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普段は企業に所属する専業WEBライターです。 ここでは心惹かれるアーティストの生き様を、本人視点の再現ドラマで紹介しています。

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記事一覧

中原中也〜闇夜に月を描く〜

泰子が格子窓を開けると、冷たい秋の夜風が吹き込んだ。二重回しとともに、衣紋掛けの中也の中折れ帽が飛ばされ、畳を転がる。 布団の上で腹這いになっていた中也は読んで…

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1か月前
24

ZARD 坂井泉水〜約束の歌はまだここにある〜

点滴の薬剤を取り替えた看護師が病室から出ていくと、自然とふーっと長い息が漏れた。無意識に入っていた身体の力が抜け、頭が枕に沈んでいく感じがした。 個室の病室のベ…

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1年前
38

エドガー・アラン・ポー〜探偵はいまだ来ず〜

寮の廊下にベッと唾を吐くと、盛大に血が混ざっていた。 さっきの取っ組み合いで、2、3発も殴られたか。なに、こっちはその倍殴ってやった。今頃相手は差し歯にする金の心…

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2年前
37

雪風〜わだつみを振り返るな〜

初めて船底が佐世保の海に接した冷たさを覚えている。 佐世保海軍工廠のドックの外壁にまだ両側面と後方は囲まれていたが、前方のゲートは開いた。舳先の向こうに、海面が…

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2年前
22

熊谷守一〜修羅の先の光〜

東京美術学校(現:東京藝大)を主席で卒業したことも、絵の仕事を求めて樺太調査団に加わったことも、今では遠い。 もう、1年以上絵筆を握っていない。 30歳の時、母親が亡く…

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2年前
26

【異聞】「天竺徳兵衛 蛙」〜新しい女〜

駅前の丸井の2階にある、サンマルクカフェの窓際のカウンターに座る。 窓の外のデッキを、母親らしき若い女性が、小さな男の子の手を繋いで歩いていく。何か気になるものが…

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2年前
22

高村智恵子〜Re.智恵子抄〜

この手帳に、これからわたしはわたしの頭が清澄な時に日記をつけていくことにします。 コタロウ※さんには内緒なのです。 見られたら、とてもとても恥ずかしいから。 ※彫…

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2年前
24

エディット・ピアフ〜裸足のシャンソン〜

暗闇の中で香る煙草と女達の嬌声、時々聞こえる啜り泣き。 それがわたしの人生の1番古い記憶だ。 生まれてすぐに母が失踪し、父の実家である売春宿に預けられた。娼婦の待…

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2年前
29

藤田嗣治〜風の行方、猫の足跡〜

浅草寺の伽藍の鋭い傾斜の先に、明け方の月が浮いている。吉原からの帰りはいつも物憂い。 23歳の藤田嗣治は俯いて、草履のつま先を見つめたまま、法蔵門を横切った。 さし…

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2年前
29

【異聞】「猫梅」〜最高の伝言〜

由比ヶ浜通りの鯛焼き屋のベンチで、シノブと鯛焼きを食べていた時のことだった。 店の脇の路地から、ハチワレの猫がトコトコ歩いてきて、歩道の縁石の上でキュッと丸まっ…

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2年前
15

モディリアーニ〜何故、巡り会うのかを私達は誰も知らない〜

「親愛なるオスカルへ 全く、この感動を君に何と伝えたらいいだろう。 カマイーノ(ティーノ・ディ・カマイーノ)の彫像は全て宇宙を見つめているんだ。冷たくて生命を感じ…

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2年前
22

サルバドール・ダリ〜王国の黙示録〜

1914年、スペイン、フィゲラス。 小雪舞う墓地に10歳のダリはいた。 目の前の墓石のナイフで切ったビスチョコのような弧を描く上辺にうっすら雪が積もっている。 母は雪を…

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2年前
24

エドガー・ドガ〜踊り子の憂鬱〜

1862年、パリ。 ルーブルでドラクロワの「墓場の少女」を見ていると声をかけられた。 茶色のジャケットに、黒の細かい格子柄のシャツ、彫りの深い顔立ちに青い瞳。けれど…

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2年前
16

【異聞】「記憶の固執」〜世界は深夜、張り替えられる〜

雨が降ると時間が溶ける。 目の前の街路樹や信号機がダリの絵画のように歪み、足元の水溜りに泥のように落ちていく。 なかなかの量だ。これなら結構、"畑"が埋まるだろう。…

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2年前
15

田中一村〜南風に叢雲は起く〜

1926年、6月、上野。 東京美術学校(現:東京藝大)の構内は広い。 エントランスを抜け、構内を正門目指して歩く。 学帽から滴る雨が顔を濡らす。傘はない。 腰のへこ帯に挟ん…

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2年前
23

ルイス・キャロル〜ワンダーランドは嘲笑する〜

イギリス、オックスフォード。 ガバードマーケットを抜けた先の細い路地を左に折れると、表通りに面する本屋の側壁にぶつかる。その壁にへばりつくように取り付けられた鉄…

