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#短編小説

ロビンソンの飼い犬【前編】

ロビンソンの飼い犬【前編】

 芽衣子が両手指にマニキュアを塗っているとき、ぼくは決まって彼女にくだらない話をする。
 ヤスリで丁寧に整えた指先に神経を集中する芽衣子の左の手は、すでに薄いピンク色に染まっている。右はまだ一本目を塗り始めたところで、爪の色が若干の不健康を証明するように白かった。ぼくは母親の腕を引っ張る子供みたいに、芽衣子に喋りかける。
「夢でしか行けない場所ってない?」
 一瞬彼女の動きが止まったように見えたけ

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点滅とかぎあな【創作大賞 恋愛小説部門 短編】

点滅とかぎあな【創作大賞 恋愛小説部門 短編】

 知らない男とのセックスの後は喉が渇いてしかたがない。十代半ばに覚えた気晴らしはいつしか労働に代わっていて、生活のための金銭になった。たったいまも初対面の男に抱かれている間、男が吐きだす臭気を感じないようにできるだけ口から酸素を補給している。キスのときだけはしかたがないけれど、してしまいさえすればもう気にならなくなっていた。
 ひどい作り笑顔で客を見送ったあと、今日何度目かのマウスウォッシュを口に

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短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

 妹の頭が徐々に大きくなっていく。病気じゃない。
 わかっているんだ。家族の誰もが。だけど何も言えやしない。
 傷ついても、恥ずかしくても、怒っても、どうしたって、妹の頭は大きくなって、その成長を止めることは出来ない。

 (一)

 妹は僕の八つ下で、ぼくにとっては目に入れても痛くない存在だった。だけど、そんな例えですら口にするのも憚られるくらい、妹の頭は大きくなっていた。
その始まりはた

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「LoOp」第一話

「LoOp」第一話

プロローグ 着信音が聴こえる。……おかしいな、音は消してあったはずなのに……。
 おぼろげな意識で手元を探ろうとすると、とつぜん頭がぐらりと揺れた。ドンとぶつかったような感覚で、次の瞬間、右首に突き刺さっている異物がさらに内側へ捻りこまれる。液体が溢れ出し首筋を濡らす。続いて身体が跳ね上がり意識が分散する。お尻が温かいものにじわりと浸されていき、おねしょをした記憶がよみがえる。
 何か大変なこと

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