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2018年4月の記事一覧
新宿サクラダファミリア(新宿 東京都庁第一本庁舎)【東京フォトジェニック】
東京都庁 第一本庁舎
竣工 1991年
東京都庁は工事現場界隈では「サクラダファミリア」と呼ばれるらしい。
その複雑な構造から、半永久的に補修が続けられている未完成の構造物なのだ。
数年前に出逢った工事担当者はこう呟いていた。
「シンプルなデザインにすれば良かったものを、毎年修繕費が嵩んで仕方ないらしい。まあ、俺らにとっちゃ有難いんだけれども」
1991年の竣工から間もなく30年を迎える
哀愁の鉄仮面(八重洲 新槇町ビルヂング)【東京フォトジェニック】
新槇町ビルヂング
竣工 1974年6月
東京駅八重洲北口を出て正面、鈍く光る構造物が在る。
あからさまに70sスペーシーを醸し出すこのビル、グランドピアノをモチーフにしたらしい。
確かに緩やかな側面のカーブはメロディを奏でているが、その音は冷たく、エッジの効いた印象を受ける。
小学生の頃、江戸川乱歩の「鉄仮面」を読んだ時の感覚に近い。
スペーシー。
1969年のアポロの月面着陸。そして、
戦前、コンクリ、ハードボイルド (岩本町 北原ビル)【東京フォトジェニック】
岩本町 北原ビル
竣工 1927年
サブカルチャーの聖地、秋葉原。JRの中央改札を抜け、昭和通りに沿って神田川を渡ると、一角の空気は変わる。
戦前生まれ、鉄筋コンクリート、スクラッチタイル張りのビルヂング。
1927年。竣工と同時に金融恐慌が勃発。
阿鼻叫喚である。
その後すぐに戦争に巻き込まれながらも、戦後70年を生き抜いた。
剥き出し、傷だらけのコンクリートがハードボイルドに語る、昭
青山。公団ビルヂング。(表参道 青山第一ビル)【東京フォトジェニック】
青山第一ビル
竣工 1963年
都心の一等地、北青山に堂々と構える公団アパート。
1955年。戦後の住宅不足に伴い、大量な住宅供給供給を使命として、日本住宅公団が発足。
以降2004年のUR再編に至るまで、住宅インフラを支えてきた。
こうして産まれたシンプルで無機質な公団住宅が、現在になって存在感を増している。
本来画一的で無個性だった構造物が、歳をとり、時代という個性を帯びてきたの
絶景。東京版"バベルの塔"(飯田橋)【東京フォトジェニック】
JR中央緩行線 飯田橋駅 東口改札を抜け、右に向かって歩くと現れる小規模ビル群。
陽の当たる建物は低く、陽の当たらない建物は高く、壁面が斜面になり、いつの間にか出来上がった東京版"バベルの塔"。
一見なんの変哲もない風景でありながら、全ての建物がバランスのとれた状態で共存しているあたり、尊い。
バベルの塔度 ★★★☆☆
上昇志向 ★★★☆☆
共存度 ★★★★☆
編集:望月怜史
【A
新橋ブランドの立役者(新橋駅前ビル1号館)【東京フォトジェニック】
新橋駅前ビル
竣工 1966年8月
サラリーマンの街、新橋。
JR新橋駅の改札口を汐留側にくぐると正面、目の前に入ってくるのがこのビル。
合理主義的な昭和モダニズム建築を、プンプン感じる。
なにより南側から見上げた時の対角線感(写真)が美し。
僕はこの建物の存在は間違いなく、新橋のブランディングに一役買ってたと思うのです。
「サラリーマンの街」「呑み屋の街」
高度経済成長が印象付けた"新
招き猫無限増殖 (豪徳寺)【東京フォトジェニック】
豪徳寺 招き猫
創建:1480年(文明12年)
境内に溢れる招き猫。
大きいものから小さいものまで、とにかく観光客が置いて帰るものだから無限増殖中である。
しかも、境内で売ってる同じ顔の招き猫ばかり、同じ方向を向いて並んでいるものだから、その光景は可愛いというより、狂気。
お寺の歴史は古く、世田谷城の主が叔母さん(弘徳院さん)のために建てた弘徳院が始まりらしい。
詳しくは、毎日散歩
宇宙船的ツギハギ感(多摩都市モノレール 多摩センター駅)【東京フォトジェニック】
多摩都市モノレール 多摩センター
開業:2000年1月10日
SFチックな外見が目を引く駅舎。
実は蒸気機関車の動輪をモチーフにしたものらしいです。
僕にはどうも、スタートレックのエンタープライズ号に見えて仕方ない。。
終着駅だけれども南方面にわずかに線路が続いています。
町田まで延伸する構想の名残らしい。
多摩センターから少し行った南多摩尾根幹線道路にはだだっ広い中央分離帯があ