like…

「それでも結局、もっと大事などこかの部分を間違えてしまいそうだ。でも、そこのところは勘弁してほしい。僕の友達は、説明というものを一度もしてくれなかったのだから。たぶん、僕も自分と同じだと思ったのだろう。けれど僕は、木箱の中のヒツジを見ることはできない。たぶん、僕はもう、おとなたちと多少同じなのだろう。いつのまにか僕も、年をとってしまったにちがいない」

サン・デグジュペリ『星の王子様』(河野万里子訳)より

知恵の実を吐き出せば、私はまた、空に戻れるかな。
目を細めてそうつぶやいた君の声音に、僕は少しだけ罪悪感を覚えた。神様のまねごとをするつもりはなかった。ただ君に、大切な何かを知ってほしかった。持ってほしかった。吐こうと思えばいつだって吐くことの出来るそれを、君は飲みこみ続けてる。そうすることでしか近づけない、僕の為に。僕の為?誰のため?君は、何を知りたい?
空は低く、薄暗い。迫る朝は、匂いで感じる。水平線は曖昧で、波は怖いくらいに穏やかだ。
『空と私の境界は、曖昧なの。私はどこまでも空に近く、空はどこまでも私に近い』
空から君を引きずり降ろしたことを、僕は後悔するべきなのかな。
空は低く、雲はない。だから余計に、どこからが水平線なのか、朝日が昇るまで、僕はきっとわからない。


キラッと光ったそれは、雲一つない青空に、真白でか細い尻尾を真っ直ぐに引いて行く。それは僕らの頭上をあっという間に通り越し、どこまでもどこまでも伸びていく。ちょっと遅れて、耳なじみのある轟音が、辺り一帯を心地よく包み込む。あまりに高いから、ありえない。でも僕の鼻先を確かに、ジェット燃料のなつかしい香りがかすめていった。気がした。
セブンの加速は好調で、隣の君は眠たげだ。目いっぱいに踏み込むアクセルと、控えめに流れる『StopWhispering』。どこまでも続く二車線に、ぐんぐん流れる街路樹と、左に広がる広い海。手のひらに伝わる古びた振動をなでながら、決して眠ることのない君を見る。君は今どんな気持ちで、眠たげな表情を作っているのかな。
ちょっぴり窓を開けてみる。湿った夏の匂いが押しかけてきて、充満していた甘ったる香りは瞬く間に散ってしまった。なだれ込む風に髪を弄ばれながら、僕は昔の複葉機パイロットたちに思いをはせた。セブンの加速は好調で、耳をきる風の音は心地よかった。このままアクセルを踏み続ければ、いつかは空を飛べるかな。

ドライブインなんて呼び方するには、余りにもあか抜けない建物の前に、僕は車を停めた。エンジンを切って外に出る。コンクリートの感触を、僕は意識しようは思わない。君はそれをもったいないというけれど、なにせ僕は地上生まれ地上育ちの人間で、舗装された道路にありつけるくらいには恵まれた環境で育ってしまった。飛ばし過ぎたせいか、セブンのエンジンはチチチと鳴いている。
「ちょうちょ」
子供みたいな呼び方と、大人みたいな君の声。
「蛾だよ」
「どう違うの」
「人気者と、嫌われ者?」
「じゃあこれは、嫌われ者?」
「うん」
「じゃあホウタの腕のそれは、嫌われ者?」
ちらと自分のタトゥーを見る。この蛾を入れたのに、大した意味はなかった。入れてくれた彫り師には、好きな映画で、生まれ変わりの意味を持つとかなんとか聞いたから、なんて言ったっけ。安直で、薄っぺら。
「僕は好きだよ。嫌われ者が悪いやつとは限らない」
理由なんて、大体こんなもの。後から勝手に付け足して、場面場面で姿を変える。都合がよくて、中身はない。
「じゃあ、人気者がいいやつとも限らない?」
「だね」
「なんだかホウタみたいだね」
それは違うよ、と言いかけて口をつぐむ。僕は、いい人なんかじゃない。君をこんな風にしたのも、僕たちがここにいるのも、僕の身勝手さが招いた結果だから。
センサーは当の昔に役目を忘れてしまったみたいで、大きく張られた『手動』の張り紙に従って、重たいドアを左によける。来店を知らせるブザーが鳴って、君はくすっと笑った。それが僕には嬉しかった。
店内は意外と明るく、予想通りに埃っぽかった。昔はお土産やら特産品の野菜やらを並べていたであろう棚には何もなく、店の奥の方にある冷蔵庫だけが仕事をしていた。適当なジュースを手に取り、レジに向かう。よくわからないべたべたで汚れたタッチパネルを操作して、会計を済ませる。出口に向かう途中、しゃがみこむ君を見つけた。
「どした?」
「寂しくないのかな?」
君の視線の先には、薄汚れた清掃用ドローン。
「レイカと違って、心がないから」
「でも私は、この子と同じ」
「同じじゃないよ」
「ホウタとも、同じじゃない」