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2年前
19
中原中也〜闇夜に月を描く〜

中原中也〜闇夜に月を描く〜

泰子が格子窓を開けると、冷たい秋の夜風が吹き込んだ。二重回しとともに、衣紋掛けの中也の中折れ帽が飛ばされ、畳を転がる。

布団の上で腹這いになっていた中也は読んでいた詩集から目を離さず、帽子を抑えた。

風で乱れた耳隠しを手で撫でつけると、泰子はすりガラスの桟に腰掛けて、外の通りを眺めた。
「もう車も走ってないわ」
「帰るつもりかよ」

泰子が振り返ると、寝そべったまま顔を上げた中也と視線が合った

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ZARD 坂井泉水〜約束の歌はまだここにある〜

ZARD 坂井泉水〜約束の歌はまだここにある〜

点滴の薬剤を取り替えた看護師が病室から出ていくと、自然とふーっと長い息が漏れた。無意識に入っていた身体の力が抜け、頭が枕に沈んでいく感じがした。

個室の病室のベッドで、仰向けのまま天井を眺める。天井にはランダムな縦長の歪な模様のデザインが施されていて、じっと眺めていたら、プロデューサーの長戸の顔が浮かんで、思わず苦笑する。

彼とは、何もなかった。わたしが一方的に何かを期待して、何かを失った気に

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エドガー・アラン・ポー〜探偵はいまだ来ず〜

エドガー・アラン・ポー〜探偵はいまだ来ず〜

寮の廊下にベッと唾を吐くと、盛大に血が混ざっていた。
さっきの取っ組み合いで、2、3発も殴られたか。なに、こっちはその倍殴ってやった。今頃相手は差し歯にする金の心配をしていることだろう。
原因は近頃ハマっているトランプ賭博だった。
今日も講義の後に知り合いに誘われて行った。
知らない面子ばかりだったが、気にせず賭けていたらどうも負けが込む。何かおかしい、誘ってきた奴からして全員グルだったと気づいた

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雪風〜わだつみを振り返るな〜

雪風〜わだつみを振り返るな〜

初めて船底が佐世保の海に接した冷たさを覚えている。
佐世保海軍工廠のドックの外壁にまだ両側面と後方は囲まれていたが、前方のゲートは開いた。舳先の向こうに、海面が朝日を照り返し、オレンジに煌めく佐世保湾が見えた。遠く、僚艦夏雲の艦影も見える。

1939年3月、桜が咲く季節にわたしの進水式は行われた。式には一般の人も沢山集まってくれた。
歓声と拍手の中、わたしは戦いの海へ、初めてその舳先を滑り込ませ

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熊谷守一〜修羅の先の光〜

熊谷守一〜修羅の先の光〜

東京美術学校(現:東京藝大)を主席で卒業したことも、絵の仕事を求めて樺太調査団に加わったことも、今では遠い。
もう、1年以上絵筆を握っていない。
30歳の時、母親が亡くなり、郷里の岐阜に戻った。
それから3年が経つ。今は木材の運搬で日銭を稼いでいる。
信時(信時潔:作曲家。守一と親交があった)なんかは、再上京を勧めてくれるが、食べるあてもないのに、なかなかそうもいくまい。林業がやりたいわけでもない

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【異聞】「天竺徳兵衛 蛙」〜新しい女〜

【異聞】「天竺徳兵衛 蛙」〜新しい女〜

駅前の丸井の2階にある、サンマルクカフェの窓際のカウンターに座る。
窓の外のデッキを、母親らしき若い女性が、小さな男の子の手を繋いで歩いていく。何か気になるものがあるのか、男の子が駅の方へ向かって母親の手を引っ張る。
朝の通勤時間帯を過ぎて、駅前にはどこか緩んだ空気が流れている。
わたしはブレンドを一口飲んだ。
70歳を過ぎ、仕事も辞め、子供達は独立し、妻は先月亡くなった。年金やらなんやらで、幸い

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高村智恵子〜Re.智恵子抄〜

高村智恵子〜Re.智恵子抄〜

この手帳に、これからわたしはわたしの頭が清澄な時に日記をつけていくことにします。
コタロウ※さんには内緒なのです。
見られたら、とてもとても恥ずかしいから。
※彫刻家、高村光太郎。智恵子の夫

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1936.3.1
わたしは自分で自分の頭や気持ちや精神が、いつからバラバラ

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エディット・ピアフ〜裸足のシャンソン〜

エディット・ピアフ〜裸足のシャンソン〜

暗闇の中で香る煙草と女達の嬌声、時々聞こえる啜り泣き。
それがわたしの人生の1番古い記憶だ。
生まれてすぐに母が失踪し、父の実家である売春宿に預けられた。娼婦の待機小屋の隅の揺り椅子がわたしのベッドだった。女達の機嫌のいい時は戯れにあやされもしたが、そうでない時は、椅子ごと蹴倒された。
泣くことはしなかったと思う。
静かな赤ん坊だった。
周りの女達の方がよっぽどよく泣いていた。
その頃から本能で感

