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『満ち欠けワンダーランド』03.調律師
何回メールを読み返しても『チケットがご用意』されない、抽選に申し込んでは肩を落とす。いい加減、当たって欲しいが、引き換えに平穏無事な日々を送る。
常に頭脳明晰だと思われてきた(実際は眼鏡をかけていただけで普通の成績でも)。親よりも姉に従って突如、「鬱陶しい」と突き放された弟が僕だ。
わがままに慣れたおかげか、小学生の時点で
「オッくんのことが好き」
と言われる。周囲に囃し立てられ、恋愛感情の有無は無関心、ありがた迷惑も巧みに対応した。にこやかな表情で、言葉遣いを丁寧に心掛け、分け隔てなく接すれば、「柔らかい物腰」または「人当たりがいい」など褒められる。
さぞかし裕福な家庭で立派に育てられたのだろう?そうでもなかった。
父は姉の習い事や趣味を積極的に応援する。
「若いんだから、失敗を恐れずにチャレンジしてみろ」
こちらにも同じく勧めるも、寂しげなアクアリウム、本棚はごちゃごちゃ、発表会直前に投げ出したピアノ、その他諸々を見るのみで充分だった。故に中学でも部活動に所属せず、夕飯を作ってパート帰りの母を支える。
「ホント、優しい子。誰に似たのかしらね」
あちらは自分勝手に振る舞い、受験を機に不協和音が生じ、予想通りプレリュードで挫折した。泣き喚きながら当たり散らして暴言を吐く、からのデクレッシェンド、薬を飲み始める。
という訳で僕は両親に単調なリズムを求められた。表舞台に出ず、退屈なくらいが丁度良い生活であり、クラスメイトの宮園とこむぎ、おまけに有馬が放つ存在感の陰に隠れる。個性溢れる3人はまるで名曲のよう、イメージを膨らませて音色に乗せた。
たった一回、暇潰しで少々、体育館のグランドピアノを弾いてしまい、聞き付けた彼女にバレる。
「ウッソ、奥くん!? 音楽の先生かと思った」
「そこまで上手くないよ、姉ちゃんの真似だし。あと、お願い、黙ってて」
このまま口止めしなければ校内合唱コンクールに駆り出され、恥を掻く。過大評価されても他者との差は歴然だが、平静を装った。
「内緒にするから、私と友達になろう」
無邪気な微笑みと誘い文句を歌詞にしたい。ムギは異性の中で輝く光、きっと誰にでもこうやって気を持たせる。生まれつきの〈陽〉、主に体育で活躍して黄色い声が上がるゾノとて、グループに入れば僕も、ここへ特殊なアーリーが加わり、
「バンドマン? いや、アイドルみたいだよね、あれ。ファンがいる感じ。そもそも、ただの中学生でしょ。理想押し付けられて、疲れないのかな」
危うくテンポを速めるところで、よくぞ言ってくれた。多少、浮いた彼とは分かり合える。
家にあった図鑑を広げて楽しみ、天体観測に憧れ、テストの点数を競い、〈指揮者向き〉ではないのに頼まれて断れず立候補、支持を得て、決まってしまった生徒会の仕事さえ、美しい思い出として残った。
但し、それはメンバーの色恋沙汰までの話。
「好きじゃなくても付き合ってばっかで、『つい手出しちゃいました』? ゾノ、もうやめろ。ふざけんなよ。ムギと元カノ達の気持ち考えて」
「はいはい、反省します」
最終的には〈方向性の違いで解散〉、僕の青春はこんなもの。
今や親孝行をすべく市役所に勤める。亡きロックスターの年齢、堅実な貯金額、だらだらと半同棲、恋人からは結婚を迫られていた。
式に招待された日、「我慢の限界」「さっさと別れるか結論を出せ」と怒鳴られ、いまいち踏み切れない原因は、どこかの男と天秤に掛ける、メッセージアプリでのやり取り。
スマートフォンを握り締める彼女には目を瞑ってプロポーズ、幸せな家庭を築く程、鈍感なら。
「あーあ、私名義も外れたよ。一般発売しかない。絶対行きたいね、ライブ」
流れるBGM、影響を受けて聴くようになったアーティスト、僕の首にしれっと腕を回すあなた、
「性格かな。でも奥二重で垂れた目尻、涙袋にホクロ、鼻の高さと唇の厚みも好きなの」
ん? 殆ど外見では? どうせ永遠に伴奏。
「主題歌で売れて何もかも変わった。初期の曲がセトリに入んなくて、長年追っかけた方は大事にされない、みたいな。ヤダ、そろそろ離れるべきだよね」
現在進行形の同じ生き物、勝手に救われて、見捨てられる。
5文字で頬を叩かれた。
寧ろ波乱万丈、確かに。だがしかし、これまではメトロノームのつもりで、……刻んだ〈時〉に呑み込まれる。
体がふらつき、扇風機にぶつかった刹那、フリータイムのカラオケでミスマッチな映像に気を取られる、アーリーの顔が思い浮かぶ。交流が途絶えても地元へ戻ってきたことはあっという間に知れ渡った。
「そうだ、連絡しよ」
兎も角、望みをかける。
★オッくんの話でした。
作中は架空のアーティストですが『あの頃』を求めてしまう、痛いほど分かります。そして独特のイメージ映像は好きです🎤