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タイで乳がんになった⑥

バンコクでの闘病生活を支えてくれた、タイ語の小説をkindle出版しました。
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●私の外科執刀医はおそらく超一流だったようだ
そして私はバンコクの日本人が多く住むエリアの病院に入院し、部分切除の手術を受けることになる。ところでがんの治療は、外科担当とその後の抗がん剤などの治療医師が異なる。私の場合は転移の様子も見られないことからまずは部分切除をすることになった。手術まで外科執刀医に何度も診察を受ける。海外で治療ということもあり、本当に不安だった私は何度も何度も同じことを、例えばどんな手術でどんな経緯をたどるのか、生存率はどの程度なのか、同じ心配を繰り返しドクターに尋ねた。
その後のドクターとの比較もあり、またその後の経過をみても、この初老のベテラン外科執刀医は、人格的にも技術でも大変優れたお医者さんだったと思う。私の執拗な質問にも、言葉でのコミュニケーションでは補えないとわかってもらっており、図を用いて丁寧に詳しく根気よく、かみ砕いて説明をしてくださった。
また、現在も私は年に一度経過観察をしに日本の医師を訪れているが、その先生も驚くほど傷跡もきれいでしかも上手に腫瘍を取り去ってくれたと感じる。ありがたい。

●しかし、狭い日本人社会、病気のことは一部の人にしか知らせなかった
海外の日本人コミュニティは大変狭い。私は子どもを日本人学校に通わせていたが、学校の送迎バスのルートの関係もあり、居住地域は限られている。子どもと私自身の習い事、塾、友だちなどでつながりのある人、そしてその兄弟や知り合いといった関係までを含めると、もうほとんどの人が顔なじみである、といっても過言ではないくらいに狭い。
どこに誰と買い物に行ったか、誰と誰が仲がいいか、ビザの関係で働くことができない奥様たちとのおつきあいには気を砕くことも少なくなかった。病気で心身疲弊する中、こうしたおつきあいに気を配る余裕がない。私は特に親しかった数人にしか病気のことを打ち明けてはいなかった。
病気のことを心配してくれる人が多くはいないことは、気を遣わなくてもよいという気楽さはあったが、一方で不安な気持ちを話す人もいない。
そんな中、タイの友だちにはこのときとても助けられた。

●タイの人は周囲の人に対して優しい
日本人なら病気のときに具合の悪い顔を見せるのは嫌だろう、などと気を使いお見舞いに行くこともためらう場面があるが、タイの人は、そういった概念はない。大変な思いをしている友だちを励ましに行くのは当たり前。そしてその後を心配し、もちろん何かを要求したらすぐに応えてくれるし、また、その後どう?とこちらの状況も構わず電話をくれる。
これがすごく有難い。まったく迷惑などではなく、本当にむしろ嬉しい。
このときはじめて、タイで治療することにしてよかったな、と思った。
もちろん大変なことのほうが多かったのだかが、タイの人の優しさとはどういうことなのか、身に染みてわかったのは、乳がん治療をしたからだった。
このあたりの感覚は翻訳した「824 月明かりのロンド」を読んだときにも感じたことだが、日本人駐在員である私にはそれまで腑に落ちていなかったことだった。
タイの人は周囲の人に対して優しい。おせかっかいでも無神経でもない、友だちとして当たり前のことだから、と彼女たちの穏やかな当たり前で病床にある私を思いやってくれるのだ。

タイの人は本当に優しい。
また次の投稿で続きを書くね。
お読みいただきありがとうございました。


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