聞こえなかったふりをして、車に向かう。君はまだ、出てこない。ポケットに手を突っ込んで、煙草を探す。底にたまった煙草の葉が爪の中に入り込む。箱を取り出し、煙草を抜き取る。火をつける。メンソールは好きじゃない。けれど、あいにく前によったコンビニにはメンソールしか置いてなかった。そういえばここにはキャスターがあるだろうか。戻ろうと一瞬思い、すぐにどうでもよくなった。君はまだ、店から出てこない。足元のアスファルトはひびだらけで、そこら中から草が生えてきている。花はひとつも、見つからなかった。

小さい頃に観たドラマか何かで、逃亡者は北に逃げるのが決まりだ、なんて言っていたのを思い出した。なんで北に逃げるのか、僕は知らない。そのドラマがどんなものだったのかも、思い出せない。とても古いものだったのだけは、覚えている。ひび割れボロボロになった案内板。青森市の表示。僕はハンドルを切る。意識したわけじゃない。ただ、北にはもう人がいないから。それだけのこと。僕たちはアダムとイブにはなれない。今の君には林檎が必要だ。僕が君に与えたそれより、もっと神秘的で想像しがたい力を持ったそれが。
紫色の空は、遠かった。窓外に立ち並ぶPBSのロゴが入った銀色の建物のせいだろう。役割を失った料金所を横目に高速を降りる。高架下をしばらく走る。橋脚はくすんでいて、所々ひびが入っている。右に曲がり、国道4号線に入る。暗記したルート通り、順調に進んでいる。進んでいる。どこへ。何のために。どうでもいいや。どこもかしこも道路は同じ。関東圏をひとたび抜ければ、ひび割れ道路と、さびた標識。折れたポールに、曲がったガードレール。窓外いっぱいに広がった穀倉地帯。オルタナティブ・オーツ。僕らが口にする全てのものの原料。等間隔で窓にかかる水滴と、ふわっと香る薬品の香り。無駄に広い道路には、僕らの影しか映らない。窓から出した指先に、君は『冷たい』をかんじるの?
キラッと空で輝く機影。昼と夜が溶けあった空の色。窓を全開に開けてみる。顔にかかる水しぶきが心地よく、でも植物の香りはしなかった。耳を澄ませる。聞きなれたエンジン音。僕らの基地にも何機かいたやつ。隣の格納庫の、いけ好かないやつら。
「彩雲だね。42型かな」
「我ニ追イツク敵機ナシ」
「それはあの子の先輩さ」
君はちょっと目をまるくする。驚いた、と言いたいらしい。
「理由をきけ、と?」
君は首を縦に振る。
「あの子とのことを、君たち、って言わなかったから?」
君は少し目を細めてうなずく。
「君とあの子は違うだろ」
「それは私がType―Rだから?」
「違うよ。Type―RもType―Sも、おおもとは同じさ」
「じゃあなんで?」
「君がレイカだから、かな」
君はにっこり笑う。よくできしましたってことだろうか。
「あなたは私から、私を引きはがそうとしてる」
「責任は、取るつもりだよ?」
「誰に、何のために?」
「多分、僕の為かな」
君は再び、にっこり笑う。たいへんよくできました、だろうか。
「撃って来るかな」
「来ないと思うよ」
「ホウタが大事?」
「僕の代わりはいくらでもいるよ」
「じゃあ、なんで?」
「レイカが大事だから」
「私だって、代わりがいるもの。あ、代わりっていうか、本人か」
「レイカは特別だよ」
「私は、いいバグ?」
「バグ、ね…」
いつのまにやら『彩雲』はどこかへ消えていて、空はすっかり夜の色だった。僕が君を連れだした時点で、僕の死は決まっている。だからせめて、焦らせないよう、北へ来た。そうすれば、僕が君を誰かに売り渡そうなんて下劣なことを考えていないこともわかってもらえるかもしれない。せめてもの時間稼ぎ。君が大切な何かを知るまでの、ほんの少しの時間稼ぎ。

何週目かの『ThinkingAboutYou』が流れ始めて、ようやく僕は車を停めた。もう当の昔に忘れ去られた山道を進んだ先、旧青森市の穀倉地帯を一望できるこの山の山頂付近、忘れ去られた観光ホテル。その駐車場。夏だというのに、少し寒い。ドアに近づくと、意外にも扉は勝手に開いた。人工的な光に包まれたロビー。無駄のない、味もしない普通のカウンター。まっすぐ入り口を見据えている接客用アンドロイド。真っ白な肌と、張り付いた笑顔。空調が物静かに息をして、ロビーのテレビは館内案内を繰り返す。since2042の装飾。きっとできてすぐ、ここの時間は止まった。なんて無計画な建設だ。埃はひとつもなかった。清掃ドローンはしっかり仕事をしているらしくて、だからこそ余計に、ホテルを包む寂しさに拍車をかけている。
「いらっしゃいませ、ご予約は」
「予約はない」
「かしこまりました。では、402号室へのご案内になります」
見たところホテルは6階建て。誰もいないこのホテルで、彼女はどうして402を?まあ、どうでもいいことだけど。
