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【絵から小説】輪郭


こちらの作品は、清世@会いに行く画家様の企画「絵から小説」に参加しております。



私の輪郭は酷く曖昧でつかみどころがない。だから常に他人の輪郭と混ざり合って、うっかりすると完全に溶け合ってしまいそうで。そうなったらいよいよ私という存在はこの世から消えてしまうと思うから、だからなんとか踏ん張って私らしさにしがみつこうと思ってみるけど、私らしさなんてそもそも持ち合わせてないようで。でもそんなこと認めてしまったらいよいよ終わりだからと、私は私から目を背け続けて過ごしてきた。

中二の時、クラスメイト達から逸脱しないためだけに、ある男の子のことを好きなふりしてた。彼はルックスも普通で、友達の数も普通、勉強は中の上くらいで、運動神経も同じくらい。誰にも角を立てず、かつ所属してたグループ内での立場を守りたかった私にとって、彼はとても好都合な存在だった。
私の「ふり」は小さい頃から始まってた。お母さんを怒らせないための熱心なカトリック教徒の子供のふり。私や母親に見向きもしないお父さんと、父親の存在に触れるだけで機嫌が悪くなる母親の不穏な空気に気付かず無邪気に生きる子供のふり。クラスのグループの輪に入るために全然面白くない流行りのテレビを楽しむ子供のふり。ふりふりふり。全部、人に嫌われないためだった。人に怒られないためだった。人の輪に入るためだった。それだけのために、私は人生の全てをかけてきた。そうするうちに私の顔にはお追従笑いが張り付いて、いつもにこにこしてていい子だね、なんていわれるようになった。その場の人間がその時に行ってほしいことだけを瞬時に返すことが出来るようにもなった。自分がそう思っていなくても、いくら相手の意見に反対でも、すぐさま相手が言ってほしい言葉を返すことができるようになった。そうすると、ゆうちゃんはいつも優しいよねなんて言われるようになった。周りが聞いてる音楽を聴いて、周りが見てるドラマを見て、私という人間の輪郭を極限まで曖昧にしてきた。
彼を好きなふりをしたのも、その一環。大体私は、男の子に対して恋愛感情みたいなものを抱いたことがなかった。私の胸が締め付けられたり、触れてみたいと思ったり、キスしてみたいとか裸を見てみたいって思える対象は、いつだって女の子だった。彼の事を好きなふりをしてる時期だって、りこっていうれっきとした好きな子がいた。でも私に逸脱は許されなかった。母親は厳格すぎるカトリック教徒で、いまじゃカトリック内にだって多様性を認めてる人たちもいるのに、母親は有名人が同性愛をカミングアウトしたり、テレビにゲイのタレントが出てくるたびに嫌悪感ばちばちにまき散らしてことごとく罵声を浴びせるような人で、LGBTの話題が出るだけでゲボする真似までして、ほんと糞みたいな女だった。大体、私が門限を一分でも守らなかっただけでヒステリー起こして、手につかめるものなら何でも投げつけて、そうして投げるものがなくなったら自分が疲れて腰が抜けるまで私を殴り続けるような母親だ。もし私が女の子が好きですなんてカミングアウトしたらいよいよ終末のラッパ吹かれたレベルの大騒ぎになるにきまってる。男の子ですら、一緒に帰ってたってだけの理由でその子の家に殴り込みに行ったりするくらいだ。そんな母親の奇行のせいで、私は学校内でもかなり危うい立ち位置にいた。だからクラスメイト達にカミングアウトすることだって到底できない。でも私のいたグループの子たちは皆誰かしら好きな人がいて、みおちゃんなんか彼氏までいて、好きな人がいることが必須のステータスになってて、だから不本意ながら急きょ同棲の好きな人を探した。中学生が自分の触れられたくない部分をごまかすのに、恋愛の話題ほど効果的なものはなかった。仲のいいグループの誰とも被らず、かつ私が逸脱していないことをアピールできる相手。カーストが低すぎてもダメ、高すぎて身の丈に合わない人もだめ。だからことちゃんの好きな人と仲のいい彼を選んだ。こんな風に狭い世界の価値観だけで他人を品定めするやり方気色悪いし、大体私がクラスで三番目くらいのカーストにいたグループに所属できてたこと自体、不思議でなんない。私はクラスのカーストとか気にせずに我が道を行ってたりこみたいな子たちに心底憧れてた。ずっと面倒なカースト制を馬鹿にしながら、見下しながらも、結局私は誰よりもカーストにこだわって、そんなつまらないものにしがみついてきた。本当は、りこを好きだと言いたかった。カーストなんか気にせず、自由な学校生活を送りたかった。いまさら嘆いても、意味ないんだけどね。
彼のことは好きでも何でもなかったけど、彼に一度だけ興味を持ったことがあった。彼に、と言うよりは彼が読んでた小説に。普段読書なんてするタイプじゃない彼が、一度だけ、すごく真面目な顔で休み時間中に本を読んでた。小学校から知ってる子だったから、急にどうしたなんて思ってこっそり表紙を見たら、太宰の『グッド・バイ』だった。あんまり真剣に彼が読んでるから、何となく読みたくなって、図書室で同じ文庫本を借りて読んでみたことがあった。
『渡り鳥』って短編があった。他の短編はあんまりおもしろくなくて、しかも読みにくい。だからぱらぱら流し読みして、そうして内容なんてほとんど頭に残らなかったけど、なぜか『渡り鳥』だけは読もうと思って読み進めて、結局最後までよんでしまった。わたしの事だと思ったから。主人公は誰にでも調子を合わせて、裏では相手のことを悪く思ってるくせにその人の意見にへらへら笑って同意して、おだてておだててこびうって。ベートーヴェンを聞けばベートーヴェン、モーツァルトをきけばモーツァルト。最初は主人公にイライラしてたけど、そう言えばどこかで見たことあるななんて思って、それが自分だった。情けない。
結局彼の事を好きになるなんてことはなく、でも彼の事を好きだなんて噂がりこにも知られてたみたいで、私は死ぬほどショックであんまり仲良くもなかったりこに謎の弁明みたいなわけわかんないことしちゃって、でもりこはそんなこと興味もなかったみたいで、かってに一人でショック受けて、そのまま中学を卒業した。そうして後に残ったのは、太宰から突きつけられた私自身の情けなさと、自分がすでに本当の自分を失っているんだって事実だけだった。

