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小説

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第二回「絵から小説」:B 『花弁の城』

第二回「絵から小説」:B 『花弁の城』

またまた参加させていただきます。

築き上げられた花弁の城は、四月の香りを多分に含んだそよ風に撫でられながらも、君の足元に毅然とそびえていた。足元に広がる無数のなりそこないたちが、城に羨望の眼差しを向けているようだった。七歳の子供が持てるすべてを使って作り上げたその城に、僕は君の強さを見出していたのかもしれない。
城は崩れた。自分を作り上げてくれた主に、喜びと感謝の意を込めて、その姿を誇らしげに披

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第二回「絵から小説」:A 長編『タイダルリバー』

第二回「絵から小説」:A 長編『タイダルリバー』

清世さんの企画『第二回絵から小説』に参加させていただきました。

※注意※
この作品は過激な性的・暴力的描写を含みます。また、非常に不快かつ残虐な描写が存在します。そういった描写が苦手な方はご注意、またはご遠慮ください。

「わが心狂ひ得ぬこそ悲しけれ狂へと責むる鞭をながめて」
夢野久作 『猟奇歌』より





磯の香りにまじる、硫黄のような刺激を伴ったきつい香りが鼻をつく。強力な流れが川面

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桜流し

「あなたへの好きをとっておくことなんて、できないから」

涙香(るいか)はそういって、寂しそうに笑った。
鼻をつく春の風は、甘ったるくて切なくて。
桜流しで湿ったアスファルト。遠くから聞こえる、電車の音。
逃げ出したいと切に願っていたこの町が、今日はなんだか少しだけ、愛おしく感じた。

「私が好きなもの先に食べるタイプだって、糸雨(しう)は知ってるでしょ?」

地面を弄ぶ、涙香の白茶けたコンバース

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like…

「それでも結局、もっと大事などこかの部分を間違えてしまいそうだ。でも、そこのところは勘弁してほしい。僕の友達は、説明というものを一度もしてくれなかったのだから。たぶん、僕も自分と同じだと思ったのだろう。けれど僕は、木箱の中のヒツジを見ることはできない。たぶん、僕はもう、おとなたちと多少同じなのだろう。いつのまにか僕も、年をとってしまったにちがいない」

サン・デグジュペリ『星の王子様』(河野万里子

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【絵から小説】輪郭

【絵から小説】輪郭

こちらの作品は、清世@会いに行く画家様の企画「絵から小説」に参加しております。

私の輪郭は酷く曖昧でつかみどころがない。だから常に他人の輪郭と混ざり合って、うっかりすると完全に溶け合ってしまいそうで。そうなったらいよいよ私という存在はこの世から消えてしまうと思うから、だからなんとか踏ん張って私らしさにしがみつこうと思ってみるけど、私らしさなんてそもそも持ち合わせてないようで。でもそんなこと認めて

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三千世界の私を殺して

海辺を逍遥している時だった。久しぶりに匂いを感じた。日焼け止めと、乾いた塩の香り。それが嬉しくて、十一個目のピアスを外して飲み下した。月のない星空。真っ暗な砂浜。数メートル先にぼんやりと佇む影を見た。K君の幽霊だと思った。月世界に行ってしまったK君を想い、もう少しでコンバースに触れる距離にうち寄せる波に一歩足を踏み入れた。海は海であることを強要されていた。私であろうとしたゆえに味わった苦しみを思い

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機械人形の贖罪

錯雑としたおもちゃ箱をひっくり返したような町並みを抜け、砂浜に出た。乳白色の月明かりが照らすのっぺりとした海面。緩やかな波が慎ましく白浜を濡らす。高密度のかき氷みたいな砂の上を歩くたび、ぎゅっ、ぎゅっと音がした。侘しさすら感じなくなった僕は、海と浜の境界をおぼつかない足取りで進む。遠くにぼんやりとうかぶ小さな漁港は心許ない灯りのもと、ぽっかりとあけた口を静かな海に向けていた。随分まえに通り過ぎた居

