<politician>は「政治家」ではなく、自らの利に敏い「政治屋」のことだ。

チャンドラー『湖中の女を訳す』第九章(1)

【訳文】

インディアンヘッド・ホテルは新しくできたダンスホールの向かいにある、通りの角の褐色の建物だ。​その前に車を停め、トイレで顔と手を洗い、髪にからんだ松葉を櫛で梳きとってから、ロビーの隣にあるダイニング・バーに入った。くだけたジャケットを着た酒臭い息の男と、甲高い笑い声をあげる、節くれだった指の爪を牡牛の血の色に塗った女で、どこもかしこも溢れか

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いったいビル・チェスはいつの間に腰を下ろしたのだろう?

チャンドラー『湖中の女を訳す』第八章(2)

【訳文】

「お巡りらしい言い草だ」ビル・チェスは吐き捨てるように言い、ズボンを穿き、また腰を下ろして靴を履き、シャツを羽織った。身支度を終えると、立ち上がって瓶に手を伸ばしてたっぷり飲んで、桟橋の厚板の上にそっと瓶を置いた。そして、毛むくじゃらの両手首をパットンの前に突き出した。
「それがあんたらの遣り口だ。手錠をかけてけりをつけろよ 」彼は声を荒げ

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うぉん、うぉん!(感謝のふた吠え)
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デボラ・クロンビー「警視の接吻」

 公園で女性の死体が発見された。紅茶会社のやり手の経営者であり、多くの男性と浮き名を流す美女でもアナベル・ハモンド。
 ダンカン・キンケイド警視とジェマ・ジェイムズ巡査部長のコンビが捜査に乗り出すと、アナベルが死の直前ひとりのストリーロ・ミュージシャンと話していたことが浮かび上がる。
 アナベルの恋人のひとり、ゴードン・フィンチ。その父親、ルイス・フィンチは地域の再開発を一手に手掛け、救世主とも称

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ありがとうございます
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【お仕事】Numero TOKYO おすすめの11月の本

Numero TOKYOでのブックレビュー、11月分が公開されました。

今月は……

📕 「まずは読め。話はそれからだ」と言いたくなるほどすごい(かつ、ものすごく物語を説明しにくい)高山羽根子さんによる『暗闇にレンズ』(東京創元社)

📗 短篇小説好きなら一篇読むごとに打ち震えること間違いなしな、世界最高の短篇小説家とうたわれたウィリアム・トレヴァー氏の最後の作品集『ラスト・ス

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みゃ〜(感謝のひと鳴き(擬態))
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『誓願』マーガレット・アトウッド  鴻巣友季子・訳

静かなディストピア社会の怖さは、一定の形で社会が完成してしまうと、その中で暮らす市民にはそれが普通の状態に感じられ、何ら不都合のない社会のように見えてしまうことである。権力が軍や警察を使って暴力的な弾圧を行う、ラテン・アメリカ諸国の独裁主義国家と異なる怖さがそこにある。権力の行使が可視化できないよう配慮されていて、一般市民には自分がどんな権利を奪われているのか、決して見えないからだ。

たとえば、

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「スキ」を頂いたようで、なんとお礼を申し上げればよいものか…
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<a batch of mud pies>は「マッド・パイ一窯分」

チャンドラー『湖中の女』を訳す 第八章(1)

【訳文】

彼は停車場から道路を隔てた向かい側の白い木造家屋の前で車を止めた。建物の中に入って、すぐ一人の男と出てきた。男は手斧とロープと一緒に後部座席に乗った。公用車が通りを戻って来たので、その後ろについた。スラックスやショートパンツ、セーラー服とバンダナ、節くれだった膝と緋色の唇の間を縫って本通りを通り抜けた。村を過ぎ、埃っぽい丘を上り、一軒の小

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チョ•ナムジュ著『彼女の名前は』

 先日、韓国の短編小説集『彼女の名前は』を読み終えた。『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者、チョ・ナムジュが韓国で2018年に発表した作品で、2020年に日本でも翻訳出版されている。

 9〜69歳まで60人余りの女性に話を聞いた著者が、2017年の1年間、新聞や雑誌にフィクションやエッセイを連載。それを再構成し、28編の小説集としてまとめた1冊だ。1つひとつの話はとても短く、読みやすい。でも、そ

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幸せです♡
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一つところにとどまるのが苦手な、流浪の懸賞金ハンター登場!

『ネヴァー・ゲーム』ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子・訳

ミステリの世界には、いろんな刑事や探偵がごろごろしている。新しい主人公を考える作家も大変だ。四肢麻痺で首から下が動かせない、リンカーン・ライムは画期的だったが、さすがに、行動に制約が多すぎて作家の方にもストレスがかかったのか、今度の主人公は、サバイバル術に長けた行動派だ。おまけに、職業は刑事でも探偵でもない。なんと「懸賞金ハンター」だ

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