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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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#裏切りの街

風のアモーレ

 お化けでも出そうな生暖かい風が吹いていた。出るなら出ろ。お化けなんかは少しも怖くはない。恐れるべきは、自分の胸の奥深いところに眠る怨念の方だ。風の向くままにいつでも運ばれてきた。季節を問わず私は風が好きだった。(だから時には本気になりすぎることもある)
 自分で決めた道ならば、全責任を自分で負わなければならない。幸いなことに、いかなる時も私は決定権を持っていなかった。

「答えは風に吹かれている

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潜入手袋

「爪を隠してらっしゃるんで?」
「いえいえ、私はドライバーだから」
「本当ですかい」
 鴉は楊枝をくわえながら言った。
 テレビからガソリンの匂いがして私はせき込んだ。若手俳優が主演の刑事ドラマだ。

「大丈夫ですか?」
 心配するような疑うような目。鴉は水を入れてくれた。
「ああ、ちょっと寝不足で」
「本当は車なんて……」
 本当の私を知ってどうするのだ。

 そうとも。私は鴉を撃退するために招

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俺たちのチキラ

俺たちのチキラ

 季節に逆らうようにかえってくる冷たい風に、ミリタリーシャツが張りついていた。泣くほどに寒い夜には、仲間とテーブルを囲まなければ耐えられない。行くところと言えば、だいたいいつも決まっている。俺たちの街、愛するものは何も変わらない。

「いらっしゃいませ!
 ラスト・オーダーになります」

 俺たちは案内も待たずに勝手に好きな席に着く。

「チキラ」
「俺も」
「同じで」
「俺もチキラ」
「一緒で」

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空が落ちてくる(本と姿勢)

空が落ちてくる(本と姿勢)

パラパラパラ♪

ページをめくる
音が気に入って
そればかりしていた

本とは
色んな向き合い方がある

立てかけてみる
寝かせてみる
むしろ自分の方が
寝っ転がって
さかさまにすると
物語が降ってきそうで
わくわくする

本をつれだして
街を歩く

抱えてみれば
随分重たくなった

ありがとう

この重たさが
時間をくれる
私をつくる

パラパラパラ♪

雨だ……

私の胸を蹴り上げて
逃げて行

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ラスト・コーヒー(盗まれた街)

ラスト・コーヒー(盗まれた街)

 大事な話がある(君だけに)。
 親友に呼び出されて私は喫茶店の中にいた。
 ここのコーヒーはこの街で一番だ。

「僕はこの星の生まれじゃない」
 話は前置きもなく始まった。彼はどこか疲れた様子だった。
「お母さんは?」
 私は素朴な疑問をぶつけながら探りを入れた。
「おじいさんは?」
 みんなそうだと言う。家族ぐるみで宇宙人ということか。
「わかったか」
 彼の状態は相当悪そうだった。

「隣人

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カルタ語の逆襲

カルタ語の逆襲

「新しいカルタはできた?」
「それがまだ……」
「仕事は他にもたくさんあるのよ」
「どうしてもカルタにしないと駄目ですか」
「当然でしょ。他に代案でもあると言うの?」
「いいえ。もっと普通じゃ駄目なのかと」
「何を言ってるの。普通じゃ届かないからカルタ語にするんでしょ」
「ですよね……」

「あなたお薬はどうやって飲むの?」
「かかりつけに処方箋をもらって薬局で……」
「カプセルで飲むのでしょ」

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万引きGメン

万引きGメン

「駄目だよお父さん。万引きは立派な犯罪だよ」
「ああ知ってるよ。わざとやねん」
「まだあるんじゃない。あるなら全部出して」
「あるで。ポケットに酒もあんねん」
「自慢じゃないんだから。あったらよくないんだからね」
「わかってるで。わかった上でやってんねんから」
「駄目だよ。やったら駄目だからお父さん」
「そうや。駄目や。知ってんねん俺」
「わかってるならやめないと。そうでしょ」
「そうやで。それを

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未来裁判

未来裁判

「随分と荒れていたようだな」
「餅を大量に食べた後、国道を10キロ走っています」
「ほお」
「長編小説を2冊一気読みし、古新聞で鶴を折っています」
「新聞を取ってるのか」
「牛丼屋を5件梯子してます」
「梯子牛か」

チャカチャンチャンチャン♪

「コンビニに行き出入りを繰り返してます」
「鬱陶しい奴だ」
「ツイッターでログインログアウトを繰り返してます」
「何かつぶやくことはなかったのか」
「そ

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ミス人間グランプリ

ミス人間グランプリ

「今年こそは」
 大丈夫と自分に言い聞かせる。
 誰にも負けなかったという自負があった。
 ルックスも、ウォークも、スピーチも、ダンスも。
 お芝居だって、誰よりも真に迫っていたはず。

「いよいよグランプリの発表です!」
 ドラムロールが興奮を高める。
 足を小刻みに震わせる者、目を閉じる者、両手を合わせて天に祈る者、今にも泣き出しそうな者、厳しい表情を保つ者。
 自分を信じて疑わない私……。

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オーバー・ヘッド(IQ2800)

オーバー・ヘッド(IQ2800)

 プレミア・リーグからすごい男がやってきた。何しろ頭がでかかった。サイドからのクロスに飛び込んで得点するのが得意の形だ。クロスの精度が多少わるくてもお構いなし。その巨大な頭で常に競り勝つことができた。毎回同じ形でゴールを量産して当然のように得点王になった。その得点数は桁違いだった。

「サッカーは足でするもの」協会で問題視されてルールが改定された。
 ヘディング・シュートが禁止になり得点パターンは

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私たちの台本

私たちの台本

「昨日はじめて宇宙人を見てね」
「へー」?
「よさげだったよ」?
「……」
「……」

その先があるのかと思いきや、
どうやら何もないようだ。
あなたはそれきり黙り込んでしまった。
私は相槌を間違えたようにも思う。

私たちはそれぞれに見えない台本を持ち合っている。
共通の台本を持てば、次がどちらの番かは互いにわかる。
それによって会話は円滑に進んでいく。
けれども、台本を読み誤れば台詞に穴が空く

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