隣で眠る桃香の肌には、まだキャスターの香りがほんのり残ってる。青白い月明かりに照らされた桃香の肌は、透き通るようで、ほのかに輝いていて。
高校を卒業して、私はあの家からも町からも逃げ出した。新しい町で、なくした私を取り戻す予定だった。でも目の前に広大な自由が広がったこの町で私に突きつけられたのは、すでに私が自由を謳歌できるほどの気力も好奇心もなくしてしまっているって最低の事実だった。私は、人間や人生に対する最低限の興味すら失ってた。
それから何年も経って、私は桃香に出会った。桃香は、私がなくした気力を、人に対する興味を、全部取り戻してくれた。でも桃香を好きになった私は、昔と同じ過ちを繰り返した。桃香は本当にまっすぐで、ちゃんと自分を持ってて、自分が違うと思ったことははっきり違うと言える子だった。自分がレズだってことを自信を持って公表してたし、好きな女の子のタイプも話してくれた。だから私は、桃香が好きになってくれそうな女の子を演じた。自分の過去も本心も、全部隠した。そうしてようやく私は気づいた。誰かに嫌われるのが嫌で、ひたすら誰にも嫌われないようにしてる私こそが、本当の私だって。そんな自分が嫌いだから、本来の私はこんなのじゃないって自分に言い聞かせてただけなんだって。ほんと、馬鹿らしい。
それでも私は桃香に好きになって欲しくて、演じ続けた。そうして私たちは付き合って、セックスして。でも桃香に愛の言葉をかけられればかけられるほど、肌を重ねれば重ねるほど、その真っ直ぐな温かさは私の孤独を、後ろめたさを強くするだけで。もう全部桃香に吐き出したくて、でも怖くて怖くてしかたなくて。
ねえ桃香、本当の私を知っても、桃香は私を好きって言ってくれるかな。こんな情けない、面白みのない私を、好きって言ってくれるかな。
ふと、桃香が微笑んだような気がした。それは、全てを知ってるような、そんな微笑みに思えた。でもこれは、わたしがそう思いたくて、だからそう見えただけなんだと思う。
穏やかに眠る桃香の腕に顔をうずめると、桃香の激しいくらいの温かさが伝わってきて。これまでの私の話、いつか桃香にすることが出来るかもしれない。罪の意識に耐えられなくなった私が、桃香の元から逃げるかもしれない。それでも、今はただ、好きな人の腕のぬくもりの中で眠りたいと思った。私が初めて手に入れた、安心して眠ることの出来るぬくもりの中で。


規定の文字数600字ほどオーバーしちゃったので投稿しようかどうか迷ったんですが、清世さんの絵からインスピレーション受けて書かせていただいた作品だったので一応投稿だけさせていただきます。
素晴らしい企画をありがとうございました!

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