マガジンのカバー画像

心に響きました

191
心に響いた記事を入れさせていただきました。
運営しているクリエイター

#noteでよかったこと

「書く人」は楽しさ3倍、めっちゃお得なんやで

「書く人」は楽しさ3倍、めっちゃお得なんやで

このnoteを始めて約3年半。
その前にも私は2012年からブログを書いていた。このnoteよりもっと気楽で、日記に近いもの。読者のことなどほとんど考えず、書きたいものを書くブログ。
見知らぬ人に読まれるのは構わないが、知人にはできれば本当に身近な友達だけに読んでもらいたかった。
だから、検索で引っかかることがないように、自分の素性はもちろん、記事の中で固有名詞を使うこともできるだけ避けてきた。

もっとみる
春の嵐が吹き飛ばしてゆくから、大丈夫きっと。

春の嵐が吹き飛ばしてゆくから、大丈夫きっと。

今年のドイツは春の訪れが本当に早い。

桜が知らないうちに満開を迎えていたのが3月の終わり。去年は5月中旬くらいに咲き誇っていた藤の花が、今もう盛りを過ぎようとしていて少し焦っていた。

子供達を車で学校へ送ったあと、少し寄り道して藤に会いに行くか...
あとで、夕方でもよくない?
でもせっかくの晴天の朝、少しだけやっぱり行こう!

そう決めていつも曲がる所を真っ直ぐに走った。
そこは国道沿いの私

もっとみる
【福祉講師】見えにくくて聞こえにくい私だからこそ伝えていきたい

【福祉講師】見えにくくて聞こえにくい私だからこそ伝えていきたい

大勢が集まる場は見えにくくて聞こえにくかった。

小学校・中学校・高校・大学・会社。弱視難聴でありながら、目の見える・耳の聞こえる人ばかりの環境で生きてきた。どこでも、環境整備をして、周囲に理解してもらいながら、それなりに努力して、精一杯生きてきた。結果もついてきて頑張ったと思う。

でも、どこにおいても、見えにくくて聞こえないことを痛感し、「どうしよう、今ちょっとツライな」と思う場面は多かった。

もっとみる
記憶の引き出しの中から

記憶の引き出しの中から

祖母のことを、そして彼女を巡る物語を綴りたい。

令和という元号を、初めて聞いた時に反射的に親しい気持ちがしたのは私の祖母の名前が「令子」だったから。レイコという名前はよくあるけど“令”という字は珍しいと予々思っていたので新しい年号にこの字が使われるなんて..と少しはしゃぎたい気持ちになった。

大正の終わりの方に生まれたこの祖母が他界して20年近くが経つ。
2年近く前にあるnoterさんのコメン

もっとみる
2023年のこと、そして感謝と。

2023年のこと、そして感謝と。

2023年は大きな節目の年でした。

17年間の支援の終わり

18年前にリベリアで出逢い、2006年から支援を続けていたマーサが日本の大学院を卒業することで、私にとって大きな安堵を伴う節目の年になるなぁ...と、2月くらいから漠然と、しかし強く感じていました。
卒業式の日に30歳になった彼女を、2006年初めて治療のために日本に連れてきた時、私は同じ30歳だったのでした。
この符号に、なにか運命

もっとみる
noteでよかったこと

noteでよかったこと

HSPの気質、ウツの病、ひとりの環境から、
自分で、対処できない状況は、
できるだけ避けようと、
SNSとは距離をとってきました。
ウツが、少し緩やかになってきた頃。
このままでは、暮らしていけないなぁ…
感情対感情の、リハビリをしないと…
と、思っていたところ、
今年一月にnoteに出会いました。

読むnote
書くnote
これから

読むnote

そろ〜りと始めたnote散歩。
コメント

もっとみる
noteの街へ踏み出して

noteの街へ踏み出して

#一歩踏みだした先に

noteのことをブログと言う人もいるけれど、私にとってnoteはもっと敷居が高かった。

noteに興味を持ってからずいぶん考えてやっと、思い切ってタブレットPCとペイントソフトを購入し、準備を整えてから踏み出した。

私が抱えるメンタルの病気のことを書きたかった。
今となっては趣味のことや、何でも書いているけれど。

そうしてnoteを始めて、ポツポツ記事を書く傍ら、私は

もっとみる