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小説

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日本の文壇を分断する自作の小説を披露。
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記事一覧

【小説】お信(最終・第三部)

【小説】お信(最終・第三部)

『お信』第三部

昭和六十二年、今年も彼岸を迎えたが暦に立つ秋は早く、夏の端はまだ残っていた。

熱海行き当日の朝。お信はフラフープで遊んでいた。腰をくねらせながら器用にフラフープを回すその姿を小猫が物珍しそうに眺めている。
「お信。そろそろ出掛けましょう。」
居間にいた継母がそう声を掛けると、お信は「うん。」と頷いてフラフープを納屋に戻し、庭からこちらへやって来た。
「で、お信。支度はできてるの

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【小説】お信(第二部)

【小説】お信(第二部)

『お信』第二部

翌朝。お信が目を覚ますと六時であった。
お信の普段が今日も始まる。

お信は布団からのそのそと這い出て眠い目を擦りつつ雨戸を開けると、部屋中に朝日が差し込んだ。それに気づいた小猫も起き上がり庭へ駆けて行けば、その後ろを親猫もそろそろと追いかけていく。

簡単に顔を洗い終えたお信は庭から表玄関へまわって、格子戸に挟まれていた朝刊を抜き取り、そこで大きな伸びをした。
玄関の軒に掛けた

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【小説】お信(第一部)

【小説】お信(第一部)

『お信』第一部

「モイスチャーってなあに?」

長い人生、このような質問を受ける可能性は誰にだってある。
お信はモイスチャーの意味をまったく知らなかったから、もしこの先「ねえねえ、お信ちゃん。モイスチャーってなあに?」と友達に尋ねられた場合、返す言葉を持ち合わせていなかった。

昭和六十二年。残暑も風が通り抜ければ多少は涼しい。お信は先程からここに腰を掛けて軒に吊った風鈴を眺めていた。しかしどこ

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【小説】おこよゆったん霊園の三味

【小説】おこよゆったん霊園の三味

私はペット霊園に勤めるペット葬祭業者である。

ペット葬祭業といってもあまり耳慣れないかもしれないが、これはヒトではなくペット専門の葬儀屋と捉えていただいて何ら差し支えは無く、仕事内容からしてヒトのそれである。まずは依頼主、つまりペットの飼主から連絡を受けたらすぐに葬儀プランの相談と日程の調整を行い、飼い主のご要望通りに葬儀、火葬、そして骨を納めて供養したら最後に料金を精算して終了という流れの至っ

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【小説】鷹匠五郎深山隠れ(後編)

【小説】鷹匠五郎深山隠れ(後編)

昔、「シモンズ」という名の女性フォークデュオが、〽恋人もいないのに 薔薇の花束抱いて いそいそ出かけて 行きました、と歌っていましたが、私が置かれた今の状況もシモンズの歌と同様、鷹もいないのに鷹狩りに出発しようだなんてとんだお笑い種ではないでしょうか。といって自嘲している場合でもありません。鷹を持っていないという問題は大した障害ではなく、何かしらの手段で鷹を調達すれば一気に解決します。私は山を下り

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【小説】鷹匠五郎深山隠れ(前編)

【小説】鷹匠五郎深山隠れ(前編)

私は鷹匠を生業として日々生活を送っています。

私の住む山形県の泥沢という集落は、農作物を育てるための耕地面積も無ければ、日照時間も短く、作物栽培に不向きな土地ですから専ら「猟」によって生計を立てる他はありません。そのため、私は鷹を使って雪山に棲む動物を捕らえ、その肉や毛皮を売ることで収入を得ています。しかしそれは私一人がやっと生活していけるだけの微々たる収入にしかならず、日々貧苦にあえいでいます

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【小説】青木の炭吹雪

【小説】青木の炭吹雪

今朝、郵便受けを開くと朝刊のほかに私宛の封筒が投函されていた。
差出人に住所の記載はなく「青木太郎」とだけ書かれていたが心当たりは無い。とりあえず私は封筒の中の便箋を開いた。

*前田花子 様

拝啓 この度は突然のお手紙となり大変恐縮です。青木太郎と申します。

あなたが私を存じ上げないことは承知の上でお手紙を差し上げております。
実は取り急ぎ、あなたに申し上げなければならないことがあるからです

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【小説】雪栄さん、戻って来て。

【小説】雪栄さん、戻って来て。

「雪栄さん、戻って来て。」
この張り紙を見た私は思わず立ち止まってしまった。これを貼ったのは確実にあの男だろう。あいつがこの私、雪栄を探している。あの男にまつわる苦い記憶が蘇ってくる——





そこから半年が経った今日、あの男が張り紙までして私の事を探しているという。にしてもここに張り紙があるという状況を踏まえると、男がこの近くを探していたということであり、いやむしろ今も男が私を探している

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