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特急「かんぱち・いちろく」特注ソファ開発の舞台裏

JR九州の新たなD&S列車である特急「かんぱち・いちろく」が4月26日から運行を開始しました。「かんぱち・いちろく」は、博多から別府まで片道約5時間をかけて走る観光列車。コンセプトは“ゆふ高原の風土をあじわう列車”で、雄大な自然の中を走るゆふ高原線(久大本線)、その沿線の食・歴史・伝統・自然を五感で感じることができます。

JR九州のD&S列車「かんぱち・いちろく」。車両デザインは鹿児島市に本社を置く㈱IFOOが担当

ベストリビングは、車両デザインを担当した株式会社IFOO(本社:鹿児島県鹿児島市)のパートナーとして、オーダー家具製作を担当させて頂きました。

「かんぱち・いちろく」の車内

特急「かんぱち・いちろく」は3両編成で、全席グリーン車の1号車・3号車に特注ソファを、ラウンジ杉と命名された2号車には樹齢約250年のご神木を使った杉の一枚板カウンターを誂えました。

この記事では1号車・3号車に設置した特注ソファ開発の舞台裏を、ご紹介します。


ソファ作りを鉄道車両にも表現。しかし…


特注ソファの開発プロジェクトが始動したのが2023年春頃。制作統括部ディレクターの江田純司がプロジェクトリーダーとなって、ベストリビンググループ全社を挙げて取り組みました。

プロジェクトリーダーを務めた江田は「最初のミーティングで久大本線沿線の文化や素材で“おもてなし”をする列車と聞いていました。列車の座席フレームは金属で作られることが多いのですが、普段の私たちのものづくりや日田のソファ作りを鉄道車両の中に表現したいと思っていたので、木材をフレームの主材料にして製作することにこだわりました」と語ります。

プロジェクトリーダーを務めたベストリビング制作統括部ディレクターの江田純司

しかし、鉄道旅客車の安全に関する決まりでは、座席製作に使用するすべての材料が鉄道基準の難燃性試験をクリアしたものしか使えません。普段ソファ作りで使用している張地、クッション材、木材がすべて使えませんでした。「多くの人が密室で移動する乗り物である鉄道の安全を追求する姿勢を実感しました」と江田は語ります。

半年をかけて材料を揃える


座席フレームに使える木材を探していると、鉄道に使える難燃が証明された材料は流通していないことが分かり、IFOOとベストリビングが協力し独自に難燃証明の取得を目指すことになりました。

市販の一般材料と難燃材料を試験にかけ、証明の取れるものを選定。規格に無いものは社内で一般材に特殊な難燃剤を浸透させ難燃化、材料作りから始めました。

一回の試験では規定に達せず、難燃剤の塗布量、難燃剤の種類を変えながら再試験試を繰り返し、約半年間をかけてようやく座席を作れる種類の材料を揃えることができました。

さらに難題が続く


難題は続きます。座席の主な部分は木材を使い、繰り返し揺れ振動が続く環境下でも強度が保てるようにベースとなる台枠部分はスチールを使う構想を立てました。

しかし、旅客車用座席の設計も初めてのこと。どれくらいの強度が必要なのか全く見当がつきませんでした。

強度を確保するのに必要な板厚や部材の接合方法などを調整

江田は「たたき台の図面を作成し、それを元にJR九州エンジニアリングの設計担当者と打ち合わせを重ね、強度を確保するのに必要な板厚や部材の接合方法などを調整しつつ、何とか基準に達する基本構造を構築することができました」と語ります。

ベテラン&若手でプロタイプを完成


上りと下りで名前が変わる特急「かんぱち・いちろく」。それを象徴的する1号車の回転シートは、プロジェクトが立ち上がって間もないころからデザイン案が上がり、IFOOとJR九州との間で何度も検討と修正が繰り返されました。

「最終的に曲面形状が印象的なデザインに決定しましたが、製作側からすると、どうやって形にするのか頭を悩ますものになりました」と江田。

プロトタイプを製作するベストリビング制作統括部ディレクターの後藤稔(写真奥)と技術課係長の吉永勇樹

プロトタイプの製作は、難しい特殊案件を請け負う特注ラインが担当することになりました。曲面が絡む形状を仕立てよく表現するのは難しくモデラーの技量が問われるところ。制作統括部ディレクターの後藤稔と技術課係長の吉永勇樹、ベテランと若手がタッグを組み、試作と微調整を重ねることでプロトタイプを完成させました。

キルティング技術のデザイン採用


列車内に大きなソファが連続して並ぶデザインは圧巻ですが、後ろから見ると面が大きく単調になってしまう問題も懸念されました。

張地にキルティング加工を施しているところ

そこで、ベストリビングが保有しているキルティングの技術をIFOOが意匠デザインに取り入れることになりました。具体的には木立にも見えるランダムなキルティング加工を施し、空間に変化をつけることで問題解決することができました。

ベストリビングの職人達が一致団結。そして完成へ


そしていよいよ2024年1月から本格的な生産体制に入ります。

木枠製造の工程
裁断・縫製の工程
張仕上げの工程

納期に間に合うよう、若手からベテランまでベストリビングの職人達が一致団結してものづくりに取り組んだ結果、最終的に29台の特注ソファを納期内に納品することができました。

最終的に29台の特注ソファが完成

プロジェクトを振り返って江田は「デザインを担当したIFOOのセンスとイノベーション、そしてベストリビングの技術力と対応力が融合することで、いいものができたと思います。自分自身にとってはこれまで手掛けた中で一番大きな仕事でした」と語ります。

運行開始日に天ケ瀬駅で「かんぱち・いちろく」を出迎える日田市民

「かんぱち・いちろく」の運行開始日である4月26日には、停車駅の天ケ瀬駅でおもてなしイベントが開催されました。当日は100人以上の日田市民がお出迎えに参加していました。その中には江田と吉永の姿も。列車を迎える2人の表情には、達成感と安堵がにじみ出ていました。


【関連URL】

■特急「かんぱち・いちろく」


株式会社IFOO

■ベストリビング株式会社