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着せ替え人形の彷徨

朝まだきの往還は、奥ゆかしい静けさに包まれていた。しとどなアスファルトから立ち込める独特の香りが鼻腔をくすぐる。浅春の冷たい風が前髪をゆらすたびにおでこに感じるくすぐったさになんとも言えない切なさを覚えた。肺腑にたまったどうしようもない侘しさも、この穏やかな静寂にひたされるうちに溶解していくようだった。と、後ろから荒々しく風を切る車の音が聞こえてきた。すっかり現実に引き戻されてしまった私は憮然と背

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【絵から小説】つないで

【絵から小説】つないで

こちらの作品は、清世@会いに行く画家様の企画「絵から小説」に参加しています。

もう10年以上も前の話なんだけどね。
私昔から色々あって、高校生の頃にはもう人とか人生に興味っていうか、愛着っていうのか、そういうのがまったくなくなってたの。生きるのが嫌で仕方なかったけど、死ぬのも嫌。そんなだから何してても中途半端で味気なくてね。
ほら、手首のこの薄い傷跡。いっぱいあるでしょ?これはあの頃に自分でやっ

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夏祭り 上

湿り気を帯びた生暖かい夜空に、三色の火花が舞い散る。周りの観客たちから歓声が上がる。蒸し暑いせいか、観客たちの歓声もどことなくやる気のないような印象を帯びている。
「おお。はーと」
隣で阿賀野さんが気のない歓声を上げる。立て続けに花火が上がり、その光に照らされた阿賀野さんや他の観客たちの顔は興奮しているように見え、だから余計に彼女達からあがる気の抜けた歓声が少しおかしかった。
周りの観客のほとんど

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夏祭り 下

私に声をかけてきたのは、阿賀野さんだった。信じられなかったのも無理はない。阿賀野さんの声は知っていても、その声が私に向かってかけられる言葉を発したことは一度だってなかったし、これからもないと思っていたから。それに一切の接点のない阿賀野さんが、私の名前を知ってること自体、意味が分からなかった。阿賀野さんは私に声をかけたあと、不思議そうな顔をしながら私の事を見つめていた。
「あ、あの、どうして?」

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教室

秋の西日は、肌を刺すように強烈な夏のそれとは違って、小さなころ幼馴染のお姉さんに頭を撫でられた時みたいに、ちょっとこそばゆいような優しさをはらんでいて。だから私は、この時期の西日が差し込む放課後の教室が好きだ。こうして人がいなくなるまで荷物をまとめるふりをして適当にやり過ごす。そうしているうちに人がいなくなった教室の、開いた窓から流れる風が鼻先をかすめて、夏の香りをちょっとだけ残しつつも、確実に冬

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ばいばいロージャ

『罪と罰』が好きだと言った僕を、ピュアだねと彼女は笑った。ビルが崩れる三日前のことだった。子供は大人の事情に左右されると言うけれど、僕らは案外そんなこと気にしてない。そもそもあいつらのことなんて眼中にない。どうせ僕らの方が、長く生きる。僕らは、淘汰する側の人間なのだから。ミサイルを食らったビルは瞬く間に崩れてしまったけれど、その瓦礫の上では今日も子供がダンスする。正義のために勝つんじゃない。正義に

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大切な曲 掌編

切りあった手首から溢れ出したのは、それまで味わったことのない優しさだった。
僕は二人の傷口から溢れる優しさを見つめながら、それまで自分を取り囲んでいた張り詰めた空気が、柔らかみのあるものに変わっていくのを感じていた。それは決して僕に気を許そうとはしなかったのに、今は温かく僕を包み込んでいる。
ふと彼女の顔を見ると、僕には一度も見せたことのない、とても満たされた表情をしていた。彼女はまるで、子宮の中

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