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藤田嗣治〜風の行方、猫の足跡〜

藤田嗣治〜風の行方、猫の足跡〜

浅草寺の伽藍の鋭い傾斜の先に、明け方の月が浮いている。吉原からの帰りはいつも物憂い。
23歳の藤田嗣治は俯いて、草履のつま先を見つめたまま、法蔵門を横切った。
さして期待して入った学校(東京藝大)でもなかったが、それにしても酷かった。
誰も、メートル※の提灯持ちだ。
※黒田清輝のこと。生徒からメートルと呼ばれていた
気に入られて、良いポジションを得ようと、物真似合戦をしている。俺はそんなものに加わ

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【異聞】「猫梅」〜最高の伝言〜

【異聞】「猫梅」〜最高の伝言〜

由比ヶ浜通りの鯛焼き屋のベンチで、シノブと鯛焼きを食べていた時のことだった。
店の脇の路地から、ハチワレの猫がトコトコ歩いてきて、歩道の縁石の上でキュッと丸まった。ハチワレは、わたしとシノブの方を一瞬見ると、おもむろに一歩車道に踏み出した。しかし、その時には車が10mくらいのところまで迫ってきていた。それに気づいたシノブがハチワレに向かってダッシュした。わたしもそれを追った。
それからのことは、断

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モディリアーニ〜何故、巡り会うのかを私達は誰も知らない〜

モディリアーニ〜何故、巡り会うのかを私達は誰も知らない〜

「親愛なるオスカルへ

全く、この感動を君に何と伝えたらいいだろう。
カマイーノ(ティーノ・ディ・カマイーノ)の彫像は全て宇宙を見つめているんだ。冷たくて生命を感じさせない、それ故に、無欠であり石に刻まれた永遠の命足り得ると思うんだ。
人を超えた何か、命の形のヒントがカマイーノの彫刻にはある。首を伸ばし、虚空に吠えるあの像、あぁ一体彼は何に叫ぶ?いや違う、吸い込んでいるのかもしれない。この世の善と

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サルバドール・ダリ〜王国の黙示録〜

サルバドール・ダリ〜王国の黙示録〜

1914年、スペイン、フィゲラス。
小雪舞う墓地に10歳のダリはいた。
目の前の墓石のナイフで切ったビスチョコのような弧を描く上辺にうっすら雪が積もっている。
母は雪を払うと、軽くダリの背中を押した。
促されるようにダリは墓石の前にしゃがんで小さく頭を下げた。
どれだけそうしていればいいかわからず、俯いてじっとしていたら、髪に雪が落ちて、脳天から冷たさが染みた。自分の生まれる9ヶ月前に亡くなったと

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エドガー・ドガ〜踊り子の憂鬱〜

エドガー・ドガ〜踊り子の憂鬱〜

1862年、パリ。
ルーブルでドラクロワの「墓場の少女」を見ていると声をかけられた。

茶色のジャケットに、黒の細かい格子柄のシャツ、彫りの深い顔立ちに青い瞳。けれど一番目を引くのはもっさりと蓄えられた髭だ。
「物語があるね」
マネはドガの横に並ぶと、髭を捻りながら独りごちた。
ドガはチラッとマネを見ると、再び絵に視線を戻した。
「しかしドラクロワも、サロンの入選にはこだわっていた」
「……」

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【異聞】「記憶の固執」〜世界は深夜、張り替えられる〜

【異聞】「記憶の固執」〜世界は深夜、張り替えられる〜

雨が降ると時間が溶ける。
目の前の街路樹や信号機がダリの絵画のように歪み、足元の水溜りに泥のように落ちていく。
なかなかの量だ。これなら結構、"畑"が埋まるだろう。
わたしはカーゴパンツのポケットからコンパスを出すと、七色に滲む水溜りの表面に円を描いた。すると水溜りに穴が空き、「時渡りの鯰」が顔を出した。
「『世界ロール堂』までお願い!」
わたしの顔を見て、なんだ、お前かと顔を顰めた、鯰は渋々とい

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田中一村〜南風に叢雲は起く〜

田中一村〜南風に叢雲は起く〜

1926年、6月、上野。
東京美術学校(現:東京藝大)の構内は広い。
エントランスを抜け、構内を正門目指して歩く。
学帽から滴る雨が顔を濡らす。傘はない。
腰のへこ帯に挟んだ手拭いで顔を拭うと、構内に植えられた銀杏の根元に、人影が見えた。
歳は自分と同じくらい、男子学生のようだ。
慌てて画材を片付けている。
雨は朝から降っていた。
いつから描いていたのか。
奇特な者もいるものだ。
男が画材道具を風

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ルイス・キャロル〜ワンダーランドは嘲笑する〜

ルイス・キャロル〜ワンダーランドは嘲笑する〜

イギリス、オックスフォード。
ガバードマーケットを抜けた先の細い路地を左に折れると、表通りに面する本屋の側壁にぶつかる。その壁にへばりつくように取り付けられた鉄階段を登ったところに、ルイス・キャロルの部屋はあった。

1858年、5月。
ルイスはこの日もリデル家の三姉妹を部屋に招待していた。リデルはルイスが教鞭を取るクライスト・チャーチに2年前赴任した、学寮長だ。
彼とはもちろん、とりわけ、彼の小

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