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2023年1月の記事一覧
「切り捨てられるもの」を掬い上げた最高のゴースト・ストーリーーミニ読書感想「踏切の幽霊」(高野和明さん)
高野和明さんの久し振りの長編「踏切の幽霊」(文藝春秋、2022年12月10日初版発行)が、触れ込み通り最高の幽霊譚(ゴースト・ストーリー)でした。これは「心霊ネタ」を通じて、世の中から切り捨てられるもの、切り捨てられる人の苦悩を掬い上げた素晴らしい物語でした。
主人公は、元新聞記者の女性誌記者。「事件屋」として昼も夜もなく働き続けた主人公ですが、妻の死をきっかけに糸の切れた凧のようになる。振るわ
シェイクスピアに妹がいたらーミニ読書感想「自分ひとりの部屋」(ヴァージニア・ウルフ氏)
ヴァージニア・ウルフ氏著「自分ひとりの部屋」(片山亜紀さん著、平凡社ライブラリー、2015年8月25日初版発行)が胸に残りました。「女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない」(p10)という一つの命題を提示する掌編です。
特に印象に残るメタファーが「シェイクスピアの妹」。もしもシェイクスピアに妹がいたとして、彼女は物語を紡ぎ出せたのだろうか?
「お金と自分ひとりの
「あなたのことを理解している」という暴力ーミニ読書感想「菜食主義者」(ハン・ガンさん)
1月末で閉店する渋谷・東急百貨店のMARUZEN・ジュンク堂書店で「書店員が最後におすすめしたい一冊」に挙げられていたハン・ガンさん「菜食主義者」(きむふなさん訳、クオン社、2011年4月25日初版発行)を読みました。衝撃的に面白かった。
この小説が描くのは、無理解の暴力。特に「あなたのことは理解していますよ」と安易に他人を理解の枠にはめようとする暴力でした。
本書は表紙、裏表紙、帯であらすじ
能力は臓器ではないーミニ読書感想「『能力』の生きづらさをほぐす」(勅使川原真衣さん)
組織開発の専門家、勅使川原真衣さんの「『能力』の生きづらさをほぐす」(どく社、2022年12月25日初版発行)は、メリトクラシー(能力主義)全盛の現代に必携の「お守り」になりそうです。2020年から乳がん闘病中という勅使川原さんが、いつか自分の子どもたちが会社で「無能」の烙印を押された時を想定。我が子に、能力の幻想性や、メリトクラシーとの付き合い方を指南します。
本書のパンチラインを一つ記憶する
あり得るかもしれないもう一つの「コロナ後」ーミニ読書感想「祖父の祈り」(マイクル・Z・リューインさん)
ハードボイルド小説の巨匠マイクル・Z・リューインさんの「祖父の祈り」(田口俊樹さん訳、ハヤカワポケットミステリー、2022年7月10日初版発行)が胸に沁みました。米国で2021年に刊行。新型コロナウイルス禍の真っ只中に、明らかにコロナを意識したパンデミック下の近未来を描く意欲作です。本書の荒廃した世界は、あり得たかもしれない、いや、今後もあり得るかもしれないもう一つの「コロナ後」です。
本書の世
「おすすめ文庫王国1位」は伊達じゃないーミニ読書感想「捜索者」(タナ・フレンチさん)
米国人作家タナ・フレンチさんの長編「捜索者」(北野寿美枝さん訳、2022年4月25日初版発行)にぐいぐい引き込まれました。噛めば噛むほど面白いスルメ小説。「本の雑誌社」が毎年末に刊行する「おすすめ文庫王国」の2022年度版で堂々の1位に輝いたことを知り、手に取った本書。納得の内容でした。
本書は本編600ページ超。後半に進むほど味が出てくるため、魅力に気付くには辛抱が必要です。それだけに、「おす
村上春樹作品の新作を読んでいるかのような極上文学ミステリーーミニ読書感想「『グレート・ギャツビー』を追え」(ジョン・グリシャム)
ジョン・グリシャムさん「『グレート・ギャツビー』を追え」(村上春樹さん訳、中公文庫2022年11月25日初版発行)が面白かったです。訳者は村上春樹さん。訳文のテンポにハルキイズムが感じられます。「強盗団によって大学図書館から盗まれたフィツジェラルドの原稿がある独立系書店に隠されているとの情報を受け、冴えない新人作家がスパイとして送り込まれる」という筋書きも、どこか村上作品的なニュアンスを感じます。
もっとみる禁じられた感情を言葉にするーミニ読書感想「母親になって後悔してる」(オルナ・ドーナトさん)
イスラエルの社会学者オルナ・ドーナトさん著、「母親になって後悔してる」(鹿田昌美さん訳、新潮社、2022年3月25日初版発行)に心を揺さぶられました。タイトル通り、母親になって後悔しているという、現代社会において言葉にすることを禁じられた感情に正面から向き合う。この後悔を言語道断だと封殺していた社会、ひいては自分自身を省みる一冊となりました。
本書は、妻から「面白そうなので読んでみて、感想を教え
メッセージ性なんて要らない傑作ーミニ読書感想「やまいだれの歌」(西村賢太さん)
西村賢太さんの「やまいだれの歌」(新潮文庫)が面白かったです。中卒でふらふら生きてきた19歳の少年が今年こその心機一転を誓い造園会社で真面目に働き出すも、事務員の女の子に惚れて惑わされ、あえなく暴発してしまうという掌編。解説で指摘されている通り、本書にメッセージ性はない。ないんだけれど、とにかく面白い。そんな小説でした。
解説を担当したのは、西村さんの「苦役列車」を映画化した山下敦弘さん。西村さ
どうしようもなく惨めでどこまでも美しい人生ーミニ読書感想「シャギー・ベイン」(ダグラス・スチュアートさん)
英スコットランド出身で米国在住の作家ダグラス・スチュアートさんの「シャギー・ベイン」(黒原敏行さん訳、早川書房2022年4月20日初版)が胸に残りました。英ブッカー賞、全英図書賞年間最優秀作品賞を受賞し、全米図書賞の最終候補にも選ばれたという高評価は伊達ではない。アルコールに溺れるシングルマザーと、家族の中でただ一人支えようとした末っ子の物語。どうしようもなく惨めな人生なのに、なぜか描かれる姿は美
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