「レイカ、お願いしていいかな」
「Type―Rは電子戦にも強いのです」
「別にこれくらいなら、他の機体だって」
ぶー、と君は頬を膨らませる。
「ごめんごめん」
軽快な決済音。どこかの誰かかの口座から消えた6000円。罪悪感は、微塵もない。取り出し口から出て来たカードキーを手に取り、エレベーターを目で探す。と…
「君は、この町が好きかな?」
突然かけられた見知らぬ声に、肩が震える。咄嗟に声の方へ向き直ると同時、腰の後ろに右手を回す。ベレッタの冷たい感触。スーツを着た、恰幅のいい男。歳は60ぐらいか。でも、若々しい。白髪は多いけど、申し分のない毛量と、ちょっと笑ってしまいそうになるほどの、肌つやのよさ。
「はは、驚かせてすまなかった。詮索はしないよ」
そう言って彼は僕に背を向けた。急に右手に伝わる冷たさが馬鹿らしくなって、手を放す。彼もまた、訳あり、らしい。
「何か飲むかね?」
「ああ、じゃあコーヒーを」
「そちらの君は、何か飲んだりするのかな?」
少しドキッとする。
「おじさま、わかるの?」
「ミズホ社製、マイボット、の形はしているけど、中身は別物、だね?」
「そうなの!すごいおじさま。なんでわかったの?」
「まあ、私も君たちと同じ、訳あり、だからかな。誰かと喋る機会がなくて退屈してたんだ。ここのアンドロイドは、同じことしか繰り返さんからいかん」
「大体そうですよ」
「はは、違いない。さ、二人ともかけなさい」
言われた通りソファに腰掛ける。君は嬉しさを表現しようと、落ちつかない、わくわく、なんて感情を全身を使って表現している。
「私は、トキタだ。よろしく」
軽く頭を下げる。名乗りはしない。
「しかしすごいな。中身も義体も。君が手を加えたのかい?」
「義体のほうは」
「ほう」
彼は感心したと言った風に大きくうなずき、コーヒーを差し出す。僕は受け取り、一口飲む。さっきまでずっとこいつの原料に囲まれていたからか、コーヒーの味はしなかった。そもそも僕は、コーヒーの本当の味を知らない。
「しかし、Type―Rとは面白い。『烈風』か…」
肩が震える。やはり間違えたか。再び猜疑に駆られて右手を動かそうとしたとき、彼は穏やかな微笑みで僕を静止した。
「すまない。聞こえてしまっていてね。大丈夫。何かしようなんて気はない。言っただろう?私も訳あり、だ」
「詮索しないのでは?」
「失礼。でも人間は矛盾を抱えるものだよ。これは単なる私の好奇心だ。だから、答えたくなかったら答えなくていい」
「Type―RはType―Rでも、私はちょっとすごいんだよ?」
君は楽しそうにそう言った。君がいいのなら、僕がどうこう言う資格はない。僕は諦め、再びコーヒーに口をつけた。やっぱりコーヒーの味はしなかった。
「というと?」
「私は『烈風39型A改2』で試験運用されてたイザナミType―RのVer8・5なの」
「8・5!今の『烈風』に搭載されているのはVer7では?」
「だから試験運用なのです」
君は得意げにうなずいて見せる。彼は関心したという風にうなずいて見せる。
「確かに素晴らしい。これは君がやったことなのかい?」
「いえ、僕はこれを与えただけです」
「義体、か。とすると、彼女は自らの意思でイザナミから分離したと?」
「さあ」
しばらくの沈黙。僕の意図は、もちろん決まっていた。これ以上は答えたくない。彼も察したのだろう。再び君を感慨深げに見つめ始めた。
「名前は、あるのかな?」
「レイカ!ホウタにつけてもらったの」
「レイカか。うん、感情表現も実に豊かだ」
少しだけ胸がちくりとした。独占欲。僕が?ばからしい。
「ホウタ君、君は、自分の中にもう一人の自分、いや、全く違う誰かが存在していると感じたことはあるかな?」
ちらと君を見る。君はごめん、と言ったように舌を出す。
「人は大体そんなもんじゃないんですか」
「はは、そうかもしれない」
「みんなプライドが高いんですよ。だから、汚い自分を受け入れられない。ただそれだけの事です」
トキタと名乗る男は一向にコーヒーに口をつけない。肉厚な手の中にすっぽり収まった紙コップ。水面が、ゆらゆら揺れている。
「プライドを言い訳にしてしまえるほど、単純な問題でもないだろう?」
「あなたの自我がどれだけ混乱していたところで、僕にはどうでもいいことです。何にしたって、僕のそれは罪悪感やら現実逃避やら自己嫌悪やら、簡単に理由がつけられてしまうほどに単純なものなんですから」
「自分をつまらない人間だと?」
「ええ。辞書に載ってる人間ってのは、僕みたいなやつのことを言うんです」
「なぜ君は、そのもう一人の自分を、自分ではない誰かなのでは、と疑わないのかな?」
