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プロフェッショナルな不器用な生き様

エピローグを読んでいて、帰りの新幹線内で不覚にも涙してしまいました。

もう今年これから読む本で、この一冊を超えるものはなかなか出てこないのではないでしょうか。

  • 逢坂剛 禿鷹シリーズ

  • 今野敏 隠蔽捜査シリーズ

  • コナン・ドイル シャーロック・ホームズシリーズ

  • ダシール・ハメット マルタの鷹

これらの古今東西のハードボイルド小説やミステリー小説の共通点はお分かりでしょうか。

そう、主人公の内面描写を一切表現しないということです。

今回紹介するノンフィクションも、全編を通してまるでこれらの小説を読んでいるような印象を受け続けます。

そして、ノンフィクションであるにもかかわらず、終始ミステリアスであり、とてもハードボイルドです。

個人的には野球やチームスポーツとは全く縁がないのですが、スポーツ小説は大好きなのですよね。

ところが本作はスポーツ小説のノリよりは、むしろ半沢直樹のようなシビアなビジネス小説を読んでいる緊迫感を湛えています。

おそらくは、それが作者のみならず、かかわってきた人たちが感じ続けてきた落合監督から醸し出される空気感なのだと思います。

世間で言われていた「オレ流」とは何であったのか。

落合は自らの言動の裏にある真意を説明しなかった。そもそも理解されることを求めていなかった。だから落合の内面に迫ろうとしない者にとっては、落合の価値観も決断も常識外れで不気味なものに映る。人は自分が理解できない物事を怖れ、遠ざけるものだ。

「嫌われた監督」

本書を読んだ今は、理解しようとせずに、それら得体の知れないものを表現するのに便利だったのが「オレ流」という逃げ口上であったのではないかと感じています。

タイトルどおりに、ただ単に嫌われていたわけではありません。

「別に嫌われたっていいさ」
「俺が本当に評価されるのは……俺が死んでからなんだろうな」

「嫌われた監督」

雇用の保障されたサラリーマンならいざ知らず、球団と契約したプロ選手を縛るものは契約書のみであるはずだ、契約を全うするためにどんな手段を選ぶかは個人の責任であるはずだと、落合は言った。

「契約っていうのは、それだけ重いんだ。オーナーと交わした契約書は家に大事にとってある。俺がやるべきことはすべてそこに書いてある。このチームを優勝させることってな」

それなのになぜ、当たり前のことを言った自分がこうも批難されるのか。

言葉を信用せず、誤解されるくらいなら無言を選んだ。建前を嫌い、偽りの笑みを浮かべるくらいなら孤独を選んだ。見ている者からすれば、悲しく映るくらいひとりだった

「嫌われた監督」

落合はそもそも言葉や感情を用いなかった。日本人と外国人という線すら引かなかった。

「心配するな。俺はお前が好きだから試合に使っているわけじゃない。俺は好き嫌いで選手を見ていない」
「でもな……この世界、そうじゃない人間の方が多いんだ」
「だからお前は、監督から嫌われても、使わざるを得ないような選手になれよ」

「嫌われた監督」

監督としての八年間だけではない。野球選手としてバッターとして、おそらくは人間としても、そうやって生きてきた。血肉にまで染み込んだその反骨の性が、落合を落合たらしめているような気がした。そして私を震えさせたのは、これまで落合のものだけだったその性が集団に伝播していることだった。いつしか選手たちも孤立することや嫌われることを動力に変えるようになっていた。

見渡せば、落合のチームにいるのは挫折を味わい遠回りをしながらも、自分の居場所を勝ち取った男たちばかりだった。

いわゆる若くから騒がれた甲子園のスターはいなかったが、葛藤の末に自分だけの武器を手に入れた職人的なプロフェッショナルの集まりだった。

「嫌われた監督」

技術的に認めた者をグラウンドに送り出し、認めていない者のユニホームを脱がせる。それだけだった。

「嫌われた監督」

「プロとは何か」「勝つためにどうするか」をわずかな言葉と行動を通して身をもって感じさせ、考えさせて、それが伝わってプロフェッショナルなマインドに生まれ変わった選手たちには、結果的に感謝されていたという事実。

究極の自律の促し方、自立心のあるプロを育てるという暗黙の中の圧倒的な意志。

そして、その想いに至らず、行動と結果の伴わない相手は容赦なく置いていくという、これもまた究極のプロの姿勢なのだということが、落合監督の思考に囚われた選手たちと同じように、プロとして自らを成長させていく記者の目を通して語られていきます。

監督は意図が分からずに説明を求める選手や記者たちに、少しづつ示唆に富んだ言葉の種を蒔いていきます。

「お前ら、もっと野球を見ろ。見てりゃあ、俺のコメントなんかなくたって記事を書けるじゃねえか」

同じ場所から、同じ人間を見るんだ

「俺は選手の動きを一枚の絵にするんだ。毎日、同じ場所から眺めていると頭や手や足が最初にあったところからズレていることがある。そうしたら、その選手の動きはおかしいってことなんだ」

「どんな選手だって年数を重ねれば、だんだんとズレてくる。人間っていうのはそういうもんだ。

「嫌われた監督」

圧倒的な洞察力からの気づき、これはまさに仕事において大切な要素のひとつです。

そして、いつしか記者自身も群れるのをやめて、自分の目で落合監督という人物を見続け、単に与えられた業務としてでなく自らの意志で仕事をしていくようになっていきます。

これは選手たちの成長譚でもあり、大人になっていく記者の自叙伝でもあります。

下手なビジネス本や娯楽小説を手にするよりも、本書にはその全てを凌駕して読後の満足を保証できる要素が詰まっています。

一食抜いても是非‼️

今日も読んでくださいまして、ありがとうございます。

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