日田市

人間に共通することを掴まなければ、いいものは作れない

人生で、いちばん好きなお店に出会ってしまった。

旅先で見つけて「せっかくだから」と立ち寄ったお店。予期せぬ出会いは油断ならない。なにせ、こちらは過度な期待をしていないのだ。それだけに、期待を越えてきた時のインパクトがすごい。

「ここにずっといたい、いや住みたい……」

あまりにもここちよい場所に出会うと「また訪れたい」という気持ちをこえて「住みたい」とさえ思ってしまう。ドキドキして、頭の

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minneの阿部です。スキ、ありがとうございます!!
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大人の社会科見学

今の職場に入って一年に一回の視察研修‼︎
小さなまちの観光施設で働かせてもらうようになって、今まで見ない角度からいろんな事を見れるようになり、このまちをもっと素敵にもっと楽しくしたい‼︎という思いが強くなり…
今に至る私です♡

今年は日田にいきました‼︎

日田と言えば…
私の大好きな焼きそば‼︎
そして、憧れの事業プロデューサーの江副直樹さんの住むまち‼︎
そんな江副プロデューサーに、日田の話

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スキ♡うれしいです♡
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広瀬淡窓は若い頃、引きこもりのニートだった。

江戸時代後期、日本で最大の私塾であった「咸宜園」を経営し、日本の近代教育に大きな影響を与えた広瀬淡窓。彼は20代前半、引きこもりのニートでした。

咸宜園の咸宜とは「みな宜し」という意味で、そこでは個性重視の教育が行われていました。

咸宜園には九州だけでなく、全国から塾生がやってきました。学んだ生徒は四千人を超え、様々な才能が旅だっていきました。

教育者として、聖人君子のように扱われる

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私もあなたのことが好きです。
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病弱な広瀬淡窓を癒したネコ、そして妹の存在。

江戸時代を代表する教育者である広瀬淡窓は、ネコ好きでした。

彼は多くの著作や日記を残していますが、日記にはネコの話題も出てきます。

日記に出て来るネコの名前は、麿墨、村雲、三星、白雪などです。

名前から察するに、麿墨は黒ネコ。三星は三毛、白雪は白ネコでしょう。村雲は難しいですが、サバトラだったのではないかと勝手に推測しています。

麿墨が亡くなった日のこと。子猫を拾ってきて、白雪と名づけたこ

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あなたの記事も読ませて頂きますね。
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2019ふりかえり④_旅(1~4月)

2019年は“旅”の年。
自分の場所を確かめるように、沢山たくさん、外へ行きました。

1月 長崎
#介護と福祉のデザインスクール でイベントをすることになった特別養護老人ホーム#ながよ光彩会。下見と打合せに。

特急かもめは寒く、揺れる。

1月 東京
#PRプランナー の試験に。試験には落ちました。
(今年は再チャレンジできるかな)
ただ、答えを出しがたい問題と直面していたタイミングだった

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今日が良い日でありますように。
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日田の神童、広瀬淡窓

広瀬淡窓(たんそう)と言えば、大分の日田で日本最大の私塾である咸宜園(かんぎえん)を経営し、日本の近代教育に大きな影響を与えた人です。

これは明治政府になった時、学校の制度を定めた長三州が咸宜園出身であり、そこの教育システムをもとに明治の学制を定めたと言われているからです。

広瀬淡窓は寅之助と呼ばれていた幼少期に、亀井南冥の教えを受けるべく甘棠館の門を叩きます。

ところが亀井南冥はすでに謹慎

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私もあなたのことが好きです。
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