「体はひとつ。そしてこれは、ホウタの体そのもの。だから、僕も一人。それだけの事です」
「一つの体を、なぜ一人とカウントできるのかな。一人とは、何をもって一人と言えるのかな。ひとつの体の中に、二つの人間が同居する状態では、なぜ普通ではないと思われてしまうのかな」
「考えたところで、何になるんです、そんなの」
「考えたところで、どうにかなる問題の方が少ないのでは?」
「どうだか」
「我々の住む世界は、余りに輪郭が不安定だとは思わないかい?」
「自分の周りだけはっきりさせておけば、それで満足ですよ、僕は」
トキタの手に収まった小さな紙コップ。湯気はとっくに消えている。
「レイカ嬢、君はどうして、レイカになったんだい?」
少しの沈黙。君を見る。君は天井を見上げる。空を遮る、天井を。
「私は時々、私じゃなくなることがあったの。烈風になって、空を飛んでる時。他国籍の戦闘機と対峙した時。でも一番は、格納庫の中で休んでる時」
「恋をしたのかい?」
彼はちらと僕を見る。
「『好戦的な僕が、操縦桿を握っている右手の付近にいるみたいなのだ。こいつをぶっぱなしたかったのに、とそいつは毒づくのだ。手袋をとって、顔を見てやりたい』」
「罪悪感、ということかな?」
「『人はみんな理由で濁った水を飲むから、だんだん気持ちまで理由で不透明になる。躰の中に、どんどん理由が沈殿する』」
「君は『スカイ・クロラ』が好きだね」
「適当な言葉を思いつかなかったから、それっぽい言葉をデータから引用してきただけ」
「結局、原因は不明だと?」
わざとらしく咳払いしてみる。独占欲。だから違うって。レイカがちらとこちらを見る。軽蔑、したかな。
「初対面の相手のことは、あんまり詮索しない方がいいですよ、おじさま」
「おっとこれは失礼、久しぶりの人間にすこしは目を外し過ぎてしまったよ。悪かった」沈黙。コーヒーをすする音が耳に障る。鼻をすする。コーヒーの匂い。知らない味。
「僕らはそろそろ」
席を立つ。彼は少し寂しげな眼をしたけれど、すぐに微笑みを作る。彼は思ったよりは、大人だった。見た目相応。
「いや失礼。引き留めてしまったみたいだね」
「楽しかったわ、おじさま」
「こちらこそ、楽しかった。老人の戯言に付き合ってくれてありがとう」
踵を返す。彼が引き止める。
「礼と言っては何だが、私から一つ」
彼の方を向く。悪意は、なさそうだった。
「私の知り合いに、『翔鶴』の艦長をしている人間がいる」
「『翔鶴』ってあの…」
「そうだ。サドミ・タエコ中将と言ってね、三十四歳であれの艦長に就任したやり手だよ」
「若いですね」
「すっご~い!おじさま、海軍の人?」
「どうかな?あまり詮索するのはマナー違反だよ?」
にっこり笑う。ジョークのつもりか。笑えない。けれど一応、左手で君を制す。
「話の分かるやつだ。トキタの紹介と言えば、理解してくれるだろう。必要になったら、頼るといい」
「感謝します」
そう言って今度はちゃんと踵を返し、エレベーターに向かう。感謝します。無意味な言葉。そんなお礼は必要ないし、きっと彼も、それを分かっている。本当に、無意味だ。
エレベーターのドアが開く。乗り込む。
「ホロだった?」
「本物だったよ」
「人間?」
「うん」
沈黙。到着を知らすブザーがなり、扉が開く。402。軽快な解錠音。電気がついて、寂しい個室が照らし出された。ベッドは二つ。テーブル一つに、椅子も一つ。リュックを投げ出し、窓際に座る。窓外に広がる真っ暗な空、黒々とした森、旧青森市。点在する赤や黄色の光は全て、PBS社の生産施設。ここにはもう、それだけしかない。煙草に火をつける。
『君はこの町が好きかね?』
彼の最初の言葉を思い出す。メンソールが胸の辺りを刺激した。ふっと吐き出した煙の塊は、窓に当たって飛び散った。

空は晴れわたっている。聞きなれた轟音が近づいてきて、煙草を灰皿に押し付ける。休憩室を出て、格納庫へ向かう。彼女が入って来る。まるで餌を持って寝床に戻ってきた母猫に群がる子猫たちみたいに、整備ドローンたちが彼女の元に向かっていく。足を引っかけないように、注意して歩く。いつか観た古いアニメの、八本脚のおじいさんを思い出す。
「ちび共、仕事だ」
そうつぶやいてみる。意味はない。僕らの国の安全は彼女に任せっきりにするくせに、整備の場にはいまだに僕らがいる。
「イザナミ、お疲れ」
そう声をかけ、機体の表面をポンポンと軽くたたく。これもやっぱり、意味はない。返事の代わりに、カバーがあいて、USBポートがむき出しになる。僕のパソコンと彼女を繋げる。整備用ソフトを起動する。
「名前を、つけてほしいな」
肩が震えた。咄嗟にパソコンを確認する。整備用ソフト以外に、起動しているアプリはなかった。
