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メッセージ性なんて要らない傑作ーミニ読書感想「やまいだれの歌」(西村賢太さん)

西村賢太さんの「やまいだれの歌」(新潮文庫)が面白かったです。中卒でふらふら生きてきた19歳の少年が今年こその心機一転を誓い造園会社で真面目に働き出すも、事務員の女の子に惚れて惑わされ、あえなく暴発してしまうという掌編。解説で指摘されている通り、本書にメッセージ性はない。ないんだけれど、とにかく面白い。そんな小説でした。


解説を担当したのは、西村さんの「苦役列車」を映画化した山下敦弘さん。西村さんが映画にネチネチと苦言というか理不尽な悪口を言うのものだから、対談で喧嘩したこともあるという異色の関係性の映画監督です。その山下さんは「最近はどの作品にもメッセージ生が求められるけれど、西村作品にはメッセージはない。けれど、誰かにとっての救いになる作品」との趣旨の指摘をしていて、まさにその通りだなと膝を打ちました。

本書で好きな箇所を挙げると、たとえば下記のようなところが浮かびます。

  ところでその貫多は、作業を終えて帰路につくと、まずは駅構内の立ち食いスタンドにて、春菊天を載せた三百円のおそばをすするのが、その〝夜の部〟での習慣と化していた。
「やまいだれの歌」p69

貫多は本作の主人公で、家庭は崩壊し、中卒で一人ふらふらと自堕落な日々を過ごす少年。造園会社で重労働を続ける彼の唯一の楽しみは、夜の駅そばで300円の春菊天つきそばをすすること。

本書は、こうした何気ない話が延々と積み重なっていく。しかも、大半は主人公の「こじらせた」振る舞い。主人公は父親が性犯罪で逮捕、服役しているコンプレックスや、その一方で何故か自分の顔面などには自信を抱える屈折した自信もあり、まあとにかく面倒くさい人物です。

その彼の「あちゃー」な行動や、全く共感できない心情が描かれる中に、ふと300円のそばの話が出てくる。しかも、「そば」ではなく「おそば」。言葉遣いや言葉の使い所が、どこかかわいいのです。

こうした物語のリズム、文章の心地よさに乗っていくうちに、結末まで辿り着いてしまう。でも結局振り返ると、この物語は「イヤな感じの主人公がうまくいかなかった話」に尽きる。特に教訓があるわけではない。だけど、間違いなく「面白かった!」という感嘆にあふれる。

西村作品にはてんで縁がありませんでしたが、本書は本の雑誌社の「おすすめ文庫王国2023」にランクインしていたため購入しました。納得の内容で、ようやく西村作品に出会えて良かったと思います。西村作品の中では、本書は暴力性の控えめな一作だそうです。

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