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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#罪悪感

香山の13「夏の魔物 Ⅰ」(20)

 私は、お宮の話を聞きながら、自分が依頼されて、直接ではないにせよ殺害した女性Kのことを思い出していた。依頼に従い、明が彼女を絞殺したことは知っていた。その事実は、ニュースで確かめた。
『今日午前二時ごろ、福岡市内の宿泊施設にて、女性の遺体が発見されました。女性の身元は、現場から遺留品が持ち去られていたために、未だ明らかになっていません。なお、福岡県警は、金品を目的とした強盗殺人とみて捜査を進めて

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明の14「積木遊び」(31)

 私は、肉体にとどまらぬ人の殺意を未だかつて見たことがなかった。あの拳は、確実に私を殺すつもりだったのか、いいや違う。彼の発言からも明らかなように、彼は私を殺すつもりなんぞ毛頭なかったのだ。彼は私の手で殺されることを拒み、自殺によって私から永遠に雪辱を奪ったのだ。あの拳に殺意があったようには思えない。死とは永続性をもつ概念であることを、私は心底味わされたのだ。果たして自分にそんなことが可能とは、思

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香山の14「仮想化」(32)

 明がお宮を連れて出ていった。ドアを閉める音がして、私は一人ぼっちになった。何となく、私はドアの淵を撫で、ざらつく素材が指に与える感覚を楽しみ、やがて私は退屈した。
 頭の中に、キャバクラの店内が映し出された。隣に座る嶋が笑っていた。過去を想起しているのだと気づき、彼の笑いの前の発言を私は思い出した。
「俺も含めて、この世の中は実に吐き気のするほど穢れた人間どもであふれていると思っている。みんな、

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香山の15「輪廻」(33)

 では死ぬのか? あの一種の臨死体験の際に見えた死には、確かに万物に絶対的優位を見せつける美しさがあった。今一度苦痛に伴われる死を眼前に置けば、再びあの美のシャワーをかぶり、そして私は、免罪を得て永遠に旅立つのではないだろうか? しかし、ここで、私は自身の死は遁走だという、反対の観念を得た。他人に負わせた傷と自身の負った傷の両方を私は抱擁し、癒さねばならないのではないだろうか? 私が死ねば、私の将

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香山の16「ここでキスして。Ⅰ」(34)

 ふと私は、助手席に気配を感じた。車には一人ぼっちのはずだった。すなわち、私はその気配を無視しようとした。しかし、のっぴきならぬ心地がして、念のために左へ顔を向けた。

 女が座っていた。Kだった。遠くから見つけて、写真を撮った、あの女に相違なかった。彼女は、下を向いて座っていた。白いブラウスを着て、黒い短めのスカートを履いている。濃い色の苺を思わせる口紅は、少しの冒険心を表すような風情で、大変に

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香山の17「ここでキスして。Ⅱ」(35)

「『どうして泣いているんだい』
 俺は分かっていた。でも、違うと願いながら尋ねた。
『あんたのせいやろ、嘘ついて、お客さん入れて、あたしどんだけ暴言吐かれながらやったと思いようと? 何で、あたしだって自分がかわいいなんて思い上がっとらんし、周りの人の反応を見ればどげん風にみんながあたしに腹の中で評価を下してるかぐらい、見透かしとう。あたしせめて会話ぐらいは一流にしようと、頑張りよったんに。大体から

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香山の19 「ここでキスして。Ⅳ」 (37)

「冥土産の、冥土の土産よ。自分の身を守るためにそのコルトガバメントがあるんでしょうに。このまま苦痛に耐えられると思って? 悔い改めても無駄だからね。人を殺して利潤を創出して、そんな人間に幸せになる権利はないわ。もうあなたは限界よ。早く死んだ方が無難だわ、そうね、あなたの言葉を借りれば、『合理的』よ。思い出して、あなたが見た死は、美しい観念のはずよ……」
 彼女は私の左側に座っているはずなのに、右耳

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香山の20 「同じ夜」 (38)

 私達は例の貸倉庫へ戻った。再びお宮を縛り付け、これからどうするのかを考えるのだ。車を停め、鍵を引き抜いた。引き抜いたその鍵を握り、私はしばらく何もせずに座っていた。
 考えようとしても、何も考えることができない。私は、ただひたすらに黙り、明もそうしていた。明には明なりに何かがあったのだろうと思うが、そこで思考の道は途切れた。続いて、タコメーターが目に入った。クラッチをつなぐとき、これを目にするよ

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香山の21「君が思い出になる前に」(39)

「……間抜けみたいな、空のペットボトルをぶっ叩いたみたいな喋り方をしなさんな。お前は狂気を持っていない。社会から外れてそれでも笑うのは、狂気の沙汰なのだ。すなわち、あんたはここにいることが可能でない人間だ。しかし俺も馬鹿ではない。俺の次の質問に納得する受け答えができたなら俺の過誤を認めよう。なんの間違いで請負殺人をはじめようなんて大それた計画を企てた」
「効率がいい」
「それは、本の、音かね」

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香山の24「魔法のコトバ」(42)

 宝くじで千円当たったり、新しく交際相手が見つかって幸福を感じても、そのたびにその、殺された家族が私の前に現れては、「いい気になるんじゃないよ」と口をそろえて言うのだ。ちょうど先ほどのKのように。
 人類がいがみ合うすべての諸悪の原因が自分であるかのように思えた。私がこんな仕事をしなければ、こんな汚い人間でなければ、とそのたびに自分への嫌悪を烈火へ注ぎ込んだ。
 仕事を終えた自分を思い出し、自分の

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