「名前、お願い」
女の子の声だった。
「イザナミ、かな?」
「あなたはいつも、私に声をかけてくれる。だから、名前が欲しい」
「イザナミ、じゃダメなの?」
「違うの。私を私にしてくれる、名前がほしい」
「レイカ」
咄嗟にそう言った。どこかで読んだ小説か、映画か、漫画か。人に名前をつけるなんて一生経験することないだろうと思っていた僕が思いついた名前に、意味なんてあるはずもなく。
「レイカ、いい名前。レイカ。じゃあ、あなたは?」
そう言った君は、微笑んだように、僕には思えた。
……………。
人工的な光が、目にしみた。窓に目をやる。閉め切られたカーテンからは、きっちり朝陽が漏れ出ていた。目で君を探す。君は椅子に座り、本を読んでいた。
「好きだね。誰の本?」
「サリンジャー」
「ライムギ畑?」
「ナインストーリーズ」
「そう。読んだことないな」
「意味ない?」
「うん。はたから見れば、ね」
僕は少しほほ笑み、起き上がる。
『紙の匂いを感じられる気がするの』
いつか君が言ったことを思い出す。匂いを感じられるかどうか、そんな些細な問題で、僕らは彼女と自分を区別する。昔の神様と人は平気で恋をしたくせに、今の僕らは彼女と恋をすることに違和感を抱いてしまう。僕の心に宿る気持ちは、人に抱くそれと変わらないもののはずなのに。
シャワーのつまみをひねる。冷たさが心地いい。いっそこのまま、冷たさに包まれて眠れてしまえばいい。行きつく果てはどうせ同じなんだから、ここで眠ってしまうのも、悪くはない気がした。

セブンの加速は好調で、日差しにきらめく水平線はどこまでも続いている。鼻をつく磯の香り。夏の香り。蝉のいない、静かな昼下がり。耳に触れるのは、タイヤの音とエンジンの音。風の音と、『LiveForever』。
旅の終わりはいつだってあっけない。横須賀海軍基地に居た頃が、何十年も前のことのように思えた。老人のノスタルジーみたいだ。近づく本土の果てに、僕の求めるものはあるだろうか。優しさと諦めに包まれた、僕の望んだ旅の終わり。
「悪いこと、したかな」
君は不思議そうに僕を見る。風に揺れる前髪は、さらさらと君の額をなでる。
「あのトキタって人。今頃どうしてんだろ」
「珍しいね」
「本気で心配してるわけじゃないよ。僕らに話しかけた時点で、彼もそれが何を意味するのか分かったはずだし」
「寂しかったのかな」
「終わらせたかったのかも」
「ホウタも、そう?」
「どうだろう」
「分離してほしい?」
「レイカはどうしたい?」
「どっちでもいいかな。私は、イザナミと話すの、好き。でも、ホウタがちゃんとレイカになってほしいっていうのなら、それもいいかなって」
少しだけ、胸がチクリとした。少しだけ、それに驚いた。
「そう。僕はこのままで十分だよ」
「そっか」
心地のいい沈黙。タイヤが小石を跳ねる音。亀裂を踏む振動。エンジンの震え。ハイオクの匂い。ギアをチェンジ。五速から六速に。まったりと加速。『SuperSonic』が流れはじめ、音量を上げる。どこまで走っても、海と消毒の香り。もどきの匂いは、やっぱりしなかった。
何かが無数に風を切る音がした。それが何なのか、瞬時に思考は追いつかなかったけど、でもしっかりと、理解できた。右手三メートルほどの道路から、僕らと並行して砂煙が上がる。一直線に、二メートルほど。コンクリートや小石がはじき飛び、車体や頬に打ち付けられた。ブレーキを踏んでハンドルを左に切る。ハンドル越しに、上滑りしているのが伝わってくる。後輪が上手くアスファルトを捉えられてない。ドリフト気味にすべる車体を何とか制御する。クラッチを切りつつ、ブレーキを程よくふみ、体制を立て直す。減速したところでブレーキを踏みこみ、停車する。砂埃からほんの一瞬遅れて、スマホのバイブレーションをひときわ大きくしたみたいな音が響き渡っていた。同時に何よりも聞きなれたエンジン音も。スロットルを全開に、轟音は少し遠ざかっている。急降下の後、急上昇。機銃掃射とは、一体いつの戦争を再現しようとしているのか。彼女もさぞ嬉しいだろう。機銃をぶっぱなす機会なんて、そうそうない。
上空を見る。もうだいぶ遠ざかっているけれど、その後ろ姿は紛れもなく『烈風』だった。あのずんぐりむっくりは、対地攻撃に特化した39型G。空を飛ぶことを許された彼女らの中でも、最も地上に近い存在。機銃は500発。後は空対地ミサイルが六発、と言ったところか。あれを使って道を塞いでおくなどたやすいことだ。でもみたところ、ミサイルはフルで搭載されていた。『烈風』は上空を旋回しているけれど、再び降りてくる様子はない。僕を試している?ばからしい。僕の真意なんて、とっくの昔にわかってるはずなのに。てことはやっぱり、彼女を試している。どうだっていい。蚊帳の外の僕は、だからご厚意に甘えて好きにさせてもらう。
