東京かどこかでこれを作り直すことが、「疑似的な家郷の再生産」になるのだろう。ついでに言えば、僕の両親にとっては、この家が「疑似的な家郷の再生産」になっている。それが僕にとっては「家郷」そのものになっているというのは、なんだか不思議だ。


[1] 大辞泉 増補・新装版、1998、「家郷」、小学館

【部屋のあかり】
・2024. 3. 8から3.11までの記録
目次
 1. 性格

 2. 家郷
 3. 都会的なもの・村上さん (3/13)
 4. 街のあかりの数だけ、そこには人間がいるのに (3/14)
 5. 部屋のあかり (3/15)
 6. おわりに 港町の門 (3/16)


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