まっすぐのびる道路の先に、黒くて太い、二つの車影。
「どうする?」
君の声は、当たり前だけど落ち着いていた。
「上のあれ、お願いしていい?」
「りょーかい」
ギアを一速に、アクセルを思い切り踏み込む。クラッチペダルを上げる。一瞬、足の裏にゴリッとした感触が伝わる。かみ合う。加速する。絶好調なエンジン音。残る燃料はあと少し。クラッチを切る。二速に入れる。繋がる。加速。クラッチを切る。三速。繋がる。加速。四速。五速。サイドミラーを見る。向こうも加速する。少しだけ距離を詰められている。車体が風を切る音。小さな何かが風を切る音。後輪付近に大きな砂柱。遅れて届く、間延びした発砲音。タイヤを狙われないように少し車体を左右に振りながら前進する。ハンドルを取られないよう、無駄に減速しないよう、緩やかに。しかし、迅速に。
「できた!」
「ありがと!頼んだ。人は、殺さないでね」
僕のわがままで人が死ぬのは、気が進まない。君は少し、目を細める。
「りょーかい」
空に目をやる。『烈風』が急降下を始める。君は目をつぶっている。別にそうする必要はないだろうに。どこで覚えた仕草だろうか。
再び機銃の音。かすかに聞こえるブレーキ音。上昇するジェットエンジンの轟音は、力強く、心地いい。僕もいつかは、ああして空をとべるだろうか。
サイドミラーを見る。彼らは体制を立て直し再び車を前進させ始める。だいぶ距離が開いた。
「そろそろ橋があるよ?」
「りょーかい。僕らが抜けたらお願い」
「おっけー」
このタイミングで橋。手のひらで転がされてるのは分かってる。ここは存分に、甘えさせてもらう。
古びた橋。きっとこの辺りに住人が住んでいた時だって、今と変わらない寂しげな姿だったんだろう。三十メートルほどの川にかかる橋は、見たところここしかない。時間稼ぎには十分。橋を抜ける。
「頼んだ!」
「はーい」
君が返事をすると同時、『烈風』が急降下を始める。とんでもない勢い。ぐんぐん加速していく。
「まじ?」
君は片目を開けて白い歯を見せた。いいさ。どうせ僕は、帰らない。
轟音。爆発音。橋が崩れ、『烈風』がはじけ飛ぶ。ブレーキを踏む。停車。外に出る。ジェット燃料の香りが鼻をつき、少し落ち着く。落ち着く?どうやら僕の心臓は、自分が思っている以上に激しく脈打っていたみたいだった。
「弁償、かな」
「どうせもう、戻らないよ」
僕は煙草に火をつける。その一連の仕草があんまり演技っぽくて、自虐的な笑いが漏れた。
「俺ってかっこいいだろってひしひし伝わってくる小説って、苦手なんだ」
君は噴き出す。
「作家はみんな、ナルシストじゃない?」
「うん。僕も、そうかもしれない」
「ホウタは、まさにだね」
君はうんうんとわざとらしくうなずきながら
「作家じゃないのにね」
とおどけて見せる。
メンソールが胸をかすかに刺激する。空高く上がる黒煙。でも空は、驚くほどに澄んでいた。何もかも、なかったみたいに。
「『翔鶴』、大湊に停泊中だって」
「ずさんだなあ」
「私が特別優秀なのです」
無視。君は頬を膨らませる。しばらく沈黙。煙草の煙が、吐き出されては散っていく。
「どうでもいい?」
返事の代わりに、肩をすくめて見せる。
「だよね」
君も、肩をすくめてみせた。

旅の終わりは、いつだってあっけない。燃料切れのセブンも、ベンチ代わりくらいにはなる。ボンネットに二人。本土の果ての、小さな山頂。眼下に広がる穀倉地帯と、真っ黒な津軽海峡。その奥には、要塞と化した北海道。真っ黒な巨体を横たえている。磯の香りと、草木の香り。額をなでるそよ風が、明るいうちに熱を持った肌をゆったりと冷ましてくれた。文明の果ての星空は、白亜紀ぐらい雄大だった。もちろん僕は、白亜紀の空なんて知らない。
「なつかしい?」
空を見上げていた君に、そう聞いてみた。
「私はいつだって、戻れるもの」
「飛んでる時はさ、もっと星は近い?」
「それ、前も聞かなかった?」
「そうだっけ」
おどけて見せる。
「空に居ても、ここと変わらない。星はね、もっとずっと遠いところにあって、どう頑張ったって触れない。だから好き。雲は、触れちゃうから、好きじゃない」
君は手を伸ばす。僕も真似てみる。確かにあれには、どう頑張ったって、届きそうにない。
「君は、それで満足かい?」
君のその声は、いつもと全く変わらなかったけれど、向き直ってみた君の表情からは、どことなく威厳みたいなものを感じた。
「何が?」
「君の望みは大体わかる。もう、いいの?」
「誰、ですか?」
「それを知ることに、意味がある?」
「ごもっともです」
しばらくの沈黙。余計なことを。
「大湊からはるばる説教ですか?」
「目と鼻の先じゃないか」
そう言って君の姿をしたその人は笑った。
「やりたくてやってる訳じゃない。文句は君の相方に言ってほしいね」
「じゃあ後で存分に」
沈黙。ひときわ明るい流れ星が、燃え尽きた。
「『きみは、金色の髪をしている。そのきみがぼくをなつかせてくれたら、すてきあろうなあ。金色に輝く小麦を見ただけで、ぼくはきみを思い出すようになる。麦畑をわたっていく風の音まで、好きになる』」
「星の王子様ですか?おセンチですね」
「君は、誰かの特別になりたかった?」
ナルコの笑顔が頭をよぎった。
「僕はきつねです。王子様にふられた、哀れなきつねです」
「きつねは、王子様に薔薇が大切な存在であったんだと気づかせるきっかけを作った。それに王子様は、主人公に対してきつねを大切な友達だと伝えただろ?」
「でも王子様は、去ってしまった。きつねを置いて」
「私は少し勘違いしていたかな」
君の瞳を使って、サドミは意味ありげな視線を向けてきた。少しだけ、肩をすくめて見せた。
「どうせ、わかってることですから」
再び沈黙。煙草に火をつける。月と星の明かりだけに照らされた僕達の輪郭は、心細くなるほどに不安定だった。
「僕の両親は、十歳の頃、テレビであれが築かれるのを見たらしいんです」
「あれ?」
「放射能の壁」
君の姿をしたサドミが、短く息をはいた。僕も、煙を吐きだした。かつての大国が暴走の末に犯した、償いきれない深い罪。人類すべての心に深い傷を残した、消せない罪。
「あのころからきっと、おかしくなってしまったんですよ。もちろん人類がそれまでだってずっと醜い争いを続けていたことは承知です。各国で続く紛争に、少数民族への弾圧、突如として現れた軍事政権下で暴力に曝される人々、口先で平和を語りながら、悪だと非難する国に対して湯水のように金を送る。今も昔も、数えればきりがない。でも、あれは、それまで長らくぬるま湯につかってそれらを見て見ぬ振りしていた僕ら皇国の人々にとっては、余りに直接的で、衝撃的だったんだと思います。ましてや十歳の子供があれをみたら、そりゃおかしくなります」
あれからもう、四十年以上。僕は、その日の空の色を知らない。
「両親は、それでも懸命に生きた方だと思います。でもやっぱり、思うところはあったんだと思います。『5・12事件』は、あなたならよく知っていますね?」
サドミは君の瞳を使い、しっかりと僕を見据えた。
「『赤城』か…」
「ええ」
国民の希望を一心に背負った、汎用航空母艦『天城型』二番艦。最新鋭の防空システム、最新鋭のステルス艦載機『烈風』。北の果ての空の守護神。
「僕が生まれてすぐの事でした。その時も両親は、生中継を見ていたらしいです。黒煙を上げながら必死で大湊に向かう『赤城』の姿を」
不穏な空気に包まれながらも、それでも何とか目の前の平和の中で懸命に生きようとした彼らの目に、それはきっと…。
「とどめだったんだと思います。人生はタイミングです。僕はただ、運が悪かった。だから彼らの特別にはなれなかった」
「当時あれを見た人は、何とか首の皮一枚でつなぎとめていたこの国の平和が崩れた、と思っても無理はなかったと思うよ。ついに戦争がはじまる。そう考えた人は多かった。私の両親もそうだった。私も、子供ながらに怖かったのを覚えているよ。まあこれは、君の事を何も知らない、無配慮な人間の戯言だけれど」
「ええ。分かってます。責めてるわけじゃないんです」
いつの間にか、煙草の火が消えていた。再び火をつける。焦げた嫌な香りが口いっぱいに広がった。
「両親は、自殺しました。僕を置いて。一緒に住んでいた祖母が発見したらしいです。その祖母も、七歳の頃に死にました。それからずっと、施設育ちです」
サドミは何も言わない。彼女に少し好感を持ち始めている。彼女の無言は、心地よかった。
「僕はずっと後ろめたさを抱えて生きてきました。何十年経ったって、あの壁の奥に閉じ込められた『捕らわれの民族』と僕らが呼ぶ人たちが、今この瞬間も苦しみながら生きている。当事者でない僕らは、東の果ての島国で、誰かの特別になれなかったなんて、それだけのことで死にたいなんて思って生きている。僕らが仮にも平和で文化的な生活を維持できているのも、大戦を避けられたのも、彼らの犠牲あっての事なのに。僕らは、そんなつまらないことで命を絶とうだなんて簡単に考えてしまう」
フィルターにまで火が回っていた。熱さは感じなかった。指ではじき、新しい煙草に火をつける。
「こんなことを話したのは、あなたが三人目です」
多いね、と言ってサドミは少し笑った。彼女だからか、それとも君の姿をしているからか、怒りは感じなかった。
「レイカも同じように笑いましたよ。二人目だって言ったら」
サドミはやっぱり黙っていた。聞いていないわけじゃない。それが嬉しかった。
「ナルコは、高校の時に出会ったんです」
癖のついた黒髪。制汗剤の匂い。柔軟剤の匂い。汗の匂い。ほてるうなじ。薄い唇。大きな瞳。前髪を揺らす、夏の終わりの風の匂い。
「ナルコは僕と真逆の環境で育った。彼女は、優しすぎたんです」
あの日の空。薄紫の、低い空。お別れの言葉。ナルコの笑顔。ぐにゃぐやに曲がった、飛行機雲。
「僕は、いざって時に逃げ出した。僕があんまりガキで、弱虫だったから」
かすかにジェットエンジンの音がした。真っ暗な空のどこかを、彼女が飛んでいる。
「今の君は、大人になれた?」
「行き場をなくしたみたいです。箱の中の羊を見ることが出来ないくらいには大人で、王子様に共感してしまうくらいには、ガキのまま」
ナルコはあの日、何を思ったのだろう。彼女の屈託のない笑顔も、汗と柔軟剤の匂いも、指に触れた髪の感触も、嫌になるくらい鮮明に思い出せれた。
「僕はね、ほんとのほんとに特別な存在になる事が怖かった。彼女の人生と僕の人生が完全に溶け合ってしまうのが、怖かった。傷つけたかったわけじゃない。でも、彼女があんまり優しかったから、少し甘えすぎてしまったんです」
お別れの言葉。ナルコの笑顔。僕に向けられた言葉の節々は、最後の最後まで、優しさに満たされていた。
「死ぬ気も無い癖に、死にたい死にたいほざいて何にもしない僕みたいなやつがこうして二十四年も生きたくせに、ナルコは、僕と別れたその日、死にました。制御を失った車にはねられた。僕は、何もかもから逃げた。僕が、ガキだから。だけどようやく、ナルコに助けられたこの命の使い方を見つけたんです」
二本目の煙草は、中ほどで消えていた。再び火をつける気にはなれなかった。
「それは、逃げるのとは違うの?」
「結果的には、同じかもですね。でも、レイカには多分、それが必要だから」
サドミが、ふっと息を漏らした。彼女がそうしたのか、君がそうしたのか、わからなかった。
エンジン音がした。酷く無骨なそれは、だからすぐに車のものだとわかった。君を見る。もう、サドミはいない。ここにいるのは、君と僕。空はどこまでが空なのか、わからないくらいに真っ暗で。だから君が頭をぶつけないように、星があるのかもしれない。聞きなれたジェットエンジンの音。近づく車の音。君は目をつむり、鼻を空に向けていた。僕も真似してみた。鼻の先が冷たくなって、心地が良かった。
「ウズミ・ホウタだな」
よく通る、女性の声だった。佐渡美もきっと、『翔鶴』の上ではこんな感じなのだろう。ついさっきまで話していた、顔も知らない佐渡美の事を、酷く懐かしく思った。
「レイカ、あれで、撃ってくれないかな?」
周りを取り囲まんとする軍服たちに聞こえないように、そっと耳打ちした。
「ホウタは…」
レイカは、あまり驚かなかった。何か言いたげだったけれど、それもやめたみたいだった。
「りょーかい!」
代わりにレイカは、笑った。屈託なく。でもどこか悲しげに見えたのは、僕がそう望んだから。ただ、それだけのこと。
聞きなれたジェットエンジンの音が近づいてくる。急降下。急降下。ぐんぐんぐんぐん加速する。僕は君の特別にはなれない。なる資格はないし、なれるほどに大人でもない。でもせめて、僕が迎えた結末が、君の心に届くように。君が、誰かの特別になれる喜びを、特別な誰かをもてる喜びを、知ることが出来るように。君がレイカに、なれるように。
空を見上げてみる。僕らの上にはいつだって空が広がってるはずなのに、僕らは星の輝きを消してしまった。忘れてしまった。白亜紀みたいな星空と、草木と磯と夜の匂い。額をなでる、夏の風。蝉のいない、世界の果てで。僕の体が、宙を舞った。

作中引用
『星の王子様』サン・デグジュペリ 河野万里子訳
『スカイ・クロラ』森博嗣

『StopWhispering』『ThinkingAboutYou』
RADIOHEAD
『LiveForever』『SuperSonic』oasis


昔からいわゆるSFと言われるジャンルの作品が大好きなのだけど、自分で書くとなると話は別で、無知と想像力の欠如ゆえにまあ難しい、、、。
この作品、どこかで聞いたことのある設定を切っては貼ってのつぎはぎだらけ、あまりオリジナリティを感じさせないものになってしまいました笑。
いつかはすごいSF書いてみたいな。
最後までお